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第5話ー侯爵様の画策ー

食事の後、侯爵様自らが私の手を引いて、屋敷の中を案内してくれた。

「こちらは応接室、第一と第二、第三まであります。」

応接室だけで三つもあるんだ…そう思いながら各応接室をチラッと見る。歩きながら侯爵様が言う。

「こちらが広間、この広間も用途に合わせて、三つほどあります。」

歩きながら広間を通り過ぎる。

「食事をする為だったり、会議をする為だったり、パーティーを開く為だったり…その用途によって使う広間の大きさが異なりますからね。」

二階へと上がる。

「この奥はジャスミン様のお部屋と、私の執務室などがあり…」

そう言っていた侯爵様の声が止まる。不思議に思って侯爵様を見る。侯爵様はある一点を見つめている。その視線の先には一人の男性が居た。髪の長い細身の男性。見た瞬間に分かる。


この人、魔法師だ。


「アーレント。」

侯爵様がそう言う。アーレントと呼ばれたその男性は私の前まで来て、膝を付く。

「1級魔法師、ジャスミン様、お初にお目にかかります、この侯爵家の魔法師、アーレントと申します。」

彼の肩には肩章が付いている。その肩章の色は若草色だ。若草色という事は。

「ご挨拶ありがとう、アーレント様。」

そう言うとアーレントが顔を上げる。

「アーレント、とお呼びください。」

彼が居るから、なのねと納得が行く。今朝、私がベルを鳴らそうか迷った時に触れてもいないベルが鳴ったのは。

「あなたは2級魔法師ね?」

そう聞くとアーレントが頷く。

「左様でございます。」

侯爵様が言う。

「アーレントは自ら進んで、侯爵家に仕えています。」

そして私を見つめるアーレントを咎めるように言う。

「神出鬼没なヤツでして。」

そんな言い方に少し笑う。きっと心を許しているから、そんな物言いなのだろう。アーレントは立ち上がると私を見て微笑む。

「ジャスミン様にお会い出来る事を心待ちにしておりました。」

2級魔法師という事は最低でも持っている魔法の属性が二つ以上、という事だ。朝の鳴らしていないベルが鳴った、という事は察知魔法が使えるのだろう。

「あなたの察知魔法、とても精度が良いのですね。」

そう言うとアーレントはとても嬉しそうに言う。

「ジャスミン様にそう言って頂けるとは。」

アーレントは礼儀正しく頭を下げる。サラサラと長い髪がアーレントの肩から落ちる。

「レイノルド様はお忙しいでしょう? なのでここからの案内は私が…」

そう言ったアーレントの言葉を遮って、侯爵様が言う。

「いや、ジャスミン様の案内は主である私がすべきだろう。」

二人が目の前で睨み合っている。その光景に微笑んでいると、背後から声がする。

「まぁまぁ! お二人とも! ジャスミン様の前ではしたない!」

そう声を掛けて来たのはマーサだ。マーサはまるで悪ガキ二人を前にした母親のようにそう言うと、笑って私に言う。

「ジャスミン様、お許しくださいね、二人ともジャスミン様がいらして浮かれているのですよ。」


◇◇◇


案内はその後も続き、広大な敷地内をくまなく見せて貰えた。敷地内には侍従や侍女たち使用人の住むエリアもあり、ジェーンの言っていた通り、そこもまたマイヤー家とは待遇に天と地ほどの差があった。


それにしても。


レイノルド・バーンスタインと言えば、この国では知らない者は居ない程の有名人だ。この国の立役者とも言われていて、またの名を「孤高の英雄」とも言われている━━


レイノルド・バーンスタインが孤高の英雄と呼ばれている最大の理由は、その身持ちの硬さからだ。今までこの国の数多の御令嬢が侯爵様に求婚状を送ったと聞いている。その求婚状のどれにも興味を示さず、自分の領地の事を優先し、まさに身を粉にして領民の為、国民の為に働いている方だ。そんな方が自分の大事な時間を割いてまで、私に屋敷の案内をしてくれているのだ。一通り、案内が済むと、今度は屋敷内に戻り、侯爵様の執務室に入る。何故かアーレントも一緒に。

「お疲れでしょう、少し座ってお休みください。」

そう言うと侯爵様がアーレントに目配せをする。アーレントが頷いて、指をパチンと鳴らす。私は執務室に置かれているソファーに座る。すぐにノックが響いて、入って来たのはバーノンだった。

「お呼びでしょうか、閣下。」

真新しい服。執事服を新調したようだ。侯爵様はバーノンに言う。

「お茶の準備を。それから君にも同席して貰いたい。」

バーノンは微笑んで頷く。

「かしこまりました、ご準備致します、お待ちください。」


◇◇◇


バーノンがお茶をいれてくれる。向かい側に侯爵様が座り、その後ろにアーレントが控える。バーノンはお茶をいれると、小さく会釈をする。

「せっかくバーノンがお茶をいれてくれたんだ、頂こう。」

侯爵様がそう言う。私も微笑んでバーノンのいれてくれたお茶を一口飲む。いつ飲んでもバーノンのいれてくれたお茶は美味しい。ほっと一息つくと、侯爵様が言う。

「昨日、ジャスミン様がこちらへ到着した後、バーノンに事情を聞きました。」

侯爵様は優雅な所作でそう言う。この人は本当に何から何まで優雅にこなすのだなと思う。

「そうですか。」

どこまでの事情を話したのだろう。そう思いながら何となく引っ掛かっている事がいくつかあった。

「バーノンから聞いたのは、ジャスミン様がマイヤー邸で酷い扱いを受けていた事、伯爵家の執務は全てジャスミン様がこなしていた事、そして昨日、ジャスミン様を筆頭に全ての使用人がジャスミン様と共にここ、バーンスタイン家に来た事です。」

侯爵様はそう言うと、ほんの少し微笑み、そして言う。

「既にお気付きかもしれませんが。」

そう前置きをして、侯爵様が言う。

「バーノンはバーンスタイン家の第一執事です。」

そう聞いてやっぱり、と思う。昨日、侯爵家に到着した時に、侯爵様と一緒に居る筈の執事の姿が見えなかった。ふとこのお屋敷は執事を使わないのかとも思ったけれど、これだけ広大な敷地を有しているのに、それは有り得なかった。

「私がマイヤー家に婚約者として来た時にはバーノンは既にマイヤー家で執事をしていたと記憶していますが…。いつからあの家で執事を?」

そう聞くと侯爵様が笑って言う。

「バーノン、君から伝えたらどうだ?」


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