屋敷を出る。真っ赤なドレスなど着た事の無い私は少し戸惑う。こんなにハッキリした色のドレスを着替えとして持って来る時点で、そこには悪意があったのだろう。自分でも全く似合っていないと思う。
庭園に出る。着替えを済ませて出て来ただけだと、この場に居る皆がそう思うだろう。そしてその着替えにと、出されたドレスは真っ赤なドレス。淡いドレスを着ている他の子女たちからしたら私の方が非常識に映るだろうなと思う。庭園を歩いていると、ふと侯爵様が足を止める。侯爵様を見ると侯爵様はすぐ近くにあった真っ赤な薔薇に触れる。
「アーレント。」
侯爵様がそう言うと、後ろを歩いていたアーレントが頷く。
「ただいま。」
そう言ってアーレントが歩き去る。何をするのだろう。そう思っていると、アーレントがすぐに戻って来て、侯爵様に鋏を渡す。…鋏? そう思っていると侯爵様は鋏で大輪の薔薇を一輪切り、私の髪にその大輪の薔薇を挿す。
「とても美しいですよ、ジャスミン嬢。」
侯爵様はそう言って微笑む。鋏をアーレントに返し、満足そうに歩き出す侯爵様はずっと微笑んでいる。
「手折っても良かったのですか?」
そう聞くと侯爵様は言う。
「えぇ、許可は取りましたから。」
アーレントに鋏を持って来させたのはそういう事なのかと思う。それにしても。アーレントはあの一瞬で侯爵様の意向を汲み取った。すごい事だ。
「お二人は意思疎通がテレパシーのように出来るのですか?」
そう聞くと侯爵様が笑い出す。
「いいえ、出来ません。」
侯爵様がそう言う。そして私を見て微笑む。
「アーレントとは長い付き合いです。アイツは昔から持っている魔力が高く、魔法もすぐに使いこなしました。付き合いが長い分、私の意向は手に取るように分かるのでしょう。」
侯爵様がそう言うと、後ろに控えていたアーレントが言う。
「訓練の賜物です。」
そう言われて私も笑う。
◇◇◇
遠くから見ても真っ赤なドレスに着替えて出て来たジャスミンとかいう女はとても目立っていた。ドレスに飲み物がかかり、着替えに屋敷の中に入ったのを見掛けて、少し胸がスッとした。私とクレマン様を見下して、場にそぐわない格好だと揶揄したのだから。あの女が真っ赤なドレスを着て出て来たのを見た時、代わりのドレスとしてあんなに真っ赤なドレスを渡して来るあたり、正直言って、マルゴワール侯爵令嬢のライザ様には悪意があると思った。
なのに!
真っ赤なドレスを着たあの女はバーンスタイン侯爵様に真っ赤な大輪の薔薇を髪に挿して貰っている。何故、こんなにも私とは立場も扱いも違うの! あの女なんて今じゃ、クレマン様に婚約破棄されて、帰る場所の無い男爵令嬢でしょう? クレマン様と婚約して、次期伯爵夫人になる私の方が立場は上の筈なのに!
クレマン様はあの女に視線が釘付けになっている。どうしてなの! あの女が嫌で婚約破棄したというのに、何故、あの女にこだわるの! 話す事があると言っていたけれど、一体、何を話すおつもりだったの? 私はあの時、バーンスタイン侯爵様と二人きりになれるなら、とそう思って心を躍らせてしまったけれど。それでもバーンスタイン侯爵様と話すにはそれなりの教養が必要だと言われ、それが私には無いと断言されてしまった。あの女にはその教養があるというの!
何故、あの女だけが特別扱いされるの? 1級魔法師がそんなに貴重だというの?
「クレマン様、1級魔法師というのはそんなに貴重なのですか?」
あの女を目で追っているクレマン様にそう聞く。クレマン様は私を見もせずに言う。
「あぁ、そうらしいな。俺もそれ程、貴重な存在だと思っていなかったが。」
苦々しい目であの女を睨みながらクレマン様が続ける。
「ジャスミンは俺の屋敷に居た時は、それ程魔法を使っていなかったからな。目の前で魔法を見る事も無かった。」
あの女から視線を外し、クレマン様が言う。
「魔法師の等級など、俺たちには関わりの無い話だと思っていたが、そんなに貴重な力ならもっと上手く使えば良かったんだ…」
そう言って舌打ちする。
私もクレマン様も魔力を持っていない。だから魔法というものがどんなものなのか、詳しくは知らなかったし、周囲の人間の中でも魔法が使える者の方が数が少ない。私の周りにも魔法を使える人なんて居なかったし、それが普通の事だったのだ。だからクレマン様が婚約を破棄したあの日、目の前で見たキラキラと光る文字や、投げられた花瓶が割れる事無く床に着地したのを見て驚いた。そして目の前で見た、マイヤー邸を覆っていた何かを剥がし、その光があの女に集まっていった光景…そのせいでマイヤー邸は私が見ていた煌びやかな屋敷では無くなってしまった。あれがあの女の魔法でそうなっていたとでも言うの?!
お茶会に参席している子女の噂話が耳に入る。
バーンスタイン侯爵様と一緒にいらっしゃるのが1級魔法師の方?
従えていらっしゃるのは侯爵家に仕えていらっしゃる2級魔法師のアーレント様でしょう?
侯爵様もアーレント様も本当に麗しい方ね
バーンスタイン侯爵様と一緒に歩いているあの女の後ろに控えている人を見る。長い髪が美しく、細身で整ったお顔。あの方が2級魔法師…。2級という事はあの女よりも等級が下という事になる。あの女はあの方よりも等級が上…? 1級魔法師ってすごく貴重な存在なのでは?
「クレマン様? 私、魔法師の事についてもう少し知りたいのですけど。」
そう言うとクレマン様が鼻で笑う。
「お前がそれを知ってどうするんだ? 魔力を持たない俺たちがそれを知ったところで何も変わらないじゃないか。」
不意に周囲がざわつく。周囲の人たちの視線が一点に集中する。そこへ視線を向けると、そこにはマルゴワール侯爵家から誰かが姿を現したようだった。
「あの方は…?」
そうクレマン様に聞くとクレマン様が言う。
「マルゴワール侯爵家の嫡男のマティス様だ。普段はこういった茶会には参席しない方だと聞いているが…」
視界の中のマティス様は真っ直ぐに歩いて、バーンスタイン侯爵様の元へ行く。
◇◇◇
居心地が悪い。真っ赤なドレスは私の視界にもその赤さを誇示していて目が痛い。いつ頃、お
「そろそろ、帰りましょうか。」
そう言われて私は頷く。
「えぇ、そうして頂けると助かります。」
そうしてその場を辞そうとした時。
「バーンスタイン侯爵閣下。」