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第31話 年末年始

【カウントダウン警備】


 大晦日。再びこの日がやってきた。


 倉子と真子の2人は、夕方前には大日神社に到着し、昨年と同じく巫女装束に着替えていた。警備員でありながら巫女装束を着せられるという不思議な立場も、もはや慣れたものだった。


「……やっぱり、去年より小さい気がする」  更衣室で着替えながら、倉子が不穏なことをつぶやいた。


「先輩、それは布じゃなくて……気のせいじゃなくて?」 「言うな。まだ正月前だ、縁起でもない」


 境内に出れば、すでに雑踏警備班の30人が持ち場についていた。2人の任務は、参拝客の誘導ではなく、社務所周辺の警備と不審者対策、そして必要に応じた救護対応である。


 日が暮れるにつれて、境内は徐々に人で埋まっていく。焚火の灯りが揺れ、甘酒の香りが漂う。


「先輩、もう年越しそば、始まってますっすよ」 「仕事中に食うな」


 時間は23時50分。境内はすでに参拝客でぎゅうぎゅう詰めになっていた。警備班から無線で報告が飛ぶ。


『初詣客、列制御完了。カウントダウンまで警戒強化』


 倉子と真子は、社務所裏の勝手口付近で立哨に入った。


「……なんか、去年より多い気がするな」 「この一年で、うちらの噂も広まったっすからね。メイドSPの次は巫女SPって……」 「やめろ、その単語、聞くだけで寒気がする」


 そして、24時。  鐘の音が鳴り響き、境内から一斉に歓声が上がった。


「今年も無事越せましたね」 「まだ、1月1日が始まったばかりだよ……」


 しばらくして、人波が一段落したころ、真子が何かに気づいたように声をひそめた。 「先輩……あそこ、社務所前に誰か近づいてきますっす」


 振り返ると、若い参拝客の一団がスマホを手に近づいてきた。


「すみません!一緒に写真、お願いできますか?巫女SPさんですよね?」


「申し訳ありません。任務中ですので」


「写真撮影はご遠慮いただいてますっす」


 2人が冷静に断ると、若者たちは「あー残念」と笑いながら立ち去った。


 ……その数分後。


 今度は本職の神社巫女たちが、ひそひそと近寄ってくる。


「倉子さん、真子さん……よければ、一緒に記念写真を……プライベートで、SNSには絶対上げませんからっ!」


 戸惑う2人。 「いや、それは……」


「お願いですっ。今年もずっと楽しみにしてたんです!」


 その目に押されて、結局1枚だけ、控えめに社務所の裏で記念写真を撮る羽目になった。


 シャッター音のあと、巫女たちは深々と頭を下げた。 「ありがとうございました。今年も警備よろしくお願いします!」


「……はい……任せて」


 真子がぼそっと呟いた。 「……こういう時、断るより疲れるっすよね」


 倉子はうんざりした表情のまま、軽く息をついた。


 年が変わっても、戦う場所は変わらない。



【1日警備 酔っ払い対応】


 新年を迎えてわずか数時間、境内には再び人があふれかえっていた。


 倉子と真子は、年越しカウントダウンから一睡もせず、社務所の警備業務を継続していた。まだ午前8時を回ったばかりだというのに、すでに疲労はピークに達している。


「先輩……目の下のクマが濃くなってきてますっすよ」


「お互い様だろ……。元旦の朝っぱらから巫女装束着て立哨とか、何度目だ……」


 境内には、家族連れや年配の夫婦、若いカップルに外国人観光客と、ありとあらゆる人種が参拝に訪れていた。雑踏警備班の30名以上が持ち場に立ち、無線は常に飛び交っている。


