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第19話ー招かれざる客ー

カトリーヌ・ペローのお店は1階に既製服が並んでいる。私はアーレントと共に2階へ案内される。2階は落ち着いた雰囲気でソファーが置かれ、間仕切りが端に置かれていた。

「こちらへ。」

カトリーヌ・ペローにそう言われ、ソファーに座る。

「カタログを。」

カトリーヌ・ペローがそう言うと、控えていた女性たちの中の一人がサッと分厚い本のようなものを渡してくれた。

「お好きなデザインなどはございますか?」

そう聞かれて私は困る。アーレントが言う。

「お好きな色などあれば何でも仰って頂いて構いませんよ。」

アーレントは上機嫌でニコニコしている。


◇◇◇


結局、私は何も言えず、カトリーヌ・ペローとアーレントがあれもこれもと、まるで着せ替え人形のようにドレスを何着も着せられた。

「では、お茶会までにはご用意致しますね。」

カトリーヌ・ペローはそう言って満足そうに微笑む。アーレントにエスコートされ、階下に下りる。

「少しここでお待ち頂けますか?」

アーレントにそう聞かれ頷く。

「えぇ。」

そう言って私は1階の店内を見る事にした。素敵な刺繍の入ったハンカチが目を引く。

「よろしかったら、お包み致します。」

近くに居た従業員の女性が微笑む。

「そうね、でしたら…」

そう言って何枚かハンカチを選び出す。黄色い花の刺繍の入ったハンカチはジェーンに。黒地にシルバーの鍵模様の入ったハンカチはバーノンに。濃紺に金色の糸で羽模様が刺繍されているハンカチを侯爵様に。赤い小花模様のハンカチはマーサに。エジットにはベージュの生地で黒いペンが刺繍されているハンカチを選ぶ。アーレントも欲しがるかしら…アーレントは…ふと、目に付く水色のハンカチ。そのハンカチにはベルが刺繍されている。クスっと笑いながら私はそのハンカチを手に取って、包んで貰う。


その時。


「困ります、お客様!」

入口で大きな声がして驚いて振り返る。入り口では従業員の女性が入って来る誰かを止めていた。

「ご予約の無いお客様のご入店はお断りしております!」

その女性がそう言っても、入って来ようとしている誰か…女性のようだ。

「私は伯爵夫人になる人間なの! それなのに伯爵夫人になる人間が門前払いなど、おかしいじゃない!」

どこかで聞いた覚えのある声だと思ったけれど、すぐにそれが誰なのか分かる。マデリン嬢だ。マデリン嬢は入口でお店に入る事を拒まれているのを振り切り、強引に店内に入って来る。

「責任者を呼びなさいよ! 伯爵夫人になるこの私が指導してあげるわ!」

そう言いながら息巻いている。カトリーヌ・ペローが進み出て、言う。

「私がこの店の責任者でございます。」

毅然とした態度、頭を下げる事もしない。マデリン嬢はカトリーヌ・ペローを見ると言う。

「私はもうすぐ伯爵夫人になる女よ! そんな未来の伯爵夫人に予約が無いから入れないなんて、そんな事有り得ないわよねぇ?」

そう言ってお店の中をグルっと見るマデリン嬢は、そこに居た私に目を留めると、言う。

「あら、ジャスミン様!」

厄介な人に見つかってしまったとそう思う。マデリン嬢は私を指さし、言う。

「現マイヤー伯爵であるクレマン様から婚約破棄されたあの人が入れるのに、私は入れないとでも?」

私はその光景を見て溜息をつく。どれだけ不勉強でも、人を指さすなど、あってはならない。

「何か勘違いをされているようですね。」

カトリーヌ・ペローはそう言って、マデリン嬢の前に立つ。

「私のお店は何人なんびとたりとも、予約のお客様以外はご入店をお断りしています。」

私はそれを聞いて思う。私は予約など…そう思ったけれど、侯爵様が予約を入れたのかもしれない。

「ですので、そのご身分がどれ程、高貴であっても、ご予約が無い方はお帰り頂いております。」

それは一流のデザイナーであるカトリーヌのこだわりでもあるのだろう。そしてそのこだわりが許される程に、彼女のデザインは優れている。そしてカトリーヌは私を見ると微笑み、言う。

「ジャスミン様は特別なお客様です。」

そしてマデリン嬢に向き直ると、カトリーヌが言う。

「お帰り下さい。そして次は是非とも、ご予約を。」

マデリン嬢はわなわなと震え、私を睨むと、出て行く。カトリーヌが振り返り、言う。

「お騒がせを致しました。」

そう言って深々と頭を下げる。1階に居た他の御令嬢たちが囁き合う。


未来の伯爵夫人と仰ったかしら?

それではまだご結婚はされていないのよね?

マイヤー伯爵様と婚約破棄されたっていう…

あの方が1級魔法師のジャスミン様?

今はバーンスタイン侯爵家にお世話になっていると聞いているけれど…


そんなふうに囁かれる事など、想定内だ。別に私は何を言われても良い。婚約破棄したのは事実。そして私自身がそれを望んだのだから。カトリーヌが私に近付き、言う。

「申し訳ございませんでした、私の不注意で…」

そう言われて私は首を振る。

「いいえ、良いのです。それよりも、ここのハンカチ、とても素敵です。」

そう言うとカトリーヌが目を細めて言う。

「ありがとうございます。本当にジャスミン様はお心が広いのですね。」

心が広いというのだろうか。私には分からない。もう誰に何を言われようとも…いえ、マデリン嬢やクレマンに何を言われようとも、何とも思わないくらいには、あの家に未練など無かった。アーレントがいつの間にか私の隣に立ち、言う。

「さぁ、帰りましょうか。」


◇◇◇


せっかく服を買おうと思って街へ来たのに! 買うならやっぱり伯爵夫人になるのだもの、最高級品よねと思って、予約以外は受け付けないと有名なカトリーヌ・ペローへ来たのに、追い返されてしまった。カトリーヌ・ペローの店内にはあのジャスミンとかいう女も居たというのに、何で私はダメなのよ! あの女が予約を入れていたというの?! 絶対に今、あの女が滞在しているバーンスタイン侯爵家の力でしょうに。何故、あの女ばかり、優遇されるのよ! 私は気を取り直して他の服飾店に行ったけれど、どこのお店も取りあってはくれなかった。門前払いのお店、中に入ったけれど売ってくれないお店…服など、マイヤー家の名前を出せば簡単に買えると思っていた。仕方なく品質は落ちるけれど、以前も買った事のあるお店に行ったけれど。


「どうしてダメなの!! 前は売ってくれたじゃない!」

そう言うと店の店主が気まずそうに言う。

「マイヤー家へ集金に伺ったんですがね、払う金は無いと追い払われたんですよ。あなた様が今、着ているドレスだってうちで買ったものじゃないですか。」

そしてため息交じりに言う。

「申し訳無いんですがね、こっちも商売なんで、お金が払って貰えないなら、売る事は出来ないんですよ。」

私は食い下がる。

「じゃあ! うちのお父様にお願いしたら良いんじゃない?」

そう言うと店主が鼻で笑うように言う。

「もうあなた様の家にも行きましたよ、でも、あなたのお父様は伯爵家に出して貰えの一点張りでしてね。」

私は途方に暮れる。服すら買えないというの?


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