6-1:地獄の知らせは突然に
ある日の午後。爽やかな風が校舎を吹き抜ける放課後、3年B組の教室にて――。
「来週からプールの授業が始まりますので、水着と帽子を忘れないようにしてくださいね~♪」
担任・水無瀬先生(21歳・新卒)が、実に軽やかな声でそう告げた瞬間。
教室の窓際で並んで座る二人の“年上生徒”は、ぴたりと動きを止めた。
制服の胸ポケットに手を入れていた**服部倉子(24)は、手が止まり。
机の下でストレッチをしていた真田真子(24)**は、足が引きつった。
視線を合わせるふたり。
「……今、なんて?」
「……聞き間違いだったらいいんスけど」
しかし、現実は無慈悲だった。
「スクール水着は、サイズごとに更衣室前に出してありますので、自分のに名前を書いておくようにー!」
水無瀬先生の元気な追い打ちで、心の死を迎える24歳SPペア。
「スクール水着……って、あの……いわゆる、アレっスよね?」
「ブルマ以上に人権のないアレね……」
隣席の護衛対象、氷室澪がそっとふたりの様子をうかがう。
「……おふたりとも、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわよ。20代半ばでスク水着せられる屈辱、あなたに想像できる?」
「さすがに……ありません」
真子が机に突っ伏す。
「うちの会社、なんで水泳授業まで想定してなかったんスか……!」
「たぶん、“水着着たまま戦闘になる想定”はしてたけど、“普通に授業で着せられる展開”までは読んでなかったのよ……!」
それを聞いた澪は小さく笑った。
「でも……きっと、似合いますよ。スクール水着」
倉子、顔を引きつらせて静かに呟く。
「……その一言、いちばん効くわ」
* * *
翌日、放課後の体育準備室前。
名前のついたビニール袋に詰められた水着が、サイズ別にずらりと並んでいた。
「L……あった。私のはこれね」
倉子が慎重に手に取る。
「……S、S……あ、あったッス……って、なんで“ジュニアM”がピッタリなんスか、私……」
真子は凹みながら受け取る。
「一応確認するけど、これって……ほんとに学校指定よね?」
「はい。しかも“シンプルで無個性”って評判のやつ……」
と、横から澪が頷く。
――しかし、それは大嘘だった。
数日後の授業で、ふたりが試着したその水着は、確かに無地だった。
だが問題は、サイズ感と素材の攻撃力だった。
* * *
倉子、試着室にて。
鏡に映る自分の姿を見つめ、静かに絶望。
「ちょうどいいと思ったのに……胸が、布を拒絶してる……」
後ろ姿を見て真子が一言。
「先輩……胸元、ギリギリどころかボーナスステージッスよ……」
「……このままじゃ、人の視線が“銃弾”になるわね」
一方、真子のほうはというと――。
「え、ええ……? これ、ほんとに合ってる? え、なんか体操着みたいなノリなんスけど!?」
彼女の姿は、もはや“高校生”というより“ランドセル背負ってても違和感ゼロ”。
「……犯罪臭がする……」
倉子が言いながら、そっと目をそらした。
* * *
翌週、プール開きの日。
整列したクラスメイトのなかで、SPふたりだけが空気を歪ませていた。
その場に現れた担任・水無瀬先生は、なんとひらひらフリル付き・パステルカラーのアイドル風水着姿。
倉子:「……先生、その水着、教育的にどうかと思いますけど」
水無瀬:「えっ!? じゃあ、私もスクール水着にします!!」
倉子:「20過ぎてスク水は、きついわよ」
真子:「実感こもってるッスね先輩」
水無瀬:「うぅ……今日の授業、早く終わってください……」
こうして――。
6-2:試着室の黙示録
放課後の体育準備室、その奥にある更衣室。
蛍光灯の下、カーテンで仕切られた狭い空間に、静かなる緊張が流れていた。
「……いくわよ、真子」
倉子が静かに言う。
「……はいッス、先輩」
真子もゴクリと唾を飲む。
――目の前には、各自に支給された指定スクール水着。
ネームタグが縫い付けられた無地の濃紺生地。
だが、その実態は――羞恥心の塊でしかなかった。
まずは、倉子。
上着を脱ぎ、下に着ていたキャミソールを外す。
インナーを脱ぐだけなのに、なぜか任務中よりも心拍数が高い。
「……なんで私、制服より布面積減るとこんなに無力なの……?」
スーツでは完璧に抑えられていた“女性らしいボディライン”が、
布の弾力に負ける形で、ぐいぐい主張を始めた。
――特に、胸。
「……入った、けど……」
鏡を見ながら、ため息をつく。
「この水着、明らかに戦ってるわ。私の胸と。」
着ただけで水着の生地がピンと張り、縫い目が音を立てそうなほどに伸びていた。
「……先輩、その……大丈夫ッスか?」
隣の試着ブースから、真子の声が聞こえる。
「サイズは合ってる。けど、倫理が合ってない。」
一方、真子。
小柄で童顔、骨格すらミニマムな彼女にとって、
「Sサイズ」すら大きいのではと不安だった。
が、実際に着てみると――
「……ジャストフィット。っていうか、これジュニアMですよね……?」
まさかの子供用がぴったり。
「見た目の問題じゃなくて、なんか……人としての尊厳がやばいッス……」
鏡を見て、そっとつぶやいた。
「これで廊下歩いたら、“迷子の小学生がプール侵入”って通報されるレベルッス……」
そして二人は、ほぼ同時に更衣室のカーテンを開けた。
目が合う。
しばしの沈黙。
「……先輩、それ、そのまま出たら職員会議にかけられるやつッスよ」
「真子、あなたこそ……補導対象感すごいのよ」
ふたりの間に、妙な敗北感と連帯感が生まれた。
* * *
その後、他の生徒たちが続々と水着に着替え始める。
華奢な子、スタイル抜群な子、みんなワイワイ楽しそうに笑い合っている。
「ねー、スク水久しぶり~!」
「なんか逆に新鮮で可愛くない?」
「でもさ~、うちのクラス、大人っぽい人ふたりいるじゃん。あの人たち、似合うのかな……」
そんな声がちらほらと耳に入る。
倉子は頭を抱えた。
「……見た目が“若い”ってだけで通ると思ってたけど、制服補正ってすごかったのね……」
真子は鏡の前でポーズを取ってみて、すぐやめた。
「似合う似合わないじゃなくて、もうこれは……羞恥心との戦いッスよ」
* * *
そのまま、プールサイドへ向かう廊下。
水着にスイムキャップ、ビニールバッグ。
目をそらす男子、目を合わせない女子。
この距離が、羞恥という名の距離感。
澪が、ふたりを見てニッコリ微笑んだ。
「おふたりとも、とっても……綺麗ですよ?」
――地雷、踏まれた。
倉子:「……その言葉が一番つらいって、気づいて……」
真子:「先輩、私らあと何枚プライドを脱げばいいんスか……」
澪:「あの、やっぱり着替えてきたほうが……」
倉子&真子:「着替える時間も羞恥なんです!!」
こうして――。
プールの授業は始まった。
だが、誰も知らない。
この日、久遠女子高において――
「24歳女子高生SPふたり、精神崩壊寸前事件(非公開)」が記録されたことを。
6-3:プールサイドは戦場だった(教師の浮かれ水着編)
快晴の昼下がり。
青空の下に広がる、久遠女子高の屋外プール。
澄み切った水面がキラキラと輝き、生徒たちはワイワイと楽しげな声をあげながら準備体操に励んでいた。
……そんななか、二人の空気だけが、明らかに異質だった。
「……今日、晴れたのは誰のせいなのかしら」
「天気に罪はないッスけど、太陽が憎いッス……」
プールサイドに立つ服部倉子(24)と真田真子(24)。
ふたりは、昨日の試着を経て、とうとう指定スクール水着姿のまま一般公開されてしまっていた。
水着の面積は小さく、生地はぴったり。
まさに、“布にぎりぎり存在を許された大人”と、“もはや子供と誤認されるレベルの成人”。
「視線、刺さってるわね」
倉子が小声で呟く。
「うちのクラス、今日ばかりは男子がいなくて助かったッス……」
真子も死んだ目で頷く。
周囲の生徒たちは、あからさまに気を遣っている。
「なんか……あのふたり、色々とすごくない?」
「っていうか、あれ本当にスク水? モデル体型に刺さるとこうなるの……?」
それでも倉子たちは、護衛対象である澪の近くをキープし、“水着で立哨”という前代未聞のSP任務をこなしていた。
* * *
そこへ――まさかの追加ダメージがやってくる。
「おっまたせ~!」と元気いっぱいの声とともに現れたのは、担任の水無瀬先生(21歳・新卒)。
そして、その姿は――
白地にピンクフリル、リボンつきのパステルカラー水着。
「アイドルのライブか!?」と心の中でツッコむしかない派手さ。
生徒たちが凍りつくなか、水無瀬先生は堂々とポーズ。
「どうですか? 今日のためにネットでポチったんですよ~。気分上がりますよね!」
――その瞬間。
倉子が、そっと近寄る。
スク水姿で、ものすごく静かに、だが全力で説教モードに入った。
「先生。私はあなたより年上ですけど、年上として言わせてくださいね」
水無瀬先生「へっ?」
倉子「教師が、その浮かれ水着はどうかと思います」
真子(小声)「あーあ、地雷踏んだ……」
水無瀬先生(目に涙)「そ、そんな……似合ってるって言ってもらえると思ったのにぃ……」
倉子(冷静)「似合う似合わないの問題ではないの。威厳の問題よ。」
真子「でもまあ、その水着の破壊力で視線が分散されたと思えば、ちょっと助かったかもッス」
* * *
その後の授業は、あまりにも平和だった。
生徒たちは順調に泳ぎ、澪も軽やかにバタ足をこなしていた。
特に事件もトラブルも起きず――
ただただ、羞恥と共に泳ぐだけの時間が流れていった。
その間、倉子と真子は交代で水中補助と見守りを担当。
「先輩、こういうの……**“身体より精神が焼ける授業”**ッスね……」
「ええ……防弾チョッキより、この水着のほうが重く感じるわ……」
遠くから生徒が一人叫ぶ。
「先生、次回もその水着着てくださいねー!」
水無瀬先生(ぱああっ)「ホント!? じゃあ今度は水色のフリルにしようかな~!」
倉子(即)「やめてください。教師の品格が失われます。」
真子「でも先生……その勢いでスクール水着着たら伝説になれますよ?」
水無瀬「えっ!? じゃあ次回はそれで――」
倉子「20過ぎてスク水はきついわよ」
真子「実感こもってるッスね、先輩」
* * *
こうして、久遠女子のプールサイドには、
事件ひとつない平和な一日と、3人分の恥が積み上げられていった。
──そしてこの日、生徒たちは密かに呼んでいた。
**「伝説のスク水三人衆」**と――。
6-4:魂の帰り道
プール授業が終わったあとの更衣室。
水着姿の生徒たちがキャッキャと笑いながらタオルで髪を拭き、制服へと着替えていく。
青春のきらめき――そんなものとは真逆の空気がただよう一角。
そこには、並んでベンチに座り、脱力した表情の女子高生(24)コンビがいた。
「……終わった……」
「いろんな意味で終わったッス……」
服部倉子と真田真子。
見た目は高校生――中身は成人SP。
しかし今日だけは、中身も外見も完全に“羞恥の犠牲者”だった。
倉子はタオルで濡れた髪を拭きながら呟いた。
「……私はただ、任務に忠実だっただけなのに……なんでスクール水着で精神が焼かれたのかしら……」
真子は床に倒れ込むように制服に顔をうずめる。
「うぅ……私、もう水着って単語だけで胃がキュってなるッス……」
そのとき、更衣室のドアが少し開いて、ひょこっと顔を出す少女。
氷室澪。彼女はいつも通り微笑みながら、タオルを手に入ってきた。
「お疲れさまでした。……おふたりとも、本当におきれいでしたよ?」
……その瞬間。
「それがいちばんダメージでかいのよおおおおおおおおおお!!」
絶叫する倉子。ベンチから崩れ落ちる真子。
澪がきょとんとして「……えっ、違いましたか?」と聞くと、
倉子はうつ伏せのまま低い声で答えた。
「澪さん……お願いだから、もう“褒めないで”……」
真子も顔を覆いながら呻く。
「“似合ってる”とか“綺麗”とか言われるたびに、羞恥の針が心に刺さるッス……」
澪は「ふ、不思議ですね……?」と首をかしげたが、真顔でフォロー。
「でも、おふたりとも堂々としてて、格好良かったです。……まるで、“制服のないSP”のような」
「制服、あったほうがよかった……!!」
倉子が泣きそうな声で反論する。
「スーツ着て銃持ってたほうがよっぽどマシだったッスよ……」
* * *
制服に着替え直し、昇降口へ向かう帰り道。
再び制服の袖を通した瞬間、ふたりの目に微かな生気が戻っていた。
「……制服って、防具だったのね……」
「布の量が多いって……ありがたいッスね……」
その道すがら、校庭から聞こえてくる生徒たちの元気な声。
プールの授業は終わっても、明日はまた来る。
倉子は、ポケットからスマホを取り出してスケジュールを確認する。
すると、見慣れない予定が一つ、ぽつんと浮かんでいた。
【臨時通達:来週 林間学校(海沿い)】
※水着持参のこと。
「…………」
「…………先輩」
「見なかったことにしていい?」
「私も、今、人生の中で一番見たくなかった文字列を見た気がするッス……」
* * *
その夜、自宅に戻ったふたり。
疲労困憊でソファに倒れ込んだ真子が、天井を見つめて言った。
「先輩……あたし、思ったんスよ」
「なに?」
「たぶん、うちらって……“銃撃戦よりプールのほうが恐怖”って思うタイプッスよね」
「……気づくのが遅かったわね」
翌朝、倉子は夢を見る。
澪に「スクール水着、もう一度お願いします」と言われる夢だった。
……彼女は寝言で叫んだ。
「恥ずか死ぬううううううう!!」
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