『社務所前、参拝列が境内外まで延伸。動線修正を要請』 『了解。第三小隊を動員して警備補強に入ります』


 そんな喧騒の中、社務所裏の影で、倉子と真子は短い休憩を取っていた。


「……しかし、この人数、去年より明らかに増えてない?」


「暖冬の影響でこの時期としては、気温がたかいせいっすかね?」 


「気温は優しいのに、勤務はいつもどおり厳しいのが解せない……」


 そんな軽口も、長くは続かない。


「うぃ~、巫女さーん……こっちにも福、ちょーだいよぉ……」


 社務所前に、酒臭い中年男性がふらふらと近づいてきた。


「すみません、お参りの列はこちらです。お静かにお願いします」


 倉子が遮るように立ちふさがると、男は頬を赤らめた顔で彼女を見つめた。


「いやあ、べっぴんさんだねぇ~。おみくじより、君の笑顔のほうがご利益ありそうだ~」


「先輩、これは……」


「対応する。真子は社務所の中、確認してきて」


 倉子が一歩前に出た瞬間、背後からスッと影が伸びた。雑踏警備班の若い警備員が、手際よく男の腕を取り、反対側から補助に入る。


「お客様、こちらへどうぞ。お手洗いの方へご案内します」


「あー、すまんすまん……トイレな、トイレ……」


 男はそのまま、警備員に連れられて裏手のトイレ方面へ姿を消した。


「ナイスカバー……」


「さすがに今年は慣れてきたっすね、酔っ払い対応」


「いや、それにしても朝から飲みすぎだ……」


 その後も、同じような酔客の対応が続いた。騒ぎを起こすわけではないが、テンションの高い参拝客や、騒ぎたいだけの若者集団など、注意喚起と誘導が途切れることはなかった。


 正午を過ぎる頃には、境内はまるで縁日のような賑わいになっていた。


「先輩、もうすぐ14時っす……あと6時間……」


「言うな……数字にすると遠さが際立つ……」


 午後も変わらず勤務が続く中、倉子と真子はそれぞれ交代で昼食を摂った。


「温かい甘酒……しみるっす」


「……飲みすぎるなよ。夜までもたなくなる」


 やがて日が暮れ、夕方になると参拝客のピークは徐々に落ち着きを見せ始めた。だが油断はできない。日没後は、周囲の明かりが減るため、事故や転倒が起こりやすくなる。


 18時を過ぎ、神社の照明が灯される中、2人は最後の気力を振り絞って対応を続けた。


「……あと1時間半……」


「目の前の時間を数えるな……余計長く感じる……」


 そして、20時。


『警備班、全体業務終了。本日分の配置解除します。お疲れさまでした』


 その無線が流れた瞬間、2人は同時に天を仰いだ。


「終わった……」


「やっと終わったっす……でも……」


「でも?」


「明日も、8時出勤っす……」


「うっ……ブラック……ブラックだわ……」


 ぐったりとしながらも、それでも翌日が最後の警備日だと自分に言い聞かせる。


「ここを乗り切れば、7日までは休み……っす」


「その言葉だけが、今の私の支えだ……」


 2人は巫女装束のまま、神社の裏手へと向かい、片付けと明日の準備を始めた。


 それでも、まだまだ“戦い”は続く。





【2日警備 迷子対応】


 新年2日目の朝、神社の空気はすでに混雑の予感に満ちていた。


 朝8時、澄んだ冬の空気を吸い込む間もなく、倉子と真子は再び巫女装束に袖を通して、持ち場に立っていた。2日目となると体力的にはかなりキツい。カウントダウンから続いた勤務に、すでに足腰が悲鳴をあげている。


「先輩……私、足が棒っす……」


「……私も腰が死にそう。明日もあるんだっけ……」


 だが文句を言っても、任務が終わるわけではない。  朝の参拝客の波は、元旦よりもやや緩やかに見えたが、逆にファミリー層の比率が増えていた。


 小さな子どもたちの手を引いた家族連れ、ベビーカーを押す若い夫婦、着物姿の母娘など、和やかな雰囲気に包まれていた。


「今日の参拝客、昨日よりは穏やかですね」


「油断するな。静かな時ほど、面倒な案件が来るんだ」


 そう言った矢先だった。


 境内に響く泣き声。


「ままぁ~!うわぁぁん……」


 2人の耳がぴくりと動く。


 社務所前にいた真子がすぐに声の方へ目を向けた。  人混みの中で泣いているのは、赤いニット帽をかぶった女の子。年の頃は4、5歳くらいだろうか。人の波に紛れて、完全に迷子になっていた。


「先輩、迷子ですっ」


「確認するっ」


 倉子と真子は迅速に女の子の元へ駆け寄った。


「こんにちは。大丈夫?お母さんとはぐれちゃったの?」


 倉子が優しい声で話しかけると、女の子は大きく頷いた。


「おままが……いな……いの……」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔をハンカチで軽く拭きながら、真子が後ろからブランケットをそっと肩にかける。


