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第10話ー不思議な指輪と現状とー

その昔、私がまだ幼かった頃。私の家は森の中にあった。普段から自然に囲まれて育っていた私は家の裏手にある山の中で遊ぶのが好きだった。


ある日、いつものように遊んでいた私の目の前に現れた一人の男の子。私よりも年上に見えたその子は、道に迷ったのか、一人で膝を抱えていた。声を掛けると最初は警戒していたけれど、そのうちに打ち解けて、山の中を駆け回って一緒に遊んだのだ。花畑では花冠を作り、シロツメクサの指輪も作ってその子にあげた。遊ぶ相手が居る事が嬉しくて、私は普段から近付いてはいけないと言われていた湖まで来てしまっていた。


もう夕暮れがそこまで近付いている。帰ろうと思ったその時、不意に吹いた風によって、私の持っていたお気に入りのスカーフが飛ばされてしまった。そのスカーフは湖に浮かんでいる。それを見た男の子が何とかしてスカーフを取ろうと奮闘してくれた。湖の脇の木に登り、枝を伝って、手に持った木の棒を伸ばし…その時、その男の子の乗っていた木の枝が音を立てて折れた。その子はそのまま湖の中へと落ちる。助けないと、何としてでも! そう思った私は願ったのだ。


その子を助けて! 天使様!


何故、そう願ったのか、自分でも分からない。そう願った瞬間、私の体から光り輝く何かが溢れ出し、湖に落ちたその子へと向かう。光り輝く何かに包まれたその子は湖の中から姿を現し、私の居る岸までその子を運んだ。不思議な事にその子の体は全く濡れていなかった。天使様が助けてくれた、そう思った私は心から感謝した。光り輝く何かはその子を運ぶとシュルシュルとまとまっていき、私の手の上に指輪となって現れた。七色に輝く石をたたえた指輪だった。その子はすぐに気が付いた。その子の手にはスカーフがあった。


◇◇◇


「あの時の…!」

そう言うと侯爵様が笑う。

「そうです、私はあの時にあなたに命を救われたのです。」

よく見れば面影があった。日の光で透かされると青く見える髪も、澄んだ碧眼も。

「でもどうしてこの指輪が侯爵様に?」

そう聞くと侯爵様が笑う。

「別れ際、私を探しに来ていた騎士たちと合流する前、あなたが私にくれたんですよ。私を助けた指輪だから、この先もきっと助けてくれるからと、そう言って。」

ハンカチの中の指輪もシロツメクサで作られた指輪も、その当時のまま、保存されている。でも指輪の輝きは幾分、失われているのだろうか、色がくすんでいた。

「触れてみてください。」

そう言われて私はその指輪に触れる。触れた途端に、私の中の魔力が増幅され、光が溢れ出し、目が眩むような光を放った後、あの時と同じようにシュルシュルと光が石に吸収されて行く。光を吸収した石はまた輝きを取り戻した。

「やはり。」

侯爵様がそう言う。

「私はあなたの言い付け通り、この指輪を肌身離さずずっと持っていました。もう何年も月日が経ち、その度に石がくすんでいきました。朝食後、御父上と御母上の形見をあなたにお返ししましたね。」

侯爵様はそう言って微笑む。

「えぇ、お返し頂きました。」

そう言うと侯爵様が言う。

「その時にお返しした懐中時計もブローチも、あなたに触れてその輝きを増しました。それを見て思ったのです。この指輪もきっとあなたが触れれば、輝きを取り戻すのでは? と。」

侯爵様が指輪を手に取る。そして笑い出す。

「何か?」

聞くと侯爵様がその指輪を指にはめてみせてくれた。

「幼い頃には指にはめていましたが、サイズが合わなくなって、付ける事が出来なかったのです。でも見てください。」

指輪は侯爵様の指にピッタリと収まっている。

「本当に魔法の力は素晴らしいですね。こんなふうにサイズも変えられるなんて。」

指輪のサイズを変えられる魔法なんてあったかしら…? そう思いながらもその指輪をまた付ける事が出来たのが嬉しそうな侯爵様を見て、私も何だか嬉しくなる。

「覚えていてくれて嬉しいです。」

侯爵様がそう言う。私は苦笑いして言う。

「幼かった頃の事はほとんど記憶に無いのです。両親が亡くなった時にショックで倒れてから記憶が曖昧で…」

侯爵様が優しい眼差しで私を見る。

「それはそうでしょう。ご両親の事については本当に残念でなりません。でも、あなたはご両親にしっかりと愛されているのを私はあの時、肌で感じていました。」

両親に愛されていたと言われて、鼻の奥がツンとする。

「当時は私もまだ子供で、あなたに手を貸す事が出来なかった。だからこそ、私は誰よりも強くなり、誰にも影響を受けない人間になろうと誓ったのですよ。」

それはまるで私の為に今の地位に登り詰めたのだとでも言っているかのようだった。

「マイヤー家に入り込むなら、早い方が良いでしょう。」

侯爵様はそう言って、イザクに目配せをする。イザクはほんの少し頭を下げ、言う。

「御意。」

そして私を見て微笑むと言う。

「失礼致します。」

そう言ってほとんど音を立てずにその場を辞して行く。あれ程の身のこなしをするのだから、きっと彼なら大丈夫だろう。でも、と思う。クレマンは本当に何か企てたりするだろうか。それ程、頭の回る人間では無いように思うけれど。


◇◇◇


俺は執事が使っていた執事室で頭を抱えていた。何だ、これは。人を雇うにも、この屋敷を維持していくにも、更にこの俺が遊ぶためにも金が要る。今まではジャスミンに言えば、すぐに金が出て来た。うちは伯爵家だ。だから金など何もしなくても当然、あるものだと思っていたが。


執事の残した帳簿を見て、我がマイヤー家が借金まみれだという事を知ったのだ。そんな訳無い。これは何かの間違いだ。そう思って屋敷中の部屋を巡る。よくよく自分の屋敷の中を巡ってみると、俺の部屋以外はかなり質素になっていた。屋敷の金を入れてあるであろう金庫の中にも、もう何も無かった。あるのはこの屋敷の権利書。帳簿が何冊かあったが、それを見返してみると俺が伯爵位を継いだ辺りから、財政状況はどんどん悪くなって行ったのが分かる。


事業だ、事業の方はどうなってる? そう思い、他の帳簿を見てみる。俺はそれを見て途方に暮れた。我が家の事業は既に赤字。雇用していた人間との契約書が何枚も決済待ちとして保管されているだけ。俺が自筆でサインしなければ、契約が完了しない状態で放置されている。


今までどうやって維持して来たんだ? 思い返せばジャスミンがいつも俺にサインが欲しいと言っていたような気がする。でも俺はジャスミンの言葉を聞いていなかった。金を稼ぐ事について、俺は親から教育を受けていない。本来ならば幼い頃から父上の仕事を見たり、実際に関わったりして学んでいくものだという事は、周囲の人間を見ていれば分かる事だ。でも俺はそれをしなかった。俺が嫌だと言えば親は俺にそれを強制はしなかったから。金なんて勝手に手元に入って来るものだと思っていた。いつも常に言えば誰かが用立ててくれる、そんなふうにしか思っていなかった。どうすれば良い? こんな家に使用人として働きたいという人間など、居るんだろうか。


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