春の暖かな風が吹き抜ける午後、校内掲示板の前には人だかりができていた。
「生徒会選挙、ですって」
紙をじっと見つめながら、倉子は眉をひそめる。
「先輩、うちらには関係ないっすよね?ね?」
「当然。関係あるわけがない」
と、その直後だった。
「お二人にお願いがあります!」
そう言って駆け寄ってきたのは、警護対象であるお嬢様――澪だった。
「今回、生徒会長に立候補することにしました。でも、私一人では不安で……どうか、副会長として力を貸していただけませんか?」
「却下です」
「秒で却下っす!」
即答で断った倉子と真子だったが――
その夜、教室内で突然担任に呼ばれる。
「服部さん、真田さん、生徒会副会長に推薦されています」
「は?」
「はああっ!?」
「澪お嬢様の他に、クラスメイト数名からの推薦も出ています。つまり、生徒推薦も重なって正式候補です」
「な、なにそれ!?」
「でも、まぁ、落選するでしょ。だって、うちらただのSPですし」
「そうそう、“女子高生に偽装してるだけの24歳”ですよ!?」
しかし、予想は外れた。
数日後。
「おい……誰だよ、校内新聞に“最も信頼できるお姉さん的存在”って載せたの……」
「“全学年からの女子人気No.1”って、どうなってんすか私たち……」
二人は知らなかった。
制服で毎日通学し、授業を真面目に受け、厳しい目で問題を見つけては率先して注意する――
その姿はいつの間にか“理想の学園お姉さん像”として浸透していたのだ。
結果――
澪、会長当選。
副会長・服部倉子、副会長補佐・真田真子。
伝説の始まりである。
「……私たち、学園生活満喫してる場合じゃないのに」
「なんでこんなことになってんすか……」
「しかも、任務としては、これ“学園の運営まで手を出した”ことにならない?」
「これ、社の報告書にどう書けばいいんすか?」
かくして、24歳の女子高生SPは、学園副会長へと進化してしまった。
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【第15章-2:卒業生を送る会(の罠)】
生徒会選挙が終わるや否や、新生徒会に課された最初の大任務は――卒業式後に行われる「卒業生を送る会」の企画と運営だった。
新会長に就任した澪は、自信に満ちた笑顔で言い放った。 「副会長のお二人、こちらが昨年の構成案になります」
そう言って渡された資料を開いた瞬間、倉子と真子の顔が一気に曇った。
「……会場設営、演出、照明、司会、進行、選曲、全部、生徒会……」
「先輩、これ……SPより疲れるやつっす……」
だが、逃げるわけにはいかない。 放課後の生徒会室。三人で始めた最初の打ち合わせは、まず“歌”の選曲からだった。
「やっぱ、歌っすよね! 在校生から卒業生へ、合唱とかサプライズで……」 真子の元気な提案に、倉子が即座に反応する。
「“贈る言葉”とか?」
「いいっすね!」
「……やめろ。それ、私たちが生まれる前の歌だ」
「え?」
「イントロ流れた瞬間、“あ、この人たち親世代だ”ってなるのよ」
「名曲っすよ!? 心にしみる系!」
「しみすぎるのよ。昭和の空気までまとってくるわ」
ふたりの間に沈黙が落ちる。
「最近の卒業ソングって……“さくら(独唱)”とか?」
「それも平成どまりよ……」
資料を眺めながら、倉子は深いため息をついた。 「……歌の選曲は、クラスメイトに聞くべきだ。私らが選んだら、どうあがいても平成どまりになる」
「現実が厳しすぎるっす……」
「“旅立ちの日に”も思い出したけど、それも古いのよね……」
「……“卒業写真”とかどうすか?」 真子がぽつりと言った。
倉子のツッコミがすぐに飛ぶ。 「昭和だ」
「えっ、でも……」
「気持ちは分かる。でも、“懐メロ枠”で感動されるのは、精神的にキツイ」
「……うちら、平成生まれのはずなのに、浮かんでくる曲が昭和ばかりっすね……」
「“乾杯”とか“思い出がいっぱい”とか流れ出したら、もう終わりよ……」
二人は資料の上に突っ伏した。
「……生徒会じゃなくて、老舗ラジオ番組の選曲会議みたい……」
その空気を打ち破ったのは、澪の明るい声だった。 「では、アンケートを取りましょう。全校生徒から選曲案を募って、上位の曲を中心に構成すれば、間違いありません」
「さすが澪お嬢様……」
「うん、全部任せたい……」
こうして、生徒会としての初仕事は――想像以上に“精神を削る任務”であることを、彼女たちは知ることとなった。