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第2話ー新たなる旅立ちの一歩ー

━━婚約は破棄━━


金色に浮かんだ文字が静かに消える。その様子を見て、クレマンもマデリン嬢もポカンとしている。

「承知致しました。それでは私はここを出て行く事にします。」

そう言ってお辞儀をし、退室する。


◇◇◇


すぐに荷物をまとめる、と言っても私の荷物など、ほとんどを売り払ってしまっていて、持っているのは実家から持って来た数枚の服くらいだ。トランクに服を畳んでしまっていると、扉が急に開く。姿を現したのはクレマンとマデリン嬢だ。

「何か?」

そう聞くと、クレマンが言う。

「俺の屋敷から何かを持ち出すのは許さんからな。」

そう言われて私は笑う。

「何も持ち出しませんよ。」

そう言ってトランクを開いて見せる。

「これは私が実家から持って来たものです。マイヤー家で得たものは何もありませんので。」

クレマンはトランクの中を覗き見て、満足気に聞く。

「ここを出てどこへ行こうと言うんだ? 女だてらに一人でやっていけるとでも?」

そう言って隣に居るマデリン嬢を抱き寄せて言う。

「マデリンの侍女にしてやると言っているんだ。そうすればお前だって住む場所や食うものに困らないだろう?」

私はトランクを閉じ、立ち上がると言う。

「ご心配頂き感謝いたします。でもご心配には及びません。」

トランクを持ち、二人の間を擦り抜ける。数か月だったけれど、お世話になったお部屋に感謝の挨拶をして、階段を下りる。

「お待ちください、ジャスミン様。」

そう言って駆け寄って来たのは執事のバーノンだ。

「バーノン、どうしたの?」

バーノンを良く見れば、その手には小さいながらもトランクがある。

「あなた、もしかして…?」

そう聞くとバーノンはニッコリと微笑み言う。

「お供致しますとそう申し上げた筈です。」

そして奥からバタバタと足音がして、ジェーンが現れる。

「ジャスミン様、お待ちください!」

ジェーンまでもが手にトランクを持っている。

「あなたも、なの?」

聞くとジェーンは息を切らしながら言う。

「もちろんです。」

その様子を見ていたクレマンが大声で言う。

「待て! お前たちは、マイヤー家の使用人だろう?」

今更そう言うということは、この人は本当に何も分かっていないのだなと思う。3人で顔を見合わせて笑う。そしてバーノンがクレマンに向かって言う。

「クレマン様、失礼ながら申し上げます。私もジェーンも、そしてこの屋敷に今居る使用人全員がマイヤー家との契約は今はもう無いのですよ。」

クレマンが驚く。

「そんな筈は無いだろう!」

そう言うクレマンを見て、私の日々言っていた事が何も頭に入っていないのだと実感する。バーノンが冷静に言う。

「契約を更新する為には、互いの同意が必要です。使用人は奴隷ではありません。雇用契約が必要になるのです。そしてその更新の時期はとうに過ぎています。」

バーノンは私を見て微笑み、そして言う。

「私が今まで契約も無しにこのマイヤー家に執事として従事していたのは、ジャスミン様がいらしたからです。そのジャスミン様が婚約を破棄されてお屋敷を出るのでしたら、私もこのマイヤー家に居る意味がございません。そしてそれはここに居るジェーンも一緒です。」

クレマンは慌てた様子で言う。

「そんな話は聞いていない!」

私は溜息をついて言う。

「使用人の雇用については、クレマン様に申し上げました。契約を継続されるようであれば、クレマン様のサインが必要だと。でもクレマン様はサインすると言いながらも、サインをする事すら、面倒臭がってしていませんよね。」

そして辺りを見回して言う。

「おかしいとは思いませんでしたか? 明らかに使用人の数が減っているというのに。今、この屋敷に居残ってくれている使用人はバーノンと、ジェーン、庭師のミッチ、料理人のオットーくらいですよ。」

そう言い終えると、奥からその料理人であるオットーがやはりトランクを手に出て来る。

「あぁ、ジャスミン様、ここにいらしたんですね。」

それを見てクレマンが言う。

「オットー、お前も出て行くというのか!」

オットーはクレマンを見上げて言う。

「そりゃあそうでしょうとも。お給金も頂けない屋敷で働いても、無駄骨ですからね。」

そして私を見て微笑むと言う。

「お供致しますよ、ジャスミン様。」

クレマンはわなわなと震えながら言う。

「許さん! 許さんぞ!」

そう言いながら階段を下りて来る。私はそんなクレマンに言う。

「あなたのお許しは頂かなくても、私やこの人たちをあなたに縛るものは何も無いのですよ。」

クレマンは階段を降り切って、傍にあった花瓶を掴むと投げて来る。この人は本当に何かを投げるのが好きなのだなと思いながら、私は指先でまた円を描く。投げ付けられた花瓶は私の指先から出た金色の粒で囲われ、ふわふわとゆっくり床の上に着地する。それを見届けて、私はクレマンに言う。

「それでは私はおいとまさせて頂きます。」

そこでバーノンが言う。

「ジャスミン様、魔法解除を。」

そう言われて私は笑う。

「そうでしたね。」

屋敷を出て振り返り、唱える。


マジカ・エンディア


屋敷全体を包んでいた魔法が私の元へ戻って来る。全てが戻って来て、私は息をつく。やはり全体を包んでいると疲れるものなのだなと思う。

「ジャスミンさまー!」

遠くで声がして見れば、そこには庭師のミッチが馬車を引いている。既に門の外側に居るミッチに笑う。

「その馬車は何なんだ!」

背後でクレマンがそう怒鳴る。ミッチは笑いながら、言う。

「ジャスミン様、お迎えに上がりましたよー!」

豪奢な馬車。装飾が重厚でどこかの高位の方の馬車なのだと分かる。クレマンが私たちを押し退け、馬車に近付く。私たち4人は顔を見合わせて、馬車の方へ向かう。

「この馬車は何なんだと聞いている!」

クレマンが大声でそう言う。ミッチは意にも介さない様子で言う。

「この馬車はバーンスタイン家の馬車ですぜ。」

バーンスタイン家、と言えば、この国の侯爵家だ。

「バーンスタイン家だと?! その侯爵家の馬車をどうしてお前が引いている!」

クレマンがそう聞く。察しが悪いなと思う。

「へ? 私は昨日からバーンスタイン家に奉公してますが?」

そして私を見て微笑み、ミッチが言う。

「お乗りくださいジャスミン様、レイノルド様がお待ちです。」

ここを出てどうしようかと思っていたところだった。渡りに船とは。バーノンが私に手を差し出して、馬車に乗る手伝いをしてくれる。

「皆も乗って。」

そう言うとオットーが言う。

「俺はミッチの隣に。」

そう言ってミッチの隣に座るオットー。

「失礼致します。」

そう言ってジェーンが乗り込み、バーノンも次いで乗って来る。

「それではごきげんよう。」

意気揚々とミッチがそう言って、馬車を走らせる。


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