侯爵様はそう言って、ほんの少しクスっと笑う。何か楽しい事でもあったのだろうか。
「ルーセル王太子殿下にお会いしましてね。」
ルーセル殿下といえば、この国の王太子。数々の女性と浮名を流している方。
「ジャスミン嬢がお聞き及びかは分かりませんが、私と王太子殿下の間には妙な因縁がありまして。」
そう話す侯爵様は何だかとても楽しそうだ。
「何度か手合わせをしています。その度にもちろん、私が勝っていますが。」
それはそうだろう。侯爵様はソードマスターなのだから。それでも相手が王族であっても一切手を抜かずに手合わせをされるとは。
「何故か殿下はいつも私に食って掛かって来るのです。この顔が気に入らないのか、侯爵という立場の人間が嫌いなのか、私自身が気に食わないのかは分かりません。」
そう言って笑う侯爵様はまるで子供のようだ。
「近く、ジャスミン嬢が王宮に呼ばれるかもしれません。」
そう言った侯爵様はとても真剣な顔をしている。
「ですので、知っておいて頂きたい事を今からお話します。」
侯爵様はバーノンに向かって手を上げる。バーノンが私にまた昨日のように書類を渡してくれる。
「昨日、お話したように、ジャスミン嬢のご両親の事故は人為的なものでした。そしてそれをやった人物についてはまだ尻尾を掴めていません。」
書類に目を落とす。
「ですが手掛かりはありました。」
侯爵様を見る。
「これから話す事はとても重要なお話になります。国家を揺るがす事にも繋がりかねません。」
国を揺るがす事にも繋がる事…私の両親の事故が人為的なものだった事…それらを合わせて考えればおのずと答えは見えて来る。
「私の両親の仕組まれた事故は…国が関わっている、という事ですか。」
そう言うと侯爵様が頷く。
「そうです。」
ふわっと良い香りがする。バーノンの入れてくれたお茶が香る。
「まだ断定ではありません。ですが仕組まれた事故を独自に調査して分かったのは、落石自体がまるで山肌から剥がされたような痕跡があった事です。」
山肌から剥がされたような痕跡…。そうなるとそれは普通の
「…魔法師が関わっている…」
そう呟くように言うと侯爵様が頷く。
「そうです。」
侯爵様は一つ息をついて言う。
「ジャスミン嬢もご存知の通り、魔法師にはそれぞれクラス分けがありますね。そしてそのクラス分けには使える魔法の種類が多種である事と━━」
「魔力量、ですね。」
私がそう言うと侯爵様が頷く。
「使える魔法の種類と数、そしてその魔力の量によって、5級から1級まで分けられている。そしてあの山肌から岩を剥がす程の力があるとするならば…」
侯爵様が視線を落とす。
「1級クラス、という事。」
私はそう言いながら、考える。山肌から岩を剥がす事が出来るくらいの力があるならば、そんな1級魔法師はきっと国から何らかの保護を受けている筈…。でもそれならば何故…。
「何故、私の両親が狙われたのでしょう。」
顔を上げて侯爵様を見る。侯爵様は優しく微笑んで言う。
「それはあなたがリシャール家の人間だからです。」
━━ リシャール家 ━━
私の家門に何か秘密がある…そんな予感はあった。しがない男爵位、だから山奥に住んでいてもおかしくはないけれど、昔から人との接触を避けていた節はあった。私が生まれてからは特に、だ。
「ジャスミン嬢はご自分の家門についてどれくらいの事を知っていますか?」
そう侯爵様に聞かれて、私は首を振る。
「私はほとんど何も知らされていないと思います。」
侯爵様はまた手を上げて、バーノンに合図する。バーノンがまた違う書類を渡してくれる。そこにはリシャール家の歴史が書かれている。
「リシャール家は代々、男爵位を賜っています。昔はここ、王都に屋敷を構えていた事もあったのです。」
山奥では無く、王都に御屋敷があった…。
「リシャール家は血筋が魔法師の家系です。その力の強弱はあっても必ず、何らかの力の使える人間が生まれて来ていました…ある代までは。」
侯爵様はそう言って、言葉を区切る。不意に後ろに控えていたバーノンが失礼しますと言って、私の持っている書類のある一部分を指し示す。
「そこに記されているアダン・リシャール男爵がリシャール家にとって、初めて魔力を持たずして生まれて来た人物です。」
アダン・リシャール…。聞いた事の無い名前だ。
「そこから少しずつ、一人また一人と、魔力を持たない人間が生まれています。」
侯爵様が続ける。
「魔法師は血筋によっても決まりますが、魔力を持たない人間同士の間に突然変異のように生まれる場合もあります。ほとんどは魔法師の血を絶やさぬように、そして魔法師同士が何かによって引き合うかのように、結ばれるようですが。」
侯爵様がまたバーノンに目配せする。バーノンがまた一部分を指し示す。
「例外もあるようです。」
指し示された箇所に書かれた名前にはその人物が魔法師では無い事が記されている。
「本題はここからです。」
侯爵様が改めて言う。
「リシャール家は代々、魔法師の家系だと申し上げました。そしてその魔法は多岐に渡る。それぞれがそれぞれの特性によって、使える魔法は様々です。それは他の家門とそう変わりません。」
他の家門とそう変わらない魔法、魔力…なのに何故…。
「だがリシャール家だけに伝わっている、特別な能力があるとしたら?」
侯爵様がそう問う。リシャール家だけに伝わる特別な能力…。
「もしそんなものがあるとしたら、王家が黙っていないでしょうね。」
そう言うと侯爵様が頷く。
「まさにそれなのです。」
侯爵様はあの指輪を私に見せる。七色の輝く石の指輪。
「これはあなたに頂いた指輪です。昨日もお見せしたように、付ける人間によって石の色が変わります。そして他の魔法師は触れる事も出来ない。」
侯爵様はその指輪の石をひと撫でし、言う。
「そこで私はある一つの仮説を立てました。」
侯爵様が私を見る。
「仮説…?」
聞くと侯爵様が微笑んで頷く。
「はい。この指輪にはあなたの力が宿っていると、昨日、申し上げましたね。」
侯爵様は微笑みながら続ける。
「もしこの指輪に宿っているあなたの力が、リシャール家の特別な能力の込められたものだとしたら、そういう仮説です。」