お茶会当日。私はカトリーヌ・ペローで誂えたドレスに袖を通す。鮮やかな色とりどりの春の花々が散りばめられたような小花柄のドレスだ。生地自体はライトグリーンを基調としている。
「こんなに色合いの明るいドレス、私に似合うのかしら…?」
そう言うとジェーンがクスっと笑う。
「このお色のドレスを着こなす事が出来るのは、ジャスミン様だけです。」
カトリーヌ・ペローから帰った時、私は土産のハンカチをそれぞれに渡した。皆一様に喜んでくれた。男性陣は皆、普段からその胸に私が贈ったハンカチを挿し、何故か誇らしげだった。
エントランスまで下りると、そこには正装した侯爵様がいらっしゃった。溜息の出るような出で立ち。バーンスタイン侯爵家のイメージカラーとも言われている濃紺の正装。濃紺のマントは金色の留め具で留めてある。その姿を見て、あぁ、次はマントを留める留め具でも良いかもしれないと思う。侯爵様の胸には私が差し上げたハンカチが挿してあって、金色の羽模様が輝いている。侯爵様は私を見て微笑み、手を差し伸べる。
「ジャスミン嬢。」
その手に自身の手を乗せると、侯爵様は私の手の甲へ口付ける。
「春の妖精が舞い降りたかと思いました。」
そんなふうに言われるとは思っていなくて、ドキドキする。
「侯爵様こそ凛々しくて、神が遣わした使者かと思いました。」
侯爵様はクスっと笑って、軽くウィンクして、言う。
「参りましょうか。」
◇◇◇
馬車がマルゴワール侯爵家へと到着する。マルゴワール侯爵家はバーンスタイン侯爵家とはまた違った雰囲気だ。庭園へと案内される。庭園内に用意されているテーブルへと歩く。侯爵様が私をエスコートしているので、他の御令嬢からの視線が痛い程、刺さる。春の装いという事で、庭園内に居た御令嬢のほとんどがピンク色のドレスを着ている。そんな中、目を引いたのはモスグリーンのドレスを着ているご婦人。きっとあの方がマルゴワール侯爵夫人なのだろう。私が侯爵様にエスコートされてそのご婦人の元まで行くと、侯爵夫人は立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「バーンスタイン侯爵閣下。」
侯爵様はそんなご婦人に礼をする。
「お招き、感謝致します。」
私も隣でカーテシーをしながら、頭を下げ言う。
「お招き、感謝致します、ジャスミン・リシャールと申します。」
すぐに侯爵夫人が言う。
「お顔をお上げになって。」
そう言われて顔を上げる。侯爵夫人は朗らかに微笑み、言う。
「このような場にバーンスタイン侯爵閣下を伴って来られるのは、あなただけでしょう。」
何故、侯爵夫人がそんな事を仰るのか、それは侯爵様がお茶会になど、普段は来ないという事だ。
「大事な私の賓客ですからね、同伴するのは当然でしょう。」
侯爵様がそう言う。
「侯爵閣下、よろしければ、この場にライザを呼んでも?」
侯爵夫人がそう聞く。侯爵様は微笑んで言う。
「えぇ、構いませんよ。」
同じ侯爵家であるけれど、その家格は歴然としていた。バーンスタイン侯爵家の家格が上なのは言うまでも無い。
「よろしければ、お座りになって。」
侯爵夫人が自身のテーブルに私と侯爵様を招く。侯爵夫人主催のお茶会なのだから、この座に就くという事は、ここに居る人物たちが主賓という事だ。まさに謝罪の為に設けられた席、という事になるだろう。侯爵様が私の椅子を引き、私を座らせて下さる。
「ありがとうございます。」
そう言うと侯爵様は軽くウィンクして言う。
「ジャスミン嬢をエスコートするのは私の役目なのでね。」
侯爵様はそう言って、私の隣に座る。お茶が出される。テーブルに就いているのは侯爵夫人と私と侯爵様だけ。少し離れた所からライザ様が誰かを伴って歩いて来るのが見える。
