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第22話ー保護魔法と制約魔法ー

振り返ったライザ様が驚く。それもそうだろう。誰一人、動けないのだから。傍に居る侍女でさえ。

「…動けま、せん…」

やっとの事で男の一人がそう言う。私はライザ様の目の前で、真っ赤なドレスに袖を通す。一人でドレスを着られない貴族子女たちと私は違う。こんなに真っ赤なドレスは初めて着るけれど、仕方ない。

「あ、な、た…何を、した、の…?」

動けなくなったライザ様がやっとの事でそう言う。

「保護魔法をかけたのですよ。」

何が何だか分からないだろうなと思う。私はドレスを着ながら言う。

「私は1級魔法師なのです、それはライザ様もご存知でしょう?」

ドレスの紐はちょうど、前身ごろの方で結ぶようになっている。不幸中の幸いだわ、そう思う。その紐を結びながら、ライザ様に言う。

「保護魔法は何も、何かを守る為にある訳では無いのです。その現場をそのまま保存する、保護する事も出来るのです。そして。」

結び終わった紐を整える。

「私は言葉による制約魔法も使えます。」

手を上げて指で円を描く。私の指から金色の光が溢れ出て、空中に文字が浮かぶ。


━━ やれるものならやってごらんなさい ━━


「この言葉は私が修道院送りになるかもしれないと言った後の発言です。つまりは修道院送りが可能であれば、それは必ず履行される、という制約です。」

髪から髪飾りを外す。今のドレスではこの髪飾りは合わないだろう。

「さて、この状況、私がこのまま出て行って、私が解除しなければずっと永遠にこのままですけど、どうされます?」

そうライザ様に聞いた時。


部屋の扉が開いて、侯爵様が姿を現す。侯爵様の隣にはアーレントも居る。

「もうそこまでにしてやってくれ、ジャスミン嬢。」

侯爵様は笑いながらそう言う。私も少し吹き出して、魔法を解く。動けなかった者たちが、動けるようになり、その場に崩れ落ちる。アーレントがその様子を見て、言う。

「保護魔法をかけられた人間は、こうなるのですね。」

保護が解かれたからだろうか、ライザ様が言う。

「何も! 何も無かったではありませんか!」

そう言ったライザ様はヨロヨロと立ち上がり、続ける。

「何も証拠などありませんでしょう? それとも全部見ていたとでも仰るの?」

確かに侯爵様は全てを見てはいない。私は溜息をついて、また空中に円を描く。スラスラと文字が浮かぶ。


━━ レイノルド様を誑かした女を見てやろうと思ったのだけれど ━━

━━ どうしてあなたみたいな女がレイノルド様と一緒に居るのか、全く分からないわ ━━

━━ 大丈夫よ、心配しないで、優しくするように言い付けてあるもの ━━


金色の文字が空中に浮かび、その形を保持している。それを見てライザ様は真っ青になる。

「本当に魔法の事に関しては何も知らないのですね。」

そう言ったのはアーレントだ。アーレントはまるで汚いものでも見るように、ライザ様を見ながら言う。

「1級魔法師であるジャスミン様がご自身を、その魔法で守れないとでも?」

本来は保護する為に使う保護魔法、そして契約や約束事の時に使う制約魔法。そのどちらも応用すれば、本来の使い方とはまた違った形で使える。保護や保存、記録として残す事も可能なのだから。

「ライザ嬢。」

そう呼び掛けた侯爵様は私の隣に来ると、ライザ様を見下ろし、言う。

「この事は看過出来ません。ジャスミン嬢だから無事だったものを、そうでなければ大変な事態でした。この事はマルゴワール侯爵に報告致します。」

そしてその体に嫌悪を纏わせて言う。

「軽蔑する。」


◇◇◇


真っ赤なドレスを身に纏い、私はその場を後にする。侯爵様は何だか上機嫌だ。

「とても上機嫌ですね。」

そう言うと侯爵様は微笑み、私をエスコートしながら言う。

「えぇ、とても気分が良いですね。今まで幾度となく、ライザ嬢には煩わされて来ましたから。」

私はそんなふうに言う侯爵様に言う。

「ライザ様とは親しそうに見えましたけれど。」

侯爵様は笑って言う。

「ライザ嬢からの好意は感じていましたよ。求婚状は家同士の繋がりを強化する意味合いもあったのでしょう。ですが、ライザ嬢はジャスミン嬢も知っての通り、激情型です。自分の感情を優先し、今日のように罠に嵌めようとする狡猾さもあります。」

どこへ向かって歩いているのだろう。

「我がバーンスタイン侯爵家は清廉潔白でなければ。他の家門がどうであれ、我がバーンスタインでは、あのようなはかりごとはあってはならない事です。」

私と侯爵様の前を歩いていたアーレントが立ち止まる。

「ここです、閣下。」

侯爵様は大きな扉の前に立ち、私に言う。

「マルゴワール侯爵の部屋です。」

ここが…。扉を侯爵様がノックする。そして間髪入れずに言う。

「バーンスタインです。」

ドタドタと足音がして扉が開く。

「バーンスタイン侯爵閣下、どうされたのです?」

そう言ったマルゴワール侯爵様は隣に居た私を見て、驚く。

「お着替えを…?」

そう聞きながら何かを察したのか、溜息をつく。

「どうぞ。」


マルゴワール侯爵様に、事の次第が話された。私が保護・保存した言葉たちをマルゴワール侯爵様に時折、見せながら。

「我が娘可愛さに、ライザ嬢をお庇いになるのでしたら、それでも構いませんが。」

侯爵様がそう言う。マルゴワール侯爵様は項垂れて、私の前に立ち、頭を深々と下げる。

「申し訳無い…」

そして頭を下げたまま、言う。

「この償いはきっちりとさせて頂きます…」

私はそんなマルゴワール侯爵様に言う。

「私は何ともありませんし、別に恐怖を感じていた訳でもありません。ライザ様がバーンスタイン侯爵様を想うあまりの行動だったのでしょうし。」

最初に謝罪を受けた時から、何となく分かってはいたのだ。

「それでも、あの蛮行は許しがたい。」

侯爵様がそう言うと、マルゴワール侯爵様は頭を下げたまま、言う。

「娘は遠くの領地に嫁がせます。そしてこのマルゴワール侯爵家とは縁を切らせましょう。」

マルゴワール侯爵様は頭を上げると、言う。

「ですので修道院送りだけは、ご容赦願いたい。」

修道院送り…それは罪を犯した子女たちが今後、俗世との繋がりを断ち切って、神のみを信奉し、生涯をそこで過ごす事を言う。聞こえは良いが、要は子女たち専用の労働所だ。侯爵様が私を見る。私は頷いて言う。

「それで構いません…ですが。」

そう言って控えていたアーレントを見る。アーレントは微笑み、頷く。

「バーンスタイン侯爵家の魔法師アーレントからの察知魔法を処させて頂きたいです。」

人に対して察知魔法をかけるという事は、その人物が私や侯爵様、アーレントに近付けば、すぐにその居場所がすぐに分かるというものだ。範囲を広げれば、彼女自身が王都に入っただけでも分かる。

「分かりました。仰る通りに致します。」


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