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第16話ー天使の加護ー

侯爵様はテーブルの上のお茶に手を伸ばし、一口飲む。ティーカップをソーサーに戻しながら続ける。

「私は幼少期から次期公爵として、それなりの教育を受けて来ました。帝王学を学び、剣の腕を磨き、父上の背中を見て学びました。」

侯爵様が自身の手を見る。

「苦しい事も辛い事もたくさんありましたし、悔しい思いをした事も数え切れません。」

侯爵様はそう言って手を握り締める。

「ですが、この指輪を付けてからというもの、そういったものとは無縁になりました。」

私は少し驚く。

「無縁…ですか。」

私がそう言うと侯爵様が笑う。

「無縁と言うと言い過ぎかもしれませんが。」

それは一体、どういう事なんだろうか。

「これは今思い返せば、という話ですが。」

侯爵様はそう前置きをして言う。

「私の人生が好転し始めたのはその時から、なのです。」

悠々自適で順風満帆に見える侯爵様のこれまでの人生。それを支えていたのがその指輪、という話だろうか。

「昨日もお話した通り、私はこの指輪を肌身離さず付けていました。付けられなくなってからもずっと懐に忍ばせていたのです。どんな時も文字通り肌身離さず、です。」

七色の石がきらりと光る。

「私はこれまでの人生で多くの幸運に恵まれて来ました。ジャスミン嬢、あなたに命を救われてから、私はずっと幸運に恵まれ来たのです。まるで天使の加護でもあるかのように。」

天使という言葉を聞いて、私はドキッとする。幼かった頃、侯爵様を救いたいと願った時、私が咄嗟に縋ったのは天使様だった。侯爵様がバーノンに目配せをする。バーノンは私に1冊の本を渡してくれる。本の題名は「天使の加護」

「その文献には天使による救済の物語が綴られています。」

バーノンがその本の中の栞を挟んであるページを開く。

「これは…」

そこに描かれていたのは、まさにリシャール家の家紋である羽と鍵。侯爵様を見る。侯爵様は頷いて言う。

「恐らく私の仮説は間違いでは無いでしょう。リシャール家の人間の中には天使の加護の力を持って生まれて来る者が居るのです。」

天使の加護…それはその力を持った者、そしてその力を授かった者は幸運に恵まれ、必ず幸せになるという。

「今までどの人間が、魔法師が、その力を持っていたのかは分かりません。それは現存しているどの文献を見ても記されていませんでした。もしかしたらその力を持って生まれて来た者など、今まで居なかったのかもしれません。」

侯爵様が身を乗り出す。

「ですが、私は確信しています。ジャスミン嬢、あなたは天使の加護を持って、生まれている。」

私が天使の加護を…? 侯爵様を救ったあの力が私自身のものだと…?

「ご両親から、何か、おまじないのような事をされませんでしたか?」

そう聞かれてハッとする。

「えぇ、母から私を守る大事なおまじないと言われて…」

そう言って自身の額に触れる。

「私の額に羽と鍵を描き、その後、キスを…」

侯爵様が言う。

「もしかしたらそれは天使の加護の力を封印する為のものか、もしくは人からその力を見えなくする為のものかもしれません。」

侯爵様は少し考えて言う。

「そうであれば、私が視察の後にジャスミン嬢を見つけられなかったのも納得が行きます。」

私を守るおまじないだと言っていたのは本当に私を他の何かから守ってくれるものだったのだ。

「ジャスミン嬢。」

侯爵様が改まって言う。

「あなたが天使の加護を持って生まれて来ているとするならば、その力は誰しもが欲しいものです。権力者や王族でさえも。」

そう聞かされて改めて自分の価値を知る。侯爵様が微笑む。

「でもここはバーンスタイン侯爵家です。そしてあなたは私がお守りします。誰が来ても、何が来ても、何が起ころうとも、私があなたをお守り致します。あなたに授けられた命ですから。」


◇◇◇


お部屋に戻る。そこかしこに飾られた花々。それが私を包み、私を癒す。まるで侯爵様に守られているかのように感じていたのは私の思い違いでは無かった。私が1級魔法師だから、良くない環境に居たから、だから助けて下さるのかと思っていたけれど、それはただの切欠に過ぎなかったのだ。


リシャール家の秘密


それは天使の加護を持つ者が生まれる事


代々生まれて来た力では無いようだし、これも突然変異的なものだろう。そして幼かったあの時。


私が天使様に助けて欲しいと願った時に発現した力は、誰のものでも無く、自分自身の力だったのだ。自分自身の力を呼び覚ました…。額に触れる。母がかけてくれていたおまじない。私を守る大事なおまじないだと、母はいつもそう言っていた。母も父も私に天使の加護があると知っていたのだろう。そしてあの日、呼び出しを受けていたのは私だった。それに従い、私が王宮に行っていたら、両親はもしかしたら死なずに済んだかもしれない…。父も母も私のこの力のせいで命を落としたのだとしたら…。でもどうして父と母は狙われなければならなかったのだろう。


私を孤立させる為? リシャール家を潰す為?


王宮で父と母に何があったのだろう。それが分からないと真実には辿り着けない。


そしてそんな王宮に私が呼ばれる日も近い…。私にあるこの力…天使の加護。幸運をもたらし、幸せになれる力。でも私はそのせいで父も母も失った。何が幸運だというのだろう。侯爵様は私の力が宿った指輪を付け始めた時から幸運に恵まれて来たと仰っていた。そこまで考えてある可能性に気付く。もしかして…。そう思った私は部屋を出て、侯爵様のいらっしゃる執務室へ急ぐ。


執務室に侯爵様はいらっしゃらないのか、お返事が無かった。侯爵様はどこへ…? そう思いながら部屋に戻る。誰か、そう思った時、部屋にあったベルが鳴る。あ、そうだわ、ここには察知魔法があったのだった。アーレントの察知魔法が作動すると、すぐに部屋の扉がノックされる。

「はい。」

返事をすると失礼致しますと言って入って来たのはエジットだった。

「お呼びでしょうか、ジャスミン様。」

そう言われて私はエジットに聞く。

「侯爵様はどこにいらっしゃるのか、分かりますか?」

エジットは微笑んで言う。

「閣下でしたら、先程、エントランスの方へ…」

そう言われて私は部屋を出る。エントランスに向かうと侯爵様がいらっしゃった。

「侯爵様…」

そう呼び掛けて、ハッとする。振り返った侯爵様と、もう一人の方…女性だ。長く伸ばしたブロンドの髪、一目で高貴だと分かるその出で立ち。私はすぐに頭を下げる。

「失礼致しました。」

そう言うと、侯爵様が言う。

「いや、良いのですよ、この方はすぐに…」

そう言い掛けた侯爵様を遮って、その方が言う。

「まぁ!お噂の1級魔法師の方ね!お顔をお上げになって。」

そう言われて私は顔を上げる。綺麗な人だ。この方は確か…。

「紹介してくださらないの?レイノルド様。」

その方はそう言って侯爵様の腕に触れる。

「ジャスミン嬢、彼女はライザ・マルゴワール。マルゴワール侯爵家の御息女です。」


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