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第17話ー断った求婚状ー

マルゴワール家と言えば、バーンスタイン家に次ぐ家門。バーンスタイン家には及ばないものの、確固たる地位を築いている。そんな家門の御息女様がいらっしゃっていたとは。

「ジャスミン・リシャールと申します。」

自己紹介をすると、ライザ様が言う。

「お会いしてみたかったの、レイノルド様がわざわざ、バーンスタイン侯爵家に滞在を許している方にね。」

言葉に棘がある。それを感じるのは私の気のせいでは無いだろう。

「用が済んだならお帰り願えるだろうか。」

侯爵様が言う。その言い方に何か冷たさを感じる。ライザ様は悲しそうに言う。

「やっとお会い出来たのに。」

そして何か思いついたのか、パッと顔を輝かせ、侯爵様の腕に自身の手を回し、言う。

「そうだわ!よろしかったらこの後、ご一緒にランチでも…」

そう言ったライザ様の言葉を遮り、自身の腕に回されたライザ様の手を解きながら、侯爵様が言う。

「ライザ嬢。」

侯爵様はそう言って私の方へ歩き、私の隣に並ぶと、ライザ様に向き合う。

「今後、このような事は止めて頂きたい。事前に何の前触れもなく、家を訪ねて来るとは、無礼では無いですか。」

少し驚いて侯爵様を見上げる。侯爵様はライザ様を見下ろし、言う。

「書状を持って来られた事は理解しますが、それは受け取る事は出来ないと何度も言った筈です。」

書状? よく見ればライザ様の手にはお手紙のようなものが握られている。

「何故です? 何故、私を拒むのですか!」

ライザ様の瞳には涙が浮かんでいる。侯爵様は溜息をついて言う。

「何度も申し上げた通りです。私はマルゴワール家と姻戚関係を結ぶつもりはありません。」

姻戚関係と仰った…つまりライザ様の手に握られているのは求婚状という事になる。侯爵様は私を見て微笑み、私の背中に触れて言う。

「私が迎えた最上級の賓客に対して、会ってみたかったなどと仰る、そんな不躾な女性に割く時間など無いのですよ。」

侯爵様がそう言うとライザ様は顔を真っ赤にして俯く。

「事前に何の前触れも無く家を訪問し、このバーンスタイン侯爵家の賓客に対し、自ら自己紹介する事も無く、侯爵家当主である私に紹介させ、あまつさえ、その賓客に対し、嫌味をぶつけるなどと…これが無礼では無いのだとしたら、何なのでしょう。」

侯爵様は軽く自身の腕を払うと言う。

「この事はマルゴワール家に正式に抗議致します。」

そして俯いているライザ様に近付いて言う。

「あなたの一存でここへ来たので無ければ良いのですが、ね。」

そしてライザ様から離れると言う。

「バーノン!お客様がお帰りだ。」

侯爵様は私の背中に手を当て、私を促す。

「行きましょう。」

侯爵様に促されながらも、振り返る。ライザ様はバーノンに促され、侯爵家を出るところだった。不意に振り返ったライザ様は私を睨み付けると、出て行かれた。


◇◇◇


「お客様がいらっしゃっているとは思わず、申し訳ございませんでした。」

そう言うと侯爵様が笑う。

「客人ではありません、だからジャスミン嬢が気になさる事は何も無いのですよ。」

侯爵様はそう言って、自身の執務室へ私を促す。

「先程もライザ嬢に申し上げた通り、ライザ嬢は何の前触れも無く、侯爵家に来たのです。それだけでも無礼なのに、ジャスミン嬢にあんな事を言うとは…」

侯爵様の体から熱いオーラを感じる。怒っていらっしゃる…。そう感じる。

「ライザ様は求婚状を…?」

そう聞くと侯爵様が笑う。

「本人自らが渡しに来るとは思いませんでした。」

侯爵様はそう言って私に座るように促し、ご自身も私のすぐ隣に座る。本来、求婚状は手紙のようにお相手に送るものであり、それを自身の大事な侍従や侍女、補佐官や執事などに預けるのが一般的だ。求婚状を持って来た人物の位が高い程、その求婚状に含まれる意味合いが高くなる。それを本人自らが持って来たのだから、それ程までにライザ様は侯爵様と結婚なさりたいのだろう。

「あんなふうにお断りして、良かったのですか?」

そう聞くと侯爵様がまた笑う。

「私は何度もマルゴワール家からの求婚状を断っています。断っているのはマルゴワール家だけではありませんが。」

そう言って私を見る。

「私は誰とも結婚する気はありません。ある一人の方を覗いて、ですがね。」

侯爵様の瞳は温かく、吸い込まれそうな碧眼は青く美しい。

「心に決めた方がいらっしゃるのですね。」

そう言いながら、ずっと見つめられている事が何だか恥ずかしくて目を逸らす。侯爵様はクスっと笑って言う。

「それはそうと、私に何かご用が?」

そう言われて思い出す。そうだった。私が思い至った事、それは。

「侯爵様はその指輪を手にしてから幸運に恵まれて来た、とそう仰っていましたよね。」

侯爵様は自身の指に収まっている指輪に触れる。

「えぇ、そうです。」

私は自身が思い至った事を話してみる。

「私は私で色々考えてみたのです。」

上手く話せるだろうか。侯爵様はそんな私の背中に触れて言う。

「話してみてください。」

まずは大前提からだ。

「仮に、その指輪に込められたのが、私の力であり、それが天使の加護の力だと仮定します。」

侯爵様が頷く。

「そして侯爵様はその指輪に込められた力によって幸運に恵まれた。」

侯爵様を見る。

「ですが私はそのせいで、両親を失いました…」

侯爵様も考えるような顔をする。

「確かにそうですね、天使の加護の力がありながら、その力を有している筈のあなたが幸せでは無い結果になっている…」

視線を落とし、侯爵様は独り言のように言う。

「ご両親があなたを守ろうとするあまり、あなたの力を封印していた事、更にはその力が私の指輪に宿った事で、あなたの力が一時的に弱まっていたとするならば…ご両親が事故に遭われた事も辻褄が合いますね。」

私は自身の手を見ながら言う。

「つまりいくら天使の加護の力と言えど、万能では無いし、それは有限だという事なのでは無いかと…」

侯爵様が呟くように反芻する。

「万能では無く、そして有限である…」

侯爵様が手を組む。

「もしかしたら、ご自身の有している魔力量とも関係がありそうですね。」

…そうか、魔力の量の問題もあるのだ。侯爵様が微笑む。

「今はまだ、色々な可能性がありそうです。人を動かして調べさせましょう。」

そして侯爵様は私に手を伸ばして、私の髪をひと房掬い、言う。

「ジャスミン嬢は少し休まれた方が良いでしょう。頭をフル回転させていると、疲れてしまいます。」

侯爵様の手から私の髪がハラハラと落ちる。

「アーレント!」

侯爵様が呼ぶ。アーレントが姿を現す。

「お呼びですか、閣下。」

侯爵様はアーレントに言う。

「ジャスミン嬢を休ませてやってくれ。」

アーレントは少し頭を下げ、言う。

「かしこまりました。」


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