不審な視線
春の陽射しが、校舎のガラス窓にきらきらと反射している。
いつものように朝のチャイムが鳴り、澪はカーテンを引いた教室の窓から、ぼんやりと校庭を眺めていた。
日常は、いつも通りだった。
……そう、見た目だけは。
「……また、いるわね」
澪は目を細めた。
校門の外、通学路の角に立つ男。黒いジャケットにキャップを深く被り、顔はよく見えない。だが、連日同じ時間に同じ場所――それも動かず、じっと校舎の方を向いて立っている。
たまたま通りがかった通行人にしては、あまりに不自然だった。
(まさか……偶然じゃない?)
そのとき、隣の席からぴょこんと顔を出したのは、制服姿の“同級生”――真田真子(24)。
「お嬢様、なに見て……おや?」
視線を追いかけて、真子も表情を曇らせた。
「……先輩」
真子は、前方の席に小声で呼びかける。
即座に反応したのは、黒髪セーラー服のクールビューティ――服部倉子(24)。
視線を逸らさず、手元の教科書を閉じる。
「確認する」
二人はごく自然に席を立ち、教室を出ていった。
澪は少しだけ、胸をなでおろした。
これが“冗談みたいな制服SP”でなかったら、もっと安心できるのに――とは思いつつも。
* * *
校舎裏の非常階段に腰を下ろし、澪は膝に手を置いて深く息をついた。
ここ数日――どうにも不安定な気配が続いている。
些細なことではある。通学路でつまずきかけたときに、誰かの視線を感じた。校門の外で知らない男とすれ違ったとき、ほんの一瞬目が合った。朝の送迎時、車の陰から誰かが見ていた気がした。
(気のせい……だと思いたかった。でも……)
昨日の夜もそうだった。
家の前で車を降りた瞬間、街灯の向こうに一瞬だけ“誰かの影”が見えた気がしたのだ。
父には話せなかった。
ボディガードたちにも、まだ本気で言えずにいた。
「澪ちゃん?」
不意に背後から声がかかる。
制服姿の真子が、ぴょこんと頭を出した。
「……おまたせッス~。先輩が監視カメラチェックしてまーす。とりあえず外の男、三日連続で出現。学校に出入りした記録はナシ。おそらく一般人のふりして……張ってますね」
「やっぱり……そうよね」
澪は小さく頷いた。
「……ずっと、誰かに見られてる気がしてたの」
「勘じゃないッス。私も、感じましたよ。あの視線のねばり方、プロ……とまではいかないけど、素人でもない」
続いて倉子が現れ、スッと真子の隣に立った。
「――“張り込み慣れ”のある動き。軽い尾行も可能な技量。情報収集目的での接近が濃厚」
澪の背筋がすっと冷たくなる。
「……私、また狙われてるの?」
ふたりは顔を見合わせる。
倉子が短く答えた。
「――“まだ”狙われている、のよ」
澪は、その言葉の意味をすぐに理解できなかった。
だが、真子が代わりに言葉を補う。
「お嬢様のまわりで起きた“偶然の事故”たち……全部、偶然じゃない可能性があるってことッス」
自転車のブレーキが利かず転びそうになったこと。
階段の手すりに油がついていたこと。
通学路に置き石があったこと。
あのときは“たまたま”で済んでいた。
「……これまで、ふたりが守ってくれたから、私は……何も知らないで、笑って過ごしてたのね」
澪の表情が、ほんのわずかに歪む。
「ごめんなさい。どこかで、まだ……任務を“遊び”だと思ってた。
だって制服で護衛って、どう考えてもふざけてるし、ブルマ着せられてるし……」
「否定はできないッス……」
「否定しないのね……」
小さく笑って、でもすぐに真顔に戻る澪。
「でも、今は信じてる。……あなたたちが、私を守ってくれてるって」
澪の視線が、真っ直ぐに二人へ向けられる。
真子は驚きつつも、にかっと笑い、
「まっかせてくださいっ! 制服着てるけど、拳はガチなんで!」
倉子も、ふっと口元だけで微笑む。
「……任務は“護る”こと。制服がどうであれ、プロとしての誇りは捨てていないわ」
風が吹き抜ける非常階段の上。
この瞬間だけは――確かに、そこに“本物のSP”がいた。
そして、ふたりは静かに目を細める。
「――動き出したわね」
「やっと、私たちの番って感じッス」
制服の裾が揺れる。
“可愛い女子高生”の姿をした、ふたりの本職――
いま、ようやく戦う構えを取ったのだった。
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承知しました!
以下に第4章 4-2「初の接触」を、ラノベ文体で2000文字以上で執筆いたしました。澪が巻き込まれる初の襲撃未遂事件と、それに立ち向かう倉子と真子の“本気のSPとしての一面”が描かれるセクションです。
4-2:初の接触
下校時刻を知らせるチャイムが、校内にのんびりと響き渡る。
その音を背に、澪は校門を出て、舗装された通学路を一人歩いていた。
今日は生徒会の仕事が長引き、倉子と真子の見回りタイミングとずれてしまった。
車で送ってもらう予定だったが、「たまには自分で歩きたい」と言ってしまった自分を、今は少し後悔している。
理由は、後ろに感じる微かな視線。
歩きながら、背後の物音が不自然に気になって仕方ない。
(……ついてきてる?)
澪は歩くスピードを少し早めた。
足音が、そのテンポに合わせて速くなる。
(間違いない……)
角を曲がるふりをして、植え込みの陰に身を隠す。
ごく自然な動きのつもりだったが――
「ちっ……!」
聞こえた、男の舌打ち。
澪が振り向いたとき、男はすでに走り出していた。
黒いパーカーにフード、マスクで顔を隠している。
澪の目の前を通り過ぎた瞬間、何か小さな紙片が宙を舞った。
ひらりと地面に落ちたそれを、澪は震える手で拾う。
《氷室澪へ――これ以上、深入りするな。次はない。》
「な……っ……!」
脚が震えた。
まるで意味がわからない。けれど、全身を冷たいものが駆け抜けた。
これはただのイタズラではない。
明らかに――**“警告”**だ。
「澪お嬢様ッ!」
振り返ると、制服姿の真子が猛スピードで走ってくる。
その数秒後、倉子も姿を現した。既に無線で社のバックアップに連絡を入れているらしい。
「怪我は!?」
「いえ、大丈夫……でも、誰かに、警告を……」
澪が震える手で紙片を差し出す。
それを見た二人の目が、一瞬にして鋭くなった。
「……完全に“標的”と認識されてるわね」
「ってことは……」
真子がくるりと後ろを振り向く。
「――“あの男”、さっきすれ違ったやつッスね。追います!」
「やめて。追撃はナンバー照合と監視網に任せて。澪お嬢様の安全を最優先」
「……了解ッス、先輩」
ふざけている様子は、どこにもなかった。
制服姿のまま、セーラー襟が揺れる。
だがその表情は、街の雑踏の中でも浮き上がるような“異物の気迫”を放っていた。
「このまま、お嬢様を護送します。社の車を回すまで、私が運転」
「私は前方警戒、進路上の死角を潰します」
「……ちょ、ちょっと待って、ふたりとも」
澪がようやく我に返ったように、二人の腕を掴む。
「私のこと……守ってくれてありがとう。でも……ねえ、そんな顔しないで」
二人がぴたりと止まる。
「いつもみたいにさ、“制服でブルマは恥”とか“三年は生き残れない”とか、言ってくれてたほうが……安心できるの。
だって今のふたり、まるで別人みたいで……ちょっと、怖いのよ」
その言葉に、倉子がほんのわずか口元を緩めた。
「そうね。制服で敵を撃退したら、ますます誤解されそうだし」
真子もすぐに笑顔を取り戻す。
「ですよね! 制服着たまま追い詰めてたら、完全に違うジャンルッス!」
澪がふっと笑う。その顔に、ようやく血の気が戻る。
ふたりは目を合わせて、無言で頷いた。
――戦闘を避けたのは、護衛としての判断。
だがそれ以上に、澪が“怯えすぎないように”という気遣いでもあった。
その夜、澪の父・氷室財閥の会長により、警備体制の見直しが正式に通達される。
護衛任務は、これまでの「軽警戒」から「中高度警戒」へ引き上げられた。
明日からは、学内外ともに随時警戒強化。
澪の周囲には、制服姿の“ただ者ではない女子高生”二人が、常に張りつくことになる。
そして、二人の間に交わされる言葉。
「倉子先輩、ついに――任務、本格始動ッスね」
「ええ。やっと、“SPらしくなる”わね」
そして彼女たちは、次の敵の出現を待ち構えるのだった――。
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承知しました!
以下に『第4章:護衛任務開始!動き出す影』の4-3「強化される護衛体制と、お嬢様の決意」をラノベ文体で2000文字以上で執筆いたしました。
4-3:強化される護衛体制と、お嬢様の決意
翌朝――。
校門をくぐった氷室澪は、通学路を振り返って無言のまま立ち止まった。
制服姿のまま護衛につく二人の“転校生”――服部倉子と真田真子は、左右にぴたりと寄り添うように立っていた。
「お嬢様、視界異常なし、尾行影なし。予定通り登校完了」
「倉子先輩、あっちの道から登校する生徒は男子ばっかでスカスカです。うちらが通った方が安全っスね」
ふたりの顔は真面目そのものだった。
だが――どうしても“制服”というフィルターが、澪の中で真剣さを曇らせる。
「……その制服、そろそろスーツに替えてくれないかしら」
「無理です」
即答だった。
「セーラー服での任務は、社からの正式指示ですから」
「なにせ“潜入型接近護衛プランB”ですからね~♪」
「なにが“プランB”よ……!」
澪は思わず声を荒げたが、ふたりは微笑みを崩さなかった。
「でも、ありがとうございます」
倉子がふと、柔らかく言った。
「お嬢様が昨日、“守ってくれてありがとう”と口にしてくれたことで、私たちも初心を思い出しました」
「そっスよ。あの瞬間、ちょっとウルッと来ましたもん」
「あなた泣いてたのは、体育のときでしょ」
「それはブルマが予想外すぎたからッス!」
通学路には、登校する生徒たちの声が賑やかに響いていた。
だが、その喧騒の中で、澪の内心は、別の音で満ちていた。
(……自分のために、命懸けで動いてくれる人がいる――)
気付けば、その重さが澪の心に静かに沈んでいた。
* * *
教室では、担任の水無瀬先生がやや厳しい口調で口を開いた。
「昨日、学外での不審者出没が確認されました。現在、学園の外周警備を強化中です。
不審な人物や行動を見かけたら、すぐに報告するように」
生徒たちがざわつく中、倉子と真子は一言も発さず、黙って指先だけでメモを取っていた。
その姿を見ていた澪は、ふと小さく呟く。
「……もう、私ひとりじゃないのよね」
その声に気づいたのは、すぐ近くにいた真子だった。
「ん? なんか言いました?」
「……なんでもないわ。心の声が漏れただけ」
「ふふっ。お嬢様が本音言ってくれるの、嬉しいっスよ」
すると、その横で倉子が低く、控えめに言う。
「“お嬢様”というのも、そろそろ仰々しすぎるかもしれませんね」
「じゃあ“澪ちゃん”?」
「それは馴れ馴れしすぎると思います」
「うわ、意外と厳しい!」
そうこうしているうちに、チャイムが鳴り、授業が始まった。
午前中の間、ふたりは持ち場を交代しながら、視線で教室内の安全を確認し続ける。
数学の講義中も、倉子は窓側の席から外の歩行者や車の動きをチェックし、
真子は前方の出口方向に目を配り、周囲の生徒の不審な行動を見逃さない。
そんな中、澪はノートにペンを走らせながら、チラリとふたりを見やった。
(制服姿でも、完全にプロなんだな……)
昨日の事件以来、ふたりを見る目が、少しだけ変わっていた。
学校内ではふざけたり、ボケたりすることもある。だけど――本気になると、別人のように頼れる存在だ。
そんなふたりの姿を見て、澪は思わずペンを置いた。
「……私も、少しは変わらなきゃ」
誰に言うでもなく呟いたその言葉に、倉子の耳がわずかに動いた。
「え?」
「なにか?」
「いえ。なんでもありません」
午後の授業が始まり、生徒たちはざわつきながら席につく。
そのとき、教室のスピーカーが不意にノイズを吐き、アナウンスが流れた。
『えー、本日午後、校内にて業者による点検作業が入ります。技術職員が施設内を移動しますが、不審者と誤認なきよう……』
「業者?」
「何の点検……?」
生徒たちが首を傾げる中、倉子と真子の目が一瞬鋭くなった。
真子が、すっと筆箱の中に仕込んだ通信機に手を伸ばす。
