新入生と25歳の先輩
春休みの最中、在校生の多くが休暇を満喫しているその日。 生徒会の面々だけは、朝から制服を着て学校に集合していた。
この日は新入生のオリエンテーション。生徒会はその運営補助、特に案内係として動員されていたのだ。
「私たち、受付と資料配布ですね」
倉子と真子は、昇降口横に設けられた特設受付に座り、名簿と資料を前に立っていた。
「◯◯さんですね。では、資料を持って一年A組の教室に移動して待っていてください」
「あなたは、B組っす」
手際よく名簿を確認し、資料を渡すふたり。 もはや慣れたものだ。
だが、新入生たちはそんな二人をじっと見ながら、すれ違いざまにひそひそと話している。
「なんであの先生たち、制服着てるの……?」
「えっ、教師なの? あれ……」
その声が耳に入った瞬間、倉子と真子は顔を見合わせた。
「……だと思うだろうね」
「普通っすよね。『なんで制服?あの先生』ってなるっす」
「だわな。誰も生徒だとは思わないわよ」
「思わないっすね。うちらの“先輩始めました”は無理あるっす」
「むしろ、“教師デビューしました”のほうが自然……」
二人の肩が、同時に重く沈んだ。
そんななか、澪は受付の奥からにこやかに声をかけた。
「お二人とも、いつも通り完璧ですわ。頼りになります」
「……澪お嬢様、マジで容赦ないっす……」
こうして、新年度もまた“SPな生徒会”の日常が、少しずつ始まっていくのだった。
生徒でも教師でもない立場
全員の受付が終わると、倉子と真子は名簿と余った資料をまとめて職員室へと向かった。
「服部さん、真田さん、ご苦労さまです」
出迎えたのは教頭だった。
「教師でも、本当の生徒でもないのに、こんなことをさせてしまって……申し訳ありません」
「いえ、大丈夫です」 倉子が苦笑交じりに答える。
教頭は少し首を傾げつつも、優しい口調で続けた。 「しかし、警備員って、こんなことまでするんですね。たいへんなお仕事です。今日はこの後、歓迎会の最終確認でしょう?」
「はい。ですが、今日は午前中で終わりですので」
教頭が去ったあと、真子がぽつりと漏らす。
「先輩……なんかいろいろ逆に泣きたくなりませんか?」
「言うな……」
そのまま二人は講堂へ移動。他の生徒会メンバーと合流し、歓迎会リハーサルの準備に取りかかった。
講堂には、各部の部長たちも集まっている。体育館の中央に並んだ椅子、照明の確認、進行のリストがホワイトボードに記されていた。
「では、リハーサルを始めましょう」
澪の号令とともに、リハーサルが始まる。
たいていの部長は2年生だが、運動部――とくに野球部などは、まだ3年生が部長を務めていた。
彼らも前期終了、または夏の大会終了と同時に引退となるが、今はまだ“現役部長”として存在感を放っている。
そのせいか、澪も若干やりにくそうではあるが――生徒会には、25歳の二人がいる。
その“年齢的圧”は抜群だった。
ある3年生の部長が、リハーサル中に手を挙げる。
「すみません。順番、少し入れ替えてもらえませんか? 顧問の都合で……」
そこで倉子が、軽く微笑みながら一歩前に出た。
「先輩、申し訳ありません。直前に一人一人の要望を聞いていると、全体の収拾がつかなくなる可能性があります。事前に申出ていただければ調整もできたのですが……すみません、先輩」
“先輩”と呼ばれても、18歳の3年生は25歳の2年生に強く出ることができなかった。
「……はい。わかりました……」
しょんぼり引き下がるその背中を見ながら、真子がぽつりと。
「これ、完全に……圧すっね」
「でも、進行はスムーズでしょ」
25歳の威光は、学園において無敵だった。
半日勤務と現実
午前中でオリエンテーションとリハーサルの全行程が終了した。
制服姿のまま、倉子と真子は澪を送迎車で自宅まで送迎する。
その道中、車内にはまったりとした安堵の空気が流れていた。
「今日は半日か。ありがたいな……」 倉子が運転しながらぽつりとつぶやく。
「本当っす。これ休みだったら、また何か別件ねじ込まれてたっすよね」
「……それな」
澪を無事送り届けて、二人は職務完了。SPとしての一日を終えた。
その帰り道、助手席の真子が言う。
「帰って、録りためたアニメ見て、ゲームして寝るっす……」
「私は、帰って飲んで寝るかな……」
「先輩、おやじくさいっす」
「うるさい」
しばしの沈黙のあと、真子が思い出したように言った。
「そういえば今月、また身体測定と健康診断あるっすよ」
「……うっ」
倉子の表情が曇る。
「……酒……控えるか……」
「いや、それだけで済む問題っすかね……?」
「余計なこと言うな……」
こうして、25歳制服SPの“半日勤務”は、どこかサラリーマン味のある疲労と共に幕を閉じた。
だが、来週からは本番――新入生歓迎会の開催日が、着実に迫っていた。