「マルゴワール侯爵だよ。」
侯爵様が私に耳打ちする。マルゴワール侯爵様は侯爵様よりも年上。それだけ侯爵様が今の地位にいるのが特殊な例だという事だ。ライザ様は水色のドレスを着ている。しとやかな印象のドレスだ。本来ならばもっと華やかな色のドレスを着る筈だったのではないだろうかと、ふと思う。ライザ様は私たちのテーブルまで来ると、深々とカーテシーをする。その隣でマルゴワール侯爵様が会釈する。私が立ち上がろうとすると、それを侯爵様が制して止める。こちらが座ったまま、相手の挨拶を受けるというのは本来ならば失礼に当たるだろう。それが年上の人にならば、特に。それでも侯爵様は立ち上がろうともせずに、挨拶をお受けになった。これは侯爵様が怒りを収めているとは言えないと、暗に示している。
「ご招待を受けて頂き、感謝申し上げる。」
マルゴワール侯爵様がそう言うと、侯爵様はマルゴワール侯爵様を見上げ、言う。
「礼には及びませんよ、マルゴワール侯爵閣下。」
これで、序列がハッキリしたと誰もがそう思うだろう。
「此度の娘の一件、謝罪をさせて頂く。」
そう言ってマルゴワール侯爵様が深々と頭を下げる。
「大変、失礼致しました。」
か細い声でそう言うライザ様はお顔の色が優れない。
「謝罪を受けるべきなのは私ではありません。」
侯爵様はそう言って、私を見る。マルゴワール侯爵様が私を見て言う。
「大変不快な思いをさせたそうで、申し訳無かった。」
そう言われて私は言う。
「いえ、私は…」
そう言いながらライザ様を見る。ライザ様は頭を下げて謝罪しているけれど、ほんのわずかに震えている。その震えは恐怖からなのか、別の感情があるのか。目を伏せる。ライザ様の体から流れ出るオーラからある感情を読み取る。
「いつまでも頭を下げられていても、何も変わりません。」
侯爵様がそう言うと、ライザ様がお顔を上げる。その表情には悲しみが見えた。私はそれを見て、何だか少しおかしくなる。でも笑ってはいけない場面である事は分かっているので、顔を引き締める。
ライザ様がその場を自身の父であるマルゴワール侯爵様と辞して、お茶会が進む。
「少し歩きましょうか。」
侯爵様にそう言われ、私は頷いて立ち上がる。私と侯爵様が立ち上がると、周囲の人たちの無遠慮な視線が刺さる。社交界とはそういうものなのだろう。孤高の英雄とまで言われた侯爵様が、私をエスコートしているのだから、それは物珍しく映るだろう。美しく整えられた庭園を歩く。
◇◇◇
私が何故、こんな待遇を受けなければいけないの! レイノルド様には今まで、何度もパートナーやエスコートをお願いして来た。どれもすげなくお断りされて来たけれど、この国で私以上にレイノルド様に相応しい令嬢など居なかった。
それなのに!
あの魔法師が今はレイノルド様からエスコートされている。今まで誰のエスコートもして来なかったレイノルド様が初めて手を差し伸べて、エスコートしたのはあの魔法師の女だった。悔しい…!
いつも求婚状を送っても返されてしまう。レイノルド様だってもう婚約を考えてもおかしくないお年だというのに。あの魔法師の何がそんなに特別だというの? 見た目の美しさや家柄だって私の方が優れているのに! 1級魔法師が何だって言うのよ! 庭園の隅の席で私は大して美味しくも無いお茶を飲みながら、主賓の座るお母様のテーブルを睨む。
不意にレイノルド様が立ち上がり、あの魔法師の女をエスコートして、庭園を歩き始めた。
「エミリア、分かっているわね?」
そう私が立ち上がりながら言うと、近くに居たエミリアが頷く。
「はい、ライザ様。」