ダルトンの話を聞いて、俺は心が躍った。まだバーンスタイン家に居る魔法師は見た事は無いが、あのバーンスタイン侯爵が保護の名目で囲っている女だ、見た目も悪くないのだろう。
「バーンスタイン侯爵家に居る1級魔法師に最高級のドレスと宝飾品を贈れ。俺の名でな。」
侍従にそう伝えて俺はほくそ笑む。王太子である俺からの贈り物だ、無視する訳にもいかないだろう。どうせバーンスタイン侯爵がドレスも宝飾品も用意はしているだろうが、この俺が自らの名で贈るんだ。それを身に付けないなんて選択肢は有り得ない。
◇◇◇
ドレスは数日もすれば出来上がり、バーンスタイン侯爵家に届けられた。同じくして届いた物がある。差出人はルーセル王太子殿下だった。ピンクの派手なドレス、同系色の宝飾品、靴に髪飾り。大量の花にはメッセージカードまで付いていた。
「お会いできるのを楽しみにしています、か。」
こんなに派手なドレス、見た事が無い。これを着て行けば、春の園遊会ではどこに居ても目立つだろう。途方に暮れる。ドレスは既に侯爵様が手配してくださっていて、カトリーヌのお店から届いている。濃紺と白のコントラストが素敵なドレスだ。そして侯爵様自らが選んでくださったサファイアのネックレスやイヤリング、揃いの靴も髪飾りも落ち着いた色合いで、私は気に入っている。でも、王太子殿下から贈られた物を選ばずに、侯爵様の選んでくださった方を着て行っても問題にはならないだろうか。不意に扉がノックされる。
「はい。」
返事をすると、扉が開いて侯爵様が部屋に入って来る。
「ジャスミン嬢。」
侯爵様は何故か楽しそうに微笑んでいる。
「贈り物が届いたと聞きました。」
そう言われて私は曖昧に笑う。
「えぇ、ルーセル王太子殿下からです。」
そう言って開けた贈り物たちを見せる。侯爵様はそれらを見て笑う。
「本当にルーセル殿下は、私と張り合いたいようですね。」
侯爵様は私に近付き、聞く。
「ジャスミン嬢はどちらが好きですか?」
そう聞かれて私は言う。
「私は侯爵様から頂いた、濃紺と白の組み合わせの方が好きです。でも…」
ピンクのドレスを見る。手の込んだドレスだ。生地もそのデザインも高級品だと一目で分かる作り。
「一国の王太子が贈ったドレスを着ない訳にはいかない、とそうお考えですね?」
侯爵様にそう言われて私は頷く。
「はい…」
このピンクのドレスを着た自分を想像する。想像しただけで寒気がするくらいには似合わないだろうなと思う。侯爵様が笑い出す。
「着なくても良いのですよ、こんなドレス。」
そう言って侯爵様がドレスを手に取る。
「オーダーメイドではありませんし、きっとサイズも合わないでしょう。既に作ってあった既製品を贈って来ただけの事です。気にする必要すらありません。」
ドレスから手を離し、侯爵様が微笑む。
「ジャスミン嬢にはピンクよりも濃紺の方が似合います。会った事も無い令嬢にドレスを贈る、しかも似合うかどうかも分からないような派手なドレスを贈るなんて、紳士の風上にも置けない所業です。」
侯爵様が私に手を差し出す。その手の上に自身の手を乗せると、侯爵様が私の手の甲に口付ける。
「ジャスミン嬢のしたいようにして良いのです。選択権はジャスミン嬢にあります。そして。」
侯爵様が真っ直ぐ私を見る。
「一国の王太子と言えど、その贈り物の一つや二つ、贈り返せるのが我がバーンスタインです。」
このバーンスタイン侯爵家はどれ程の力を持っているのだろう。侯爵様はクスっと笑ってピンクのドレスを一瞥すると言う。
「ですが、勿体ないですからね、有効利用しましょう。」
そう言われて私は不思議に思う。
「有効利用…?」
侯爵様は微笑んでウィンクすると、言う。
「バーノン!」
声を掛けるとバーノンが部屋に入って来る。
「お呼びでしょうか、閣下。」
侯爵様はバーノンに言う。
「この王太子殿下からの贈り物を、マイヤー家に送ってくれ。」
マイヤー家? 何故、マイヤー家なのだろう? バーノンが贈り物をまとめ始める。侯爵様が私を促し、部屋のソファーに座る。
「今回の春の園遊会の夜会は、招待される家が限られています。」
侯爵様が話し出す。すぐ傍でエジットがお茶を入れ始める。
「招待される家が限られているのですか?」
そう聞くと侯爵様が頷く。
「今回、招待されているのは魔法師と関係のある家門、そして魔法師たちなのです。」
エジットの入れるお茶の香りが漂う。
「我がバーンスタイン家のようにお抱えの魔法師が居る家や、魔法師を輩出している家門、そして魔法師自身です。」
そうか、だから私宛に招待状が来たのだ。侯爵様が笑う。
「まぁ、王室が何を企んでいるのかは、それだけで分かりますね。」
バーノンが贈り物の箱を抱えて部屋を出て行く。
「私が王宮に呼ばれた時、ルーセル殿下がジャスミン嬢に興味を持っていました。」
私に興味…。
「そして、ジャスミン嬢に会ってみたいと言っていたんですよ。」
王太子殿下が私に会ってみたいと…。
「何故でしょう?」
そう聞くと侯爵様が笑う。
「きっとこの私が率先して保護しているから、というのが一番大きな理由だとは思いますが、あの王太子ですからね、女性であれば誰にでも興味を持つのでしょう。」
ルーセル王太子殿下とはお会いした事が無い。そういう機会も無かった。そんな私でさえ、王太子殿下の噂は良く聞いていた。数々の女性と浮名を流している、と。
「ルーセル殿下は自分の王太子という肩書を使い、強引に女性にアプローチをし、女性が拒めないのを良い事に、今までは好き放題、女性たちを侍らせて来たのです。ですからジャスミン嬢も自分を拒めないと思っている筈です。」
確かに王太子殿下に声を掛けられたら、それを拒む事は出来ないだろう。侯爵様は楽しそうに笑う。
「今まで何度もその体に、教え込んだ筈なのですがね。」
そう言って侯爵様はお茶を一口飲む。
「この世の誰であろうとバーンスタインの名を汚す事は出来ないと。」
そこで私は聞く。
「でもどうしてマイヤー家なのですか?」
そう聞くと侯爵様が言う。
「情報が入ったのです。マイヤー伯爵家が今回の春の園遊会の招待状をどうにかして手に入れようとしている、と。」
魔法師に関わる家門しか招待されていないのなら、マイヤー家に招待状が行く筈は無い。
「恐らくはあのマデリン嬢が
そう聞いて納得する。確かにマデリンならやりそうな事だ。
「マイヤー家の家計は火の車です。それはイザクから情報が入っています。まだ改善には程遠いと。そんな中で王宮での夜会です。ドレスの準備など、出来る筈が無い。」
侯爵様が私を見て微笑む。
「こちらには不要のドレスが一式あります。それを有効活用してあげるだけの事です。」
そして私にウィンクする。
「差出人がルーセル殿下のまま、マイヤー家に届いたらどうなると思いますか?」
きっとマデリンが舞い上がるだろう。侯爵様は笑って言う。
「当日が楽しみです。」