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第30話ードレスの行方ー

王宮に到着する。着飾った人たちが列をなしている。

「王宮での夜会では入場するのに名前の読み上げがあるのですよ。だから招待状は必須なのです。」

侯爵様がそう言う。なるほど、と思う。周りを見る。一人で来ている人も居れば、私のように二人で来ている人たちも居る。

「今回の夜会は少し特別なようですね、魔法師のみで参席する方も居るからでしょう。」

不意に感じる、突き刺さるような視線。振り返ってもたくさんの人が居て、視線の主が誰なのか、分からなかった。

「何かありましたか?」

侯爵様にそう聞かれ私は首を振る。

「いえ。」

そう言って微笑んだけれど、違和感が拭えなかった。


◇◇◇


「バーンスタイン侯爵様! 並びに、1級魔法師ジャスミン様、御入場でございます!」

そう言われて中へ入る。入場の時の読み上げがされる以上、注目を集めるのは仕方ないけれど。侯爵様にエスコートされて中に入る、という事の意味が周囲の人たちの反応で分かる。私でも知っている。侯爵様は誰もエスコートをして来なかった方だ。孤高の英雄、そう呼ばれていたのだから。そんな方が魔法師を保護し、その魔法師のエスコートをするのだから、周囲の人たちは私たちに注目するだろう。私が彼らでもそうしただろうから。侯爵様は堂々と胸を張って歩き、私をエスコートしてくださる。私もそんな侯爵様に並ぶのだから、堂々としなくては、そう思い、胸を張る。背後では次の方の読み上げがされているけれど、周囲の人たちの視線はずっと侯爵様と私に注がれていた。侯爵様が微笑み私に耳打ちする。

「ジャスミン嬢の美しさに皆が釘付けですね。」

そう言われて私は笑う。

「侯爵様にエスコートされているからです。侯爵様がエスコート役では無かったら、これ程、注目を集めません。」

侯爵様は通り掛かった侍従の持つ、トレーから飲み物を二人分取り、一つを渡してくれる。

「どうぞ。」

そう言われて飲み物を手に取る。

「乾杯。」

そう言われてグラスを合わせる。ヒソヒソと話し声がする。


あの方が1級魔法師の方?

バーンスタイン侯爵様がエスコートされるなんて。

もしかしてお二人は恋仲なのでは?

でもあの方、少し前までマイヤー伯爵の婚約者だったのでしょう?

まぁ! それならマイヤー伯爵とバーンスタイン侯爵様とお二人を手玉に取っていたのかしら

でも私、この間、マイヤー伯爵の未来の夫人を豪語される方にお会いしましてよ?

あぁ、そう言えば最近、どこかの子爵家の御令嬢がマイヤー伯爵と婚約をされたようですね

婚約破棄をされた身の上に同情して、バーンスタイン侯爵様が拾ってあげたのでは?


これが社交界で流れている噂なのだなと思うと少し笑えてしまう。根も葉も無い噂がどうやって広がって行くのかが良く分かる。憶測が憶測を呼び、さもそれが事実かのように吹聴される。今、分かるのは私が1級魔法師で、侯爵様にエスコートされている、という事実だけだ。もちろん、私はクレマンと婚約破棄をしたけれど、それはこの夜会には関係の無い話だ。侯爵様がクスっと笑ってまた耳打ちする。

「周囲の男たちの視線を見てください、皆、ジャスミン嬢にうっとりしています。」

そう言われてそれと無く視線を漂わせる。視線が合うと微笑む方、逸らす方、何故か頷く方、色々だ。

「私がエスコートしている限り、誰も手を出せません。無礼者以外は、ですけどね。」

そう言われてこの間のお茶会を思い出す。そう言えばあの時、クレマンが話しかけて来たのだった。

「侯爵様?」

そう呼び掛ける。侯爵様はほんの少し耳を私に傾ける。

「何でしょう?」

私は今、見た光景を聞く。

「殿方はそれぞれ、私と視線が合うと、微笑まれる方、逸らす方、頷く方といらっしゃいますけど、それにはどのような意味が?」

侯爵様は微笑んで言う。

「微笑む男はジャスミン嬢に好印象を持ってほしいのですよ、逸らす男は恥ずかしいのでしょう。頷く男はジャスミン嬢に挨拶をしているのかと。」

なるほど、と思う。頷いているのでは無くて、会釈をしているのだ。

「頷く男には要注意です。何かがあって私がジャスミン嬢から離れた途端に、そういう男はあなたに話し掛けてくるでしょう。」

侯爵様はそう言って背後を見る。

「そういう時の為に護衛騎士を連れて来ているのです。」

私と侯爵様の背後には2人の護衛騎士が控えている。騎士服だが、こういった夜会でも浮かないようなきちんとした正装だ。不意に背後で声がする。

「1級魔法師、ラザール・ノディエ様、御入場です!」

1級魔法師と聞いて、私は視線を向ける。そこには背の高い青年が居た。

「彼は王室に仕えている魔法師です。」

侯爵様がそう教えてくださる。王室が抱えている魔法師の方…。侯爵様を見る。侯爵様が頷く。

「彼の魔法は転移と重量変化、そして浮遊です。」

そう言われてそれのどれもが、私の両親の事故と関連しているように感じる。

「ラザールには気を付けて。」

侯爵様がそう言う。


貴族たちが入場を済ませると、最後に入場するのは王族だ。侍従の方が大きな声で言う。

「国王陛下、王妃殿下、及び、王太子殿下の御入場でございます!」

そこに居た皆が入場に目を向ける。国王陛下と王妃殿下、王太子殿下が御入場なさる。


◇◇◇


会場を見渡す。煌びやかな会場のどこかに、俺が贈ったドレスを身に付けた女が居る筈だ。色とりどりのドレスが目に入る。その中に確かにピンクの派手なドレスを身に纏った女が居た。あれが1級魔法師のジャスミン嬢か。俺はほくそ笑んで会場を進む。父上と母上はあらかじめ決められている自分たちの席へ向かっている。王太子である俺が歩けば、人々が割れて道が出来る。なんて気分が良いんだろう。俺は俺に背を向けているピンクのドレスの女に声を掛ける。

「私の贈ったドレスが良くお似合いです。」

そう声を掛けたピンクのドレスの女が振り向く。女は俺を見るなり、うっとりとした顔をする。そうだ、これが正しい反応なんだ。世の中の女は俺に対して、皆、こういう反応をするものなんだ。

「ルーセル王太子殿下、贈り物のドレス、ありがとうございます。」

そこで俺は違和感を覚える。…おかしい。バーンスタイン侯爵がどこにも居ない。バーンスタイン侯爵自らがエスコートをすると聞いていたが。すると隣に居た見た事も無い男が言う。

「ルーセル王太子殿下にご挨拶申し上げます。私はマイヤー伯爵家当主のクレマンと申します。」

マイヤー伯爵家? 何故、そんな男が俺に挨拶などするんだ?

「この度は私の婚約者、マデリン・フレムにドレスを贈って下さってありがとうごいます。」

マデリン・フレム? それは一体誰なんだ? この女はバーンスタイン侯爵家に保護されているジャスミン嬢では無いと言うのか?

「しかしながら、マデリンは私の婚約者にございます故…」

男が何か言っているようだが、俺はそれを無視して考えた。マイヤー伯爵家と言ったか…。確か、調べによれば、ジャスミン嬢はマイヤー伯爵家当主であるこの男と婚約していた筈だ。婚約破棄が成立してマイヤー家を出て、その後、バーンスタイン侯爵家に保護されたと聞いている。つまり、俺が贈ったドレス一式はバーンスタイン侯爵家に居るジャスミン嬢では無く、マイヤー家に贈られた事になる。一体、何がどうなっている?


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