「寒いっすから、これで少し落ち着くっす」


 倉子はインカムに切り替える。


「こちら社務所前、迷子対応発生。4~5歳の女児、赤い帽子、白のダッフルコート着用。母親とはぐれた模様。放送と案内頼む」


『了解、ただちに放送入れます』


 境内に響くアナウンス。 「お呼び出しします。お子様とはぐれた方はいらっしゃいませんか。赤い帽子に白のコートを着た女の子が社務所前にて保護されております」


 女の子は、まだ不安そうな目で倉子と真子を見つめていた。


「大丈夫、お母さんすぐ来るからね」


「さすがに巫女姿の我々が迷子保護してると、目立つっすね……」


 その言葉通り、周囲からは「巫女さん優しい……」と声が聞こえてくる。


 5分ほど経過したころ、駆け寄ってくる女性の姿が見えた。


「○○ちゃんっ!」


 子どもがぱっと顔をあげる。 「ママァッ!」


 感動の再会だった。


「ありがとうございます、本当にありがとうございます……!」


「いえ、ご無事でなによりです」


「でもお母さん、参拝に来たときは、お子さんの手を離さないでくださいねっす」


 真子がぴしりと注意する。


 女性は深々と頭を下げ、娘の手を引いてその場を去っていった。


 その後も、迷子の案内や落とし物、そして酔っ払いへの対応など、次から次へと小さな事件が続いた。


「先輩……これはもう、なんというか……」


「イベント時の百貨店の店員か、保育士だな……」


「本当に、警備員ってなんでも屋っすね……」


 夕方、陽が落ちたころ、ようやく警備終了の報が入る。


「あと1日っすね……」


「うん、3日目を終えれば、ようやく休暇だ……」


 だが2人とも知っていた。  最終日が最も厄介になる可能性が高いことを――。


【3日警備 スリと痴漢騒ぎ】


 三が日、最後の警備日。1月3日、午前8時。


 倉子と真子は、すでに神社の裏手にある詰所で装備を整え、巫女装束に身を包んでいた。


「……ついに3日目っす」


「足の感覚がない……もう半分、魂抜けてる……」


 疲労困憊とはいえ、2人の表情はどこか吹っ切れていた。


「……今日が終われば、明日からはオフ。7日まで自由!」


「自由って、素敵な響きっすね……」


 しかし、最後の日は、事件もまた起きやすい。


 午前中は大きな問題もなく、比較的穏やかに時間が流れた。だが、昼を過ぎたころ、人混みの中から悲鳴が上がった。


「キャアアッ!財布が!誰かっ!」


「先輩っ!事件っす!」


「確認するっ!」


 人混みをかき分けて現場に急行する。


 女性の叫び声とともに、周囲に動揺が広がる中、倉子が腕を振るって指示を出した。


「社務所前!境内西側の通路、封鎖!スリが出た!目撃証言を集めて!」


 神社の雑踏警備班も即座に動く。


 そして、10分後――


 参拝客の1人が、「あの人、不自然に混雑から離れようとしてた」と証言した男を発見。    真子が人混みを追いかけ、男の腕を掴む。


「すいませんっす、お話伺いますっ!」


「な、なんだお前、離せ!」


 がっちり腕をとって離さない。


「おっと、そんなに逃げ急ぐ必要あるっすか?お財布でも落としましたかぁ?」


 男が反射的に逃げようとした瞬間、倉子が正面から立ちはだかる。


「逃げたら、もっと怪しいってことになるけど、どうする?」


 男は観念したように立ち尽くし、まもなく駆けつけた警察に引き渡された。


 事態はすぐに収拾し、被害者の財布も無事戻った。


「スリ、捕獲完了っと……」


「でも、今日はもうひと波乱ある気がするっす……」


 真子の予言は、的中した。


 日が傾き始めた午後3時過ぎ。


 境内の奥で再び悲鳴。


「やっ……触ったでしょ!?誰かこの人止めて!」


 今度は痴漢騒ぎだった。


 神社の参道、混雑する列の中で女性が男性の腕を掴み、怒鳴っていた。


