三月。寒さの中にも、春の匂いが混ざりはじめた季節。
校庭の桜はまだ蕾のままだが、校舎には卒業を祝う垂れ幕が掲げられ、厳かに、そしてどこか賑やかに卒業式の日はやってきた。
「それでは、在校生代表より、送辞を申し上げます」
澪が壇上に立つと、体育館の空気が静まり返る。
マイク越しの澪の声は、柔らかくも凛としていて、聴いている誰もが、彼女が“新生徒会長”であることを納得せざるを得なかった。
その横には、副会長の倉子と補佐の真子が控えている。二人とも、式典用の制服を正しく着こなしているものの、内心では緊張と羞恥心と闘っていた。
(うわ……全校生徒の前で副会長席に座ってる……しかも、SPとしてじゃなくて、ガチ副会長……)
(なんで、こんなことになってるんすかね……)
そう思いつつも、卒業式は滞りなく進行していった。
そして、式が終わるとすぐに体育館が模様替えされ――午後からは、「卒業生を送る会」が始まった。
照明が落ち、音響が切り替わる。
生徒会主催の初イベント。
司会は倉子と真子。最初の挨拶でマイクを持った瞬間から、観客の空気が変わった。
「え、副会長ってこの人だったの?」「なんか……アイドルかと思った」「っていうかメイドSPの人だよね!?」
ざわつく会場。
「……先輩、注目されすぎっす……」 「いまさらでしょ……」
プログラムは順調に進み、アンケートで選ばれた卒業ソングの合唱や、クラブ活動ごとのメッセージビデオなど、サプライズも満載だった。
そのどれもが、生徒たちの手で丁寧に準備され、まっすぐな思いに満ちていた。
そして、最後に卒業生代表がステージに立ち、涙ながらに言った。
「……この学校に、そして生徒会のみなさんに、心から感謝します」
その言葉に、倉子と真子は無言で頷いた。
普段は“制服SP”として潜入していることを忘れ、今だけは、一人の“学園の先輩”として――確かに、後輩たちと心を通わせた気がした。
卒業生を送り出す拍手の中、二人はこっそりと顔を見合わせる。
「……悪くない、かもね」 「っすね」
こうして、彼女たちの“初めての生徒会仕事”は、無事に幕を閉じたのだった。
【第16章-2:永遠の副会長はご勘弁】
送る会が終わり、後片付けも一段落した頃。生徒会室で、倉子がふと漏らした。
「しかし、今さらなんすけど……なんで私ら、生徒会なんすか?」
「……選挙で選ばれたからだろう?」
「いやいや、そうじゃなくて……生徒会長とかって、普通は3年生がやるものじゃないんすか?」
その問いに、澪がいつもの柔らかい笑みで説明を始めた。
「2年生が新3年生になると、受験に専念するため生徒会は引退するのです。ですので、基本的に“新2年生”が生徒会の中心になります」
「なる」
倉子と真子は同時に、思わず天井を仰いだ。
「……じゃあ、私ら、あと1年……?」
その空気を読まず、澪はさらりと言った。
「そういえば、お二人は受験するわけではないので……来年も継続して副会長をされますか?」
「いやいや、遠慮するわ」 倉子が即答した。
「“永遠の副会長”とか“伝説の生徒会SP”とか言われ始めたら、さすがに気まずいから」
「それ、マジで学園都市伝説になるっすよ……」
そして二人は同時に、つぶやいた。
「せめて……今年で終わらせたい……」
だが、そんな願いが通じるかどうかは──また別の話である。
第16章および16章-2を再表示・統合しました!
卒業式と送る会の感動、そして“永遠の副会長”への恐れがユーモアとともに描かれています。
SP、25歳、先輩はじめました。
卒業式と送る会がようやく終わり、少しは落ち着けるかと思われた翌週――
生徒会室で、澪が開口一番に言った。
「卒業式、卒業生を送る会が終わったばかりでなんですが……早速、新入生歓迎会の企画・運営の相談をしたいのですが」
その言葉に、倉子と真子は机に突っ伏した。
「……意外に……ハードスケジュールっすね……」
「イベントの連投って、芸能人でも辛いやつよ……」
そんなふたりをよそに、澪はにこやかに続ける。
「新入生には“先輩”として接することになりますし、皆さんの存在感はきっと心強いはずです」
「先輩、ね……」
「先輩になるのか……」
倉子がぼそりとつぶやく。
真子も続ける。
「やばいっす……SP、25歳、先輩はじめました……っす」
「いやぁぁぁぁっ!! 25歳、やばっ!!」
ふたりは揃って頭を抱えた。
「新入生に“人生の相談”される年齢よ、これ……」
「むしろ進路指導室にいそうな雰囲気になってきてるっす…… 下手したら担任の人生相談も受けることになりそうっす……ありそうっす。あの先生だと……」と真子がうめいた。」
澪だけが、まったく動じずに頷いた。
「それでも、皆さんがいてくださるだけで、新入生たちは安心できると思います」
「……もしかして澪お嬢様、内心めちゃくちゃ楽しんでる……?」
かくして、まだ春休みにも入っていないうちから、新年度に向けての戦いが始まる。
SP25歳、副会長、そして――“先輩”。
新たな肩書きに、ふたりは震えるのであった。