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第11話-誰かの作為と悪意ー

その日の夜、侯爵様は相変わらず優雅に晩餐を召し上がっていた。侯爵家に仕えている侍女も侍従も皆、控えめで、けれど有能だった。

「侯爵様。」

私がそう呼び掛けると侯爵様が微笑む。

「何でしょう、ジャスミン嬢。」

聞かれて私は思っていた事を話す。

「私に付いて来たマイヤー家の使用人だった者たちは皆、この侯爵家で雇用して頂いたと聞いています。」

目の前の料理を見る。この味はオットーが作ったものだという事は口に入れた時点で分かっていたから。侯爵様が微笑む。

「えぇ、その通りです。皆、優秀な者たちばかりでしたからね。」

バーノンがお皿を下げてくれる。

「ですので、私も何かお手伝いをしたいのです。」

侯爵様から私が幼い頃に侯爵様の命を救った恩人だと聞いてから、考えていた。バーンスタイン侯爵家はこの国で絶大な力を持っている。それはひとえに現侯爵様の努力の賜物だっただろう。領民を思い、国民を思い、この国を思い、その力を磨き、努力して、常人には到達出来ないと言われているソードマスターにまでなった方だ。幼い頃にそのお命を救ったとしても、私がここに何もせずにお世話になる訳にはいかない、そう思っていた。

「ジャスミン嬢。」

侯爵様が私を見る。その瞳には慈愛が満ちている。

「私は言った筈です。あなたは私の命の恩人だと。命の恩人であるあなたに私は報いたいのです。この命を救ってくれたこのご恩は、今後私があなたに何をしても返せないでしょう。それに。」

そこで言葉を区切った侯爵様の表情が晴れない。

「私としても気になる事があるのです。ジャスミン嬢、あなたについて。」

私について…? それは一体…。そこで侯爵様はふっと笑い、言う。

「このお話の続きは後にしましょう。せっかくの美味しい食事が冷めてしまいます。」


◇◇◇


食事の後、改めて席が設けられた。侯爵様はソファーに座り、私と向き合う。

「先程の食事の席で、私が言い掛けた事ですが。」

侯爵様が早速、本題に入る。侯爵様は後ろに控えているバーノンに目配せする。バーノンは侯爵様に何か書類を渡す。

「ジャスミン嬢、あなたはご両親が亡くなられた時に、ショックで倒れられたと、そう仰っていましたね。」

私の両親が亡くなった時、私は18歳だった。魔塔での勉学を早めに終えて、家に戻って来て1年。平凡だけど平和に暮らしていた。侯爵様は手に持っている書類を私に見せる。

「それは私が独自に調べた内容になります。」

そこには私の両親が亡くなった事故の調査結果が書かれている。私の両親は王室からに呼び出しに応じ、王宮へ行った。私は家で留守番をするように言い付けられ、それに従った。その時には私は既に17歳だったし、呼び出されたのは両親だけだったと聞いていた。けれどその調査結果にはそう書かれていない。

「呼び出しを受けたのは、私…?」

侯爵様は手を組んで言う。

「そうです、あの日、王室が呼び出したのはあなただった。それをご両親はあなたに隠し、自分たちが王宮に行ったのです。」

侯爵様は私を見て言う。

「あなたは魔塔での教育を飛び級で終わらせた。それだけでも異例なのに、あなたは1級魔法師という認定を受けていた。」

確かに私は魔塔で学ぶ間に、クラス分けの試験で自分の持っている魔法の種類が多い事で、かなりの注目を集めていた。治癒魔法、言葉による制約魔法、そして保護魔法。

「そして何よりも私が気になっているのは、これです。」

侯爵様はそう言って自身の指に収まっている、私が幼い頃にあげた指輪を見せる。七色に輝く石。

「それまで私はごくごく普通の男の子だったんですよ。別に野心なんかも無い、侯爵家に嫡男として生まれ、行く行くは侯爵家を継ぐのだと、ただ漠然とそう思っていましたし。」

侯爵様はそう言ってその指輪を外す。そして言う。

「バーノン、付けてくれ。」

そう言ってその指輪をバーノンに渡す。バーノンは侯爵様から指輪を受け取り、自身の指にその指輪をはめる。バーノンが指輪をはめた途端に、七色に輝いていた石が水色の石へと変化する。

「この輝きはトパーズのものです。トパーズは昔から誠実、潔白の象徴とされています。」

バーノンがその指輪を外しても、石は水色のままだ。侯爵様がその指輪を自身の指に収めると、また石の色が変化して七色に戻った。

「石が変化するなど、思ってもみなかった事です。私はこの指輪には特別な力が宿っていると思っています。」

侯爵様は微笑んで言う。

「この指輪にあなたが触れた時、眩い光が放たれ、その光が集約され、この石になった。あなたが触れても石は七色のまま。つまりはこの指輪の石はあなたの力そのものだと私は思っています。」

そして侯爵様はそこで悪戯っ子が笑うように微笑むと、言う。

「アーレント!」

侯爵様がそう呼ぶと、アーレントが姿を現す。転移魔法だ。そうか、アーレントの魔法は転移魔法と察知魔法なのだと分かる。

「お呼びですか、侯爵様。」

アーレントはそう言って、私に微笑む。

「これに触れてみろ。」

侯爵様が指輪を外し、そう言う。バーノンが触れると水色に変化するというなら、アーレントが触れるとどうなるのだろう。アーレントは一瞬、嫌そうな顔をする。それでも溜息をつき、侯爵様の指輪に触れる。途端にバチンと大きな音がして、アーレントの手が弾かれる。痛そうに顔を歪めるアーレント。

「ご覧になったように、この指輪はあなた以外の魔法師が触れるだけで反発する。それだけこの石に込められている力が強いという事だと私はそう理解しています。」

侯爵様は大事そうにその指輪を自身の指に収める。

「本題です。」

侯爵様はそう前置きをして、言う。

「あなたのご両親の事故について、私が独自に調べた結果は、公的に出されているものとは違います。」

書類に目を落とす。王宮に行った帰り道、落石事故に遭い、馬車が道を外れ、転落した。私はそう聞いていた。けれど、書類にはそう書かれていない。

「落石があったのは事実ですが、それは自然発生的なものでは無く、人為的なものでした。」

私の両親は誰かの作為によって殺された…? でもそれと先程の指輪の事と、何か関係があるのだろうか。侯爵様が心配そうに聞く。

「今夜のところはここまでにしますか?」

私は侯爵様を見る。

「いいえ、知りたいです。」

手が震える。胸がドキドキして、眩暈を感じる。でも、しっかりしなくては。

「このままお話しても良いですが、人には許容量というものがあります。一気に流し込めば、それは堰き止める事が出来ずに溢れ出してしまうでしょう。」

侯爵様はそう言って、席を立ち、私の横に座る。

「ゆっくりで良いんです。急ぐ必要はありません。私も何年もかけて調べ、知った内容なのです。」

侯爵様が私の背中に触れ、撫でる。優しく温かい手…大きな手…。不意にふわっと抱き締められる。

「今夜はここまでにしましょう。受け止めるには時間がかかります。」

侯爵様を見上げる。侯爵様は微笑んで私の頭を撫でる。目がチカチカして意識が遠のく。


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