 騒ぎを聞きつけた倉子がすぐに駆けつける。


「状況確認。どちら様ですか?」


 女性は怒りで顔を紅潮させている。


「この人、私のお尻に……!」


「違う!混雑してたんだ、当たっただけだ!」


 真子が後方から回り込む。


「言い分は後で聞きますっす。とりあえず、社務所裏で話を伺いましょう」


 境内にある簡易詰所に2人を誘導する。


 警察にも通報し、現場で対応。


 最終的に、被害者の女性の証言と、周囲の参拝客の目撃証言が一致し、男性に痴漢の容疑が固まった。


「ふぅ……痴漢まで出るとは思わなかったっす」


「混雑は人を狂わせる……明日からのんびり寝正月しよう……」


 神社に夜の帳が降りる頃、最後の参拝客が境内を後にする。


 全警備員に業務終了の報が入り、無線が静寂を取り戻す。


 詰所で着替えを終えた2人は、ようやく長い長い三が日警備を終えたことを実感する。


「倉子先輩……終わりましたね」


「……寝る。何も考えずに寝る」


 帰路につく2人の背に、神社の灯籠の光がやさしく照らしていた。


了解しました。それでは、第32章-2「は?ヴァレンタインのデパート警備?なぜ学校の制服で?」を、以下の基本設定を踏まえてラノベ小説形式で2000文字以上で書き直します。



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【は?ヴァレンタインのデパート警備?なぜ学校の制服で?】


 バレンタイン直前の金曜日、早朝のセキュリティ・アテナ本部。  休憩室で、制服姿の倉子と真子は、配属先を記した紙を受け取って固まった。


「……ウエストデパート……って、あの繁華街のランドマーク的な……」


「しかも制服着用指示付きっすよ、先輩……私服でなく、学校の制服って……どういう思考回路っすか!?」


 二人はセキュリティ・アテナ所属の警備員であり、25歳。平日は澪という名のお嬢様女子高生のボディガードとして、彼女が通う名門女子校に“潜入”している。ゆえに、平日もセーラー服で勤務しているのだが——。


「まさか、休日の土日まで制服で働かされるとは思わなかったわ……」


「しかも、本来なら私ら土日が休みだったっすよ!? 平日は澪様の護衛してるんすから!」


 カレンダーを確認しながら真子が肩を落とす。


「今年のバレンタインは日曜日。明日と明後日、つまり13・14日はデパート激混み必至なんで、警備要請が全国から殺到中……って話は聞いてましたけど……」


「で、その結果がこれ?」


 制服姿でデパート内を警備せよ——というお達し。


「……おかしくない? どう考えてもおかしくない!? バレンタイン→青春→学生→制服って、そんな思考の連鎖、正常じゃないでしょ!?」


「私ら、チョコの販促ポスターか何かと思われるっすよ……」


 もちろん、倉子たちは制服姿での警備に慣れている。だがそれは、あくまで女子高での“潜入任務”という前提があってこそだ。


 しかし今回は、休日の人混みに揉まれながらのリアル制服警備である。  しかも対象が恋愛イベントの王様・バレンタイン。


 朝10時、ウエストデパートの警備室。  セキュリティ・アテナから派遣された警備員たちが、次々と配属先を確認していく。中でも、ひときわ注目を集める制服姿の二人。


「うわ、あれ、リアル制服じゃん……コスプレ?」


「いや、なんかガチらしいよ。セキュリティ・アテナの人だって」


 周囲の視線が突き刺さるなか、倉子はそっと口元を引きつらせた。


「……やっぱ、客寄せパンダ枠じゃん、私たち……」


「むしろ混雑を助長してるっすよ、これ。警備の意味……」


 案の定、午後からは人出が爆発的に増え、二人は迷子の保護、落とし物対応、さらに一部熱狂的なチョコレートファンの押し合いに巻き込まれるなど、対応に追われることになった。