「先輩……あの業者、ちゃんとリストにありましたっけ?」
「……確認します」
澪は、ふたりの目の色がまた“戦闘モード”に入ったことを悟った。
昨日の事件は、まだ終わっていない。
今、この瞬間も――誰かが、どこかで“氷室澪”を見つめているかもしれない。
制服姿のSP二人の戦いは、ついに日常の中へと染み出していく。
4-4:再び現れる影
午後の授業が終わるころ、校内は妙な静けさに包まれていた。
『点検作業のため、一部の廊下は通行が制限されます』
アナウンスが流れた瞬間、倉子の目がわずかに細まった。
「この“点検作業”、怪しいわね……」
「先輩、裏ルートで照合したんスけど、技術課の名前に**“点検員”って登録、今日ないっス**」
「やっぱり……誰かが、校内に入り込んでる」
二人は即座に、澪の教室へ向かって歩き出した。
足音は軽く、早い。すれ違う生徒にも目線ひとつ向けない。
そのとき、教室にいた澪は、不意に背中を撫でられるような気配に襲われていた。
(――また、見られてる……)
誰もいないはずの廊下。その先にある階段の踊り場に、ひとり、男が立っていた。
黒いフードを深くかぶり、マスクで顔を隠している。だが、あの目だけは――
(……間違いない。昨日の男)
澪の呼吸が止まる。
男がポケットから何かを取り出す――それは、小型のナイフだった。
(――逃げなきゃ)
澪が身を引いたそのとき、男が動いた。
だが。
「そこまでよ」
割り込むように滑り込んだのは、服部倉子。
制服のスカートが翻り、男の手首に鋭く手刀が入る。
「ッ……!」
ナイフが宙を舞う。
同時に、背後の非常口からもう一人――真田真子が男の背後を押さえ込む。
「おとなしくしなさいッス! 制服姿だけど、ガチで鍛えてますからね!」
男は驚愕の顔で、ふたりを見比べた。
「なんだ……お前ら……」
「護衛です」
倉子が静かに告げる。
「この生徒に手を出した瞬間、あなたの選択肢はすべて消えました」
抵抗する男に、真子が追い打ちをかける。
「逃げても無駄ッスよ。校門、封鎖済み。今頃警察も向かってまーす」
男は、顔をゆがめながら地面に倒れ込んだ。
倉子が背後に立つ澪の無事を確認する。
「……大丈夫?」
「え、ええ……なんとか……」
澪は震える指先を握りしめていた。
「でも、私……自分がこんなふうに狙われるなんて、現実感がなくて……」
倉子は、優しく頷いた。
「あなたが無事なら、それでいいの。怖がるのは当然。でも、“生きている”ことが一番重要よ」
真子が笑って手を振る。
「お嬢様が泣きそうになってるとこ、先輩が言うとなんかドラマみたいッスね」
「そっちもね。制服で犯人を捕まえる図、どう考えてもコスプレイベントみたいよ」
ふたりのやり取りに、澪は思わず笑ってしまった。
そんな空気の中、倒された男が口を開く。
「……こいつを、遠ざけろ……あいつらが……お前を……」
「“あいつら”? 誰?」
問いかけには応じず、男はそのまま黙り込む。
直後に校内へ駆けつけた警備班によって、男は確保され、警察へ引き渡された。
* * *
事件が片付き、校内に再び日常が戻るころ。
澪は屋上にいた。
制服の上着を脱ぎ、風に髪をなびかせながら――
(私は……これからも、狙われるかもしれない)
(でも……)
澪はふたりを思い出す。制服姿で、真剣な顔をして、敵に立ち向かってくれた彼女たちの姿を。
(守ってくれる人がいる)
ただそれだけで、不安は半分になった。
そして、胸の奥で芽生えるものがある。
(私も、誰かを守れる人になりたい)
そのとき、ドアが開いて、制服姿のSPふたりが現れた。
「お嬢様、屋上にひとりでいるのは禁止されてます」
「なにかあったら、今度は屋上からダイブとかニュースになっちゃいますよ?」
「……あんたたち、もっと言い方あるでしょ」
三人の笑い声が、風に乗って、夕空に響いていた。