そう言うとカトリーヌがクスっと笑う。
「レイノルドにそんな一面があったなんてね。」
カトリーヌがそう言って嬉しそうにしている。侯爵様はほんの少し頬を染めて言う。
「こんな事でも無いと贈れないだろう?」
二人の会話を聞きながら、ふと思い出す。夜会の時、お互いの瞳の色の宝石を贈り合うのが恋人同士であると公言するのと同じだと聞いた事があった。今、私の手の中にあるのは侯爵様の瞳の色のようなネックレス…。これは自身の瞳の色と同じ色の宝石を身に付けさせたいという事…?
「ではジャスミン様。」
カトリーヌにそう声を掛けられてハッとする。
「はい。」
返事をすると、カトリーヌが言う。
「レイノルドの身に付けるものを選んで差し上げて。」
そう言われて私は困り果てる。侯爵様が自身の瞳の色を選んだのだから、私もそうするべきなんだろうか。テーブルの上の宝石たちを見る。私の瞳の色…。その時、一瞬、キラッと光る石を見つける。赤紫色に光る石はアメジストだ。それに手を伸ばし、手に取る。アメジストの石が美しいラペルピン。大ぶりでは無いけれど、羽の形が美しい。
「これは…どうでしょうか。」
そう言って侯爵様に渡す。侯爵様は目を細めて言う。
「美しいですね、ジャスミン嬢の瞳の色だ。」
そう言われてしまうと何だか恥ずかしい。
「同じ石で出来たカフスボタンも用意出来るか?」
侯爵様がそう聞くと、宝石商の男性が静かに頷く。
「ご用意致します。」
侯爵様は満足そうに微笑み、そして言う。
「さっき選んだネックレスと揃いのイヤリング、それから指輪も。」
そう言うと、宝石商の男性が言う。
「かしこまりました。」
◇◇◇
借金だらけだった財政の立て直しを図っているが、まだまだ見通しは立たない。ジャスミンが屋敷の中のものを少しずつ売っていたのは、最低限の生活を確保する為だったのだ。それなのに。
「王宮で春の園遊会の夜会があるそうですね、クレマン様、私、夜会に行きたいわ。」
マデリンがそう言う。だが。王宮からの招待状は我が家門には来ていない。王都に居るそれなりの家門には招待状が出されるのが慣例だが、今回の夜会にはそれが適用されていないようだった。
「マデリン、春の園遊会の夜会には行けない。」
苦々しくそう言うとマデリンが驚いて声を上げる。
「行けない?! 何故です?」
溜息をついて言う。
「招待状が届いてないんだ。」
マデリンはなおも食い下がる。
「何かの間違いでは?」
それは俺もそう思ったのだ。何かの手違いでマイヤー家に届いていないだけだろうと。だから伝手を使って調べさせた。結果、我が家門には招待状自体が出されていない事が分かったのだ。理由は分からない。
「とにかく、招待状も無いのに、王宮の夜会には行けないんだよ。」
そう言うとマデリンが何かを考え出す。学の足りない女だ。何を考え出すかなんてたかが知れている。
「どうにか手に入れる事は出来ないのですか?」
そう聞かれ、俺は笑う。
「まぁ、出来ない事も無いが…」
それには相当な労力を使う事になる。しかもうちには財力も無い。それでも以前通っていた賭博場の仲間に言えば、招待状くらいは何とかなるだろう。しかし、そこまでする必要はあるだろうか。
「私、王宮での夜会は行った事が無いので、是非一度行ってみたいです。」
マデリンがそう言う。
◇◇◇
王宮では夜会の準備が進んでいる。
「陛下。」
父上の元へ訪れた俺を父上が迎えてくれる。
「どうした、ルーセル。」
俺は父上に聞く。
「此度の夜会にはあの1級魔法師も呼んでいるのですよね?」
父上は眉一つ動かさずに言う。
「あぁ、招待は出した。」
今回の夜会は普段、王宮で開かれる夜会とは少し違っていると聞く。何でも魔法師たちを集めているのだという。
「此度の夜会は趣向を凝らしていると聞きましたが。」
そう言うと父上が少し笑う。
「あぁ、そうだ。魔法師と繋がりのある家門を中心に招待を出したからな。普段は呼ばない家門の者たちも来るが、魔法師自身にも招待を出している。」
父上がどうして魔法師を呼ぼうと考えているのかは分からない。けれどそんな事はどうでも良い。バーンスタイン侯爵家に滞在しているという1級魔法師が夜会に来る。それが俺には大事な事だ。
「時に、ルーセル。」
父上に言われて考え事を止める。
「はい。陛下。」
返事をすると父上が少し笑って言う。
「バーンスタイン侯爵と王宮で会ったそうだな。」
そう言われてこの間のアイツの無礼な態度を思い出す。
「えぇ、お会いしました。」
父上は笑ったまま言う。
「あまり奴には関わるでないぞ。お前ももう子供じゃないんだ。この言葉の意味は分かるな?」
言い終わる頃には父上の表情が硬くなっていた。バーンスタイン侯爵がこの国にとって絶大な力を持っている事は周知の事実だ。憎らしくもアイツはソードマスターにまでなった男。
「はい、承知致しました。」
そう言いながら苦虫を噛み潰したような気分になる。
父上の元を離れ、王宮内を歩く。バーンスタイン侯爵はもうどうでも良い。今は1級魔法師の事が気になっていた。王宮にも届くその噂。あのマルゴワール侯爵家令嬢のライザ嬢をやり込めたと聞く。会ってみたい。1級魔法師なら王室で保護するべきなのでは無いのか? そう思い始めたらそれが一番良いような気がして来る。だが。その魔法師を保護しているのがバーンスタインだからこそ、王室も軽々しく手を出せないでいるのだ。
「ルーセル王太子殿下。」
そう声を掛けられて振り向くと、そこには宰相のダルトンが居る。
「ダルトン、何だ。」
ダルトンはその表情をほとんど変えない男、表情から何を考えているのか読み取れない、気味の悪い男だった。ダルトンは俺に近付き言う。
「バーンスタイン侯爵家に保護されているという1級魔法師の件でお話が。」
そう言われて俺は顔に笑みが漏れる。
「そうか、聞こう。」
◇◇◇
1級魔法師か…。私は王宮から見える庭園を眺めながら、息をつく。欲しい力ではある。あのリシャール家の血を継ぐ者、そしておそらくはその力も有している。あの力があれば、この国は、そして私は盤石の態勢を敷けるのだ。だが問題はある。保護しているのはバーンスタインだという事、それからその力が発揮されるには条件を満たさないといけない、という事だ。