 特に困ったのは、中高生グループからの写真撮影リクエスト。


「巫女の次は、制服警備員……」


「いやほんと、今年入ってから晒し者続きっすよ、先輩」


 そして、18時を過ぎても警備は終わらない。夜の混雑がピークを迎えた頃、バレンタインイベントのステージが始まり、また人の波が動き出す。


「ステージ見たら即帰る流れ、まったく守られてないっす……!」


「足が……棒に……」


 そんななか、無邪気なデパートの社員が、ニコニコと声をかけてきた。


「お疲れ様です! 制服姿、評判良かったですよー! 明日もお願いしまーす!」


 この言葉が、決定打となった。


 警備室の休憩ソファに戻った瞬間、倉子はばたりと倒れ込む。


「……ねえ、真子」


「なんすか?」


「これ、給料、2倍でも許されるレベルじゃない?」


「いや、週明けまで休めない方がキツいっす。平日ずっと澪様の護衛っすよ? 今日明日出たら、次の土日まで休みなし……」


「……12日連勤……?」


 二人は無言のまま、ソファに崩れ落ちた。


 休憩室の窓の外、街はまだバレンタインの熱気に包まれていた。



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【チョコと疲労と軽トラと】


連勤続きで迎えた月曜日。澪の護衛任務もあるため、当然のように制服を着て登校する倉子と真子。だが――


「……なんか、やたら視線を感じるんだけど……」


「気のせいじゃないっす。今日、ヴァレンタインデーっすよ?」


そう、今日は2月14日。朝から廊下にはそわそわした女子生徒たちが行き交い、どこか空気も浮き足立っていた。そんな中――


「倉子センパイ、よかったら、これ……」


「真子センパイも、いつもありがとうございますっ」 

「クラスメイトだから、先輩はやめてって、いつも言ってるのに…」


澪のクラスメイトたちが、次々と可愛いラッピングのチョコレートを差し出してくる。


「わぁ……ありがとう。嬉しいわ。まさか、こんなに……」


「本当にありがたいっす。うち、まだ全身筋肉痛っすけど、これは癒されるっす」


もちろん、一番大きな箱を差し出してきたのは澪だった。


「ふふ、これは特別製。手作りですのよ。召し上がってくださいな、二人とも」


「ありがとうございます、お嬢様」


「これで、今日一日やっていける気がしてきたっす」


そうして荷物がどんどん増えていく中、ようやく勤務時間を終えた二人は、澪を車で送り届け、ようやく帰宅モードに――入るはずだった。



「ふぅ……さあ、今日は帰ってすぐ寝ましょ」


 車に乗り込んだ倉子がエンジンをかけた瞬間。


 ピコン。


 スマホに通知が届く。


「あれ、メールっすか?」


 二人のスマホが同時に鳴っていた。


 表示された内容は、セキュリティ・アテナからの業務連絡。


《倉子・真子 両名 本日帰宅前に本部へ立ち寄ること 至急》


 ※業務連絡※の赤文字が、精神的ダメージを倍増させる。


「げっ……まさか、このまま夜勤業務追加とか言う冗談、ないわよね……」


「先輩、それ言っちゃダメっす!それ、完全にフラグっす! 死亡フラグっす!」


 暗雲が立ち込める中、二人は意を決して本部へ向かった。


「おう、二人とも。ちょっと来い」


手をひらひらと振る社長に導かれて会議室のドアを開けると――


「なっ……!」


「……あの、これ、なにごとっすか……?」


会議室のテーブルの上には、ぎっしりと積まれた箱、箱、箱。まばゆい装飾と甘い香りが鼻腔を刺激する。


「これ全部……チョコ?」


「お前らに届いたんだよ。持って帰れ」


「いやいやいや! 量が異常すぎません!? これはもう、芸能人に届くアレじゃないっすか!」


「軽トラ手配しようか?」


「やめてください! そもそも、これ食べきったら糖分過多で死にます!」


社長は肩をすくめる。


「もちろん全部チョコってわけじゃない。ぬいぐるみとかもある。酒も少しあったな」


「……チョコ以外といって、酒か、酒か、と思ったらぬいぐるみって……なんというギャップっす」


「ていうか、なんでこんなに来たんですか?」


「一番は、昨日のウエストデパートからのお礼だな。あそこ、お前らの警備にえらく感動してたらしい」


「……いや、それ売れ残りの山じゃないですか?」


「それもあるかもしれんがな。あと、大日神社の巫女さん達やら、例のトラブル大統領の一件でお前らファン増えたろ? SNSで結構話題になってるぞ。なんなら“アテナの制服警備員推し”ってタグまである」


「そんなタグ、嬉しくない……!」


「先輩、もしかして、私らって、もはや制服着た公認マスコットみたいな立ち位置なんじゃ……」


「それ、むしろ業務外じゃない!?」


チョコの山に目を回しながらも、倉子は深いため息をついた。


「お返しが……お返しがとんでもない規模になりそう……」


「会社の経費で……いけないっすよね……?」


「当然、いけない」


社長の即答に、二人はそっとプレゼントの山を眺めた。


「じゃあ……チョコ以外のものだけ、ありがたく持ち帰らせてもらいます……」


「ぬいぐるみ抱いて寝たら、ちょっとだけ疲れが取れるかもしれないっす」


「チョコは、社で分配してください。私たち、学校ですでに甘いもの漬けです……」


「了解した。全部配っとく。あとでお前らのSNSアカウントで“ありがとうメッセージ”出しとけな」


「社長、私たち、芸能人じゃありませんから!」


「……そう言いながらも、明日は明日で制服で澪様のお出迎えっす」


「……平日休めないのに、土日出たから、次の土日まで休みなし……12日連勤……」


「言うなっ……! 心が折れる……!」


会議室のチョコレートの香りは、二人にとってもはや甘いものではなく、疲労の香りと化していた――。



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了解しました。以下に、**第32-4話「生徒会引退」**をラノベ形式で執筆しました。



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32-4 生徒会引退


春の足音が近づく三月。桜の蕾がほころび始める頃――生徒会室には、どこかしら穏やかで、しかし少しだけ名残惜しい空気が漂っていた。


倉子は、山のように積まれた書類の整理をしながら、ふぅと大きなため息をついた。


「これでようやく、解放ってわけね……」


「終わりましたね……生徒会……」


真子も、ホワイトボードの片隅に書かれていた『今年度の残務』という欄に二重線を引きながら、ぽつりとつぶやく。


そう、四月からは澪たち三年生が引退し、新たな二年生が生徒会のバトンを引き継ぐ。三月末のこの日が、実質的な最後の活動日だった。


扉が開いて、ひときわ上品な足音が響く。


「ごきげんよう、最後の片付けは終わったかしら?」


生徒会長・八神澪が、制服のリボンをゆるめながら室内に入ってきた。どこかホッとしたような、しかし少し寂しげな表情。


「澪様、お疲れ様でした」


「……生徒会長の任を終えて、やっと本業に戻れますわ。生徒会をしている間は、自分が本当に“普通の学生”だと錯覚してしまうくらい、忙しかったのですもの」


そう言って椅子に腰掛ける澪の姿は、どこか神殿の巫女が神の務めを終えた後のような、神々しくも安堵に満ちていた。


「文化祭の時とか、地獄でしたよね……」


真子は心底疲れた顔で回想する。


「設営準備が終わらない、備品は足りない、参加者はドタキャン……そして極めつけは、うちの警備班が行方不明になって捜索されたというオチ……」


「あれ、うちのせいじゃなくて、吹奏楽部の子に呼ばれてたんっすけど……」


「言い訳よ、真子。それでも、無断外出は問題行動ですわ」


「ぐぅ……」


思い返せば、この一年。生徒会は、イベントごとに振り回され、先生よりも学校に詳しくなり、校長よりも各部の予算と構内トラブルを把握し、そして――それでも誰からも報われることのない、黒子のような日々だった。


「……でも、ちょっとだけ寂しいですね」


倉子が、ファイルをしまいながら言う。


「確かに。文句ばっかり言ってたけど、終わるとなると……それはそれで、ちょっと惜しい気もするっす」


「あなたたちがいてくれて、私は本当に助かりましたわ。ありがとう。――でも、来年度の予算案だけは、ちゃんと引き継ぎしてください」


「地味に最後の最後まで働かせるんですね、澪様」


「あたりまえですわ。私は働き者が大好きですの」


「ぜんぜん褒められてる気がしない……」


すると、窓の外から小さな風が吹き込み、春の香りを運んできた。


「……さて、私たちは、これで卒業――ではありませんけれど、生徒会の務めからは卒業ですわね」


「ええ。制服を着てても、今日はなんだか違って見えるわ。少しだけ、自由な気分で」


「次の生徒会、誰がやるんですかね?」


「佐原さんとか、地味に根回ししてたっすよ。あと新聞部の岸くんが立候補してたけど、彼……顔に“週刊実話”って書いてあるような人っすよ」


「……それはそれで、来年度も波乱の予感しかしないわね」


三人は顔を見合わせて、小さく笑った。


こうして、桜のつぼみが膨らむ季節に――倉子、真子、そして澪の“”生徒会生活は、静かに幕を閉じた。



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