目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第18話ーカトリーヌ・ペローー

ここ数日の間で俺は伯爵家を内側から改革する必要があった。借金はどうにかなる問題では無かったが、今はクレマンも自身の家に金が無いという事を知って、金を使う事を控えている。使用人も問題がありそうな人間は切った。それでもさすがは伯爵家だ。使用人の申し出はそれなりにあった。クレマンも横暴に振る舞う事を我慢しているのか、その回数は目に見えて減った。


◇◇◇


自身の家から持って来た服や宝飾品を部屋に並びたてる。伯爵家なのだからもっと豪華なものに囲まれて暮らせると思っていたのに、あのジャスミンとかいう女が使っていた部屋なんて、目も当てられないくらいには貧相だった。


何故か、家全体が暗く感じる。私が家から連れて来た侍女は一人だけ。他の使用人は新しく雇い入れたイザクとかいう男が決めている。それでも不慣れな人間が多くて、イライラする事も増えた。


それに! クレマン様は最近、忙しいと言って全然、外へ連れ出してもくれない。前はあれ程、頻繁に色々な所へ行き、欲しいだけ服も宝飾品も買ってくれたのに。手元の招待状を見る。お茶会の招待状。差出人はマルゴワール侯爵家。バーンスタイン侯爵家には劣るけれど、それでもこの国の侯爵家に違いはない。マルゴワール家には確か、まだ婚約者も決まっていない、ご子息がいらっしゃる筈。


執務室に籠っているクレマン様。私は執務室に行き、クレマン様に言う。

「クレマン様、私、新しい服が欲しいです。」

可愛くお願いすればクレマン様ならば聞き入れてくれる筈。

「新しい服? 服などたくさん持っているじゃないか。」

クレマン様はそう言って、私を見もしようとしない。

「えぇ、ですが、お茶会のご招待を受けたんです。今持っている服では、お茶会など…」

そう言う私を遮って、クレマン様が言う。

「今あるもので何とかしてくれ。」

そしてすぐ近くに居る、イザクに言う。

「マデリンを。」

クレマン様がそう言うと、イザクは私に有無を言わさぬよう、その瞳に力を込めて言う。

「マデリン様、こちらへ。」

そう言って、部屋を出るように促される。追い出されるように部屋を出され、私は憤る。


部屋に戻って、持っている服を見る。今回のお茶会のテーマは「春」だ。貴族のお茶会には毎回、主催者の決めるテーマがある。いわばドレスコードだ。春…連想されるのはやはり花。春のお花たちのような華やかなドレス…。私が持っているドレスはどれも原色で紫や赤が多い。どれも昼間のお茶会にはそぐわないものばかりだ。こうなったら、そう思い、侍女に言う。

「出掛けるわ。」


◇◇◇


届いた招待状。中に入っていたのは招待状だけでは無く、詫びの手紙も同封されていた。マルゴワール侯爵、自らが書いたものだ。

『此度の我が娘、ライザの一件を知り、心からお詫び申し上げる。

  娘には今一度、淑女としての教育を受けさせ

  二度とこのような事は無いように取り払う事を約束する。


  ついては、此度の件のお詫びも兼ねて妻が主催のお茶会にご招待したい。

  ご参加頂ける事を心から願っている。                オベール・マルゴワール』


ご丁寧に自身の名まで記してある。要は娘は再教育する、だから機嫌を直してお茶会に参加しろ、という事だ。マルゴワール侯爵は俺よりも年上。その年上の人間が年下の人間に頭を下げるのだから、はらわたが煮えくり返っていてもおかしくはない。しかし、だ。いつまでもジャスミン嬢を侯爵家の中に縛り付けるのも良くない。同じ年頃の貴族子女と交流を持つのも、気分転換になって良いだろう。


一般的にお茶会は子女たち貴婦人の交流の場だ。社交界の縮図。まずは招待されるかどうかの問題もあるが。今回、詫びも兼ねてのお茶会というのであれば、参加するのは貴婦人だけでは無い。ジャスミン嬢は聡明だ。きちんとしたマナーもちゃんと身に付いている。そしてこの俺がエスコートしていれば何の問題も無い筈だ。

「バーノン。」

俺はその招待状をバーノンに渡しながら言う。

「招待を受けると伝てくれ、それからジャスミン嬢にもお茶会の準備を。」


◇◇◇


何だか周囲がバタバタと動き出している。侯爵様とお話してから数日の間、アーレントが私に付きっきりになって、魔塔での話をしたり、魔法について論じたりして、私の気を逸らしてくれていた。一人になれば考え込んでしまうから。


「お茶会のご招待?」

私の元に届けられた招待状。宛名はしっかりと「ジャスミン・リシャール」となっている。送って来たのはマルゴワール侯爵家。

「マルゴワール侯爵夫人から、ジャスミン様に、と。」

そう言ったのはジェーンだ。ジェーンは私に近付いて耳打ちする。

「この間の御息女様の無礼を詫びるお手紙と一緒に送られて来たそうですよ。」

この間の無礼…。求婚状を持って来たあの時の事だろう。

「でもどうして私に招待が?」

そう聞くと黙っていたエジットが言う。

「ジャスミン様がここ、バーンスタイン侯爵家にご滞在になられている事は、公然の秘密にございます。そしてその時の詫び、ともなれば、それは侯爵閣下のみならず、ジャスミン様にも関わるお話だからでございましょう。」

マイヤー家に居た頃、お茶会などとはほとんど無縁だった。マイヤー家の家計が火の車だったから、お茶会を催す事も、招待を受ける事もしなかった。

「テーマは春…」

そう書かれている。ドレスコードがあるという事は知っている。大抵の場合は色指定があるのだけれど、さすがは侯爵家、色指定などせずに、その辺りは自由にという事なのだろう。でも逆に服装でその手腕が問われると言っても過言では無い。溜息をつく。お茶会に着て行くような服は持っていない。でもお断りする訳にもいかないだろう。

「ジャスミン様。」

そう呼び掛けたのは、いつの間にか部屋に来ていたバーノンだ。

「お出掛けのご準備をお願い致します。」


◇◇◇


王都には久々に来た。王都はいつも人で賑わっていて、活気がある。

「足元にお気をつけください。」

そう言ったのはアーレント。アーレントの案内で一軒の服飾店に来る。


━━カトリーヌ・ペロー━━


有名なデザイナーである、カトリーヌ・ペローの名を冠した服飾店。予約が無いと入れないと有名なお店だ。アーレントは何も気にせずに私を伴い、お店の中に入る。お店の中はまるで魔法がかかっているかのようにキラキラと輝いている。いや、実際、魔法がかけられている。

「これはこれは、アーレント様。」

奥から一人の女性が出て来る。背の高いスラッとした女性。

「前触れは出してあったな。」

アーレントがそう言う。その女性は微笑んで頷く。

「はい、確かに。」

そしてその女性が私を見て微笑む。

「1級魔法師、ジャスミン様、お初にお目にかかります、カトリーヌ・ペローと申します。」

そう言って深々と頭を下げる。アーレントが囁く。

「ジャスミン様はほんの少し会釈をするだけで良いですよ。」

そう言われて私は会釈しながら言う。

「ジャスミン・リシャールです。」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?