目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第24話ー謝罪の意味するところー

そう声を掛けられて振り向く。そこには先程、お会いしたマルゴワール侯爵様と良く似た男性が立っている。一目でマルゴワール侯爵家の方だと分かる。

「これはマルゴワール小侯爵。」

侯爵様がそう言う。そして私に耳打ちする。

「彼はマルゴワール侯爵家嫡男のマティスです。」

マティス様は私と侯爵様の前に来ると言う。

「本日は私の妹が大変な無礼を働いたと聞きました。」

そう言って深々と頭を下げる。

「申し訳ございませんでした。」

こんな場所で頭を下げる事の意味を、彼ほどの人間が知らない訳が無いだろう。私は侯爵様を見上げる。侯爵様は無表情で言う。

「謝るのは私に対してでは無い筈ですが?」

その言葉にハッとしたのか、マティス様は頭を上げると、今度は私を見て言う。

「マルゴワール侯爵家、嫡男のマティスと申します。」

実際に実害があったのは私の方なのだから、真っ先に謝るのは私に対して、というのが筋だろう。けれど彼が謝ったのは侯爵様に対して、だった。これだけで彼が、今の世の中が、どれだけ女性に対して失礼なのかが良く分かる。

「ジャスミン・リシャールです。」

私がそう言うと、マティス様は改めて言う。

「私の妹が大変失礼致しました。」

そう言って私に頭を下げる。失礼…そんな言葉では表せない事態ではある。でも大事にはしたくない。

「マルゴワール小侯爵。」

侯爵様が口を開く。マティス様が頭を上げ、侯爵様と向き合う。

「此度の事、私は看過出来ません。それなりの対処をマルゴワール侯爵閣下にはして頂く事になっています。屋敷内で何があったかは、ほとんどの方が知らないこの状況で、貴殿が謝るという事はご自身の家の恥部を晒す事にもなりますが、それは理解していますか?」

侯爵様がそう言う。マティス様は侯爵様を真っ直ぐ見て言う。

「はい、理解しております。」

そして私を見て言う。

「理解した上で謝罪をさせて頂きたいのです。」

マティス様がまた頭を下げて言う。

「此度の事、1級魔法師であるジャスミン様でなければ、大変な事態になっていた事と思います。それを未然に防ぎ、更に大事にしないという英断までして頂きました。感謝申し上げると共に、私はマルゴワール侯爵家の嫡男として、此度の一件は隠すつもりは無いという事をご理解頂きたいのです。」

そう言う割には、一番最初に謝罪したのは侯爵様に対してだった事を思うと、マティス様の思惑は別の所にあるのかもしれない。侯爵様は溜息をついて、私に手を差し出し言う。

「行きましょう、ジャスミン嬢。」

侯爵様もきっとそのあたりを察したのだろうと思った。私がバーンスタイン侯爵家にお世話になっていなかったら、こんなふうに謝罪など無かっただろう。侯爵様の手を取る。

「これで失礼させて頂きます。」

そう言って振り返らずに歩き出す。


帰りの馬車の中で侯爵様は憤慨していらっしゃった。

「此度の一件、相手がジャスミン嬢だったから良かったものの、そうでなかったらと考えると恐ろしいですね。」

そう言われてしまえばそうだとしか答えられない。私は1級魔法師で、保護魔法と制約魔法が使えたから、今回の事を乗り切る事が出来た。それにそれ程、慌ててもいなかった。

「マルゴワール侯爵夫人のお席に就いた後、ライザ様から謝罪を受けた時から、私はライザ様から敵意は感じておりましたので。」

私がそう言うと侯爵様がふっと笑う。

「それは確かにそうでしたね。」

あの時のライザ様の体の震えは恐怖から来るものでは無かった。あれは悔しさから来る体の震えだった。ライザ様の体から発せられるオーラには怒りが滲んでいたから。

「それに侯爵様も私が自分自身で対処をするとお考えだったのでは?」

そう聞くと侯爵様が笑う。

「ジャスミン嬢にはお見通しだったようですね。」

そして微笑んで言う。

「あの時、アーレントを呼んで、察知魔法を周囲に張り巡らせました。察知魔法はジャスミン嬢が使った保護魔法や制約魔法と同じように、応用すれば誰がどこに居るか、相手が何人なのか、知る事が出来ますからね。」

そして私を見て聞く。

「ジャスミン嬢もあの屋敷の中で何が行われようとしているのか、分かっていたのですよね?」

そう聞かれ私は頷く。

「えぇ、分かっていました。」

着替えの為とは言え、屋敷のかなり奥まで連れて行かれた事、更に私を囲む侍女の人数が多かった事、渡されたドレスが真っ赤なドレスだった事…。だからこそ、私は自身の保護魔法を応用して、周囲の人数把握をした。私が着替えている部屋の隣の部屋に、数人の、それも男性の気配を感じて察したのだ。そしてその部屋の扉の前には侯爵様の気配もあった。私の保護魔法があれば、彼らの動きを止める事なんて造作も無い。今まで人間に対して使った事は無かったけれど。

「お陰様で人に対して保護魔法を使うとどうなるのか、実証実験が出来て、助かりました。」

そう言うと侯爵様が笑う。

「本当にあなたは強い人だ。だからこそ、私が傍に居て、その処理をしなくてはいけませんね。」

クスクスと笑いながら、考える。侯爵様の言う通りだった。もしこれで私がそれらに対処する魔法が使えなかったら…、魔法自体を使えなかったら…? 私はあのままライザ様の仕向けた人たちによって手籠めにされていたかもしれない。そしてその状況を侯爵様に見せる事で、ライザ様は侯爵様の私に対する気持ちを変えようとしたのだ。


けれど。


もしあのまま私が何もせずにいても。扉の前には侯爵様がいらっしゃった。アーレントと共に。声を上げられずとも、何かを察する事があれば、侯爵様は迷わず扉を蹴破って、中に入って来ただろう。部屋から部屋へ移動を繰り返したとしても、結局はアーレントの察知魔法でどこの部屋に居るのかは侯爵様やアーレントには分かっていたのだし、そういう意味でも私は万全の態勢で守られていた事になる。


それにしても。


人を仕向けて子女を手籠めにするという恐ろしい計画を立てる程に、ライザ様はお怒りになっていたのだろう。その計画が知られれば、ご自身でさえその身が危ぶまれるというのに。だからこそマルゴワール侯爵家の人間たちを使ったのだろうけれど、加担した人たちはきっと無事ではいられないだろうなと思う。


◇◇◇


ジャスミンとかいう女が帰って行った。マルゴワール侯爵家嫡男であるマティス様があの女に頭を下げていた。屋敷の中で何かがあったようだ。

「嫡男が自ら頭を下げたんだ、それなりの事があったんだろうな。」

クレマン様がそう言う。私はクレマン様を置いて、歩き出す。

「おい、マデリン、どこへ行くんだ!」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?