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第32話ー動き出す悪意ー

ドレスが届いて、差出人の名にルーセル王太子殿下の名があって、驚きはしたものの、どこかで私を見初めてくださったのだと思ったのだ。そうでなければ私宛に贈って来るなんて有り得ないもの! そう思っていたのに。袖を通してみて、ドレスのサイズが合わなかった事だって、会った事も無い方からのドレスだから仕方ないと思っていた。高級品だけれど、既製品なのも、オーダーメイドする時間を作る事も出来なかったのだと思っていた。


フロアで踊るあの女を見る。着ているドレスは私が入る事を拒まれたカトリーヌ・ペローのもの。バーンスタイン侯爵様と揃いのドレス。濃紺と白のコントラストが美しいもの。身に付けている宝飾品はバーンスタイン侯爵様の瞳の色であるサファイア、髪飾りにはこれ以上無い程、贅沢に花を模した宝石たちが輝いている。この会場の誰よりも輝いているのはあの女だ。


悔しい! 何故、あの女ばかり持て囃されるの! 全てはバーンスタイン侯爵家の力じゃない! あの女はその力に守られているだけじゃない! 1級魔法師だか何だか知らないけれど、見た目だけで言っても私の方が美しいのに! だからクレマン様は私を選んだのに! 私は悔しくて、ジャスミンが憎くて、その場に居られなかった。足早に会場の外に出る。テラスに入り、地団駄を踏む。


どうして! どうして! 何故、あの女ばかり!


「美しい方がそんなふうに振る舞ってはいけませんよ。」

急に声がして振り向けば、そこにはフードを深く被った男性が一人、立っていた。

「誰です?」

顔が良く見えない。それでも何故か、その方は顔を見なくても立ち居振る舞いが綺麗で、きっと高位の方なのだろうと分かる。

「名乗る程の者ではございませんが…」

そう言ってフードを下す。とても端正な顔立ちをしている。その方は私に手を差し出し、言う。

「私が手を貸しましょう。何も聞かずに私の手を取って下さい。そうすれば、あの1級魔法師以上の栄誉と人々からの羨望をあなたに差し上げます。」

あの女以上の栄誉? 人々からの羨望? 一体、どうやって…? そう思ったけれど、今、この手を逃さない手は無い。私は彼の手を取る。

「その言葉に偽りは無いのですよね?」

そう聞くとその方は私に微笑み、言う。

「えぇ、偽りはございません、ですが。」

その方が私に近付き、耳打ちする。

「それなりの代償は頂きます。」

それなりの代償…。

「お金ですか?」

聞くとその方が笑う。

「お金などでは無いですよ、もっと大事なものです。」

もっと大事なもの…?

「…止めますか?」

そう聞かれて私は考える。あの女に復讐出来るなら、別に何でも良いじゃない。元々、私は子爵家の子女で、クレマン様と婚約はしたけれど、クレマン様はあの女にいつも視線を向けているのを知っている。

「私が協力したら、クレマン様もルーセル王太子殿下も、バーンスタイン侯爵も私のものに出来るかしら?」

そう聞くとその方が笑う。

「そうですね、それはあなた次第かと。」

あの女を踏みつけられるなら、それで良い。皆に見放されて、泣けば良いのよ!

「協力するわ。何をしたら良いの?」

そう聞くとその方が言う。

「では、私と共に、こちらへ。」

そう言ってその方が手を上げる。ふわっと体が浮き上がる。これ…魔法? そう思っていると、一瞬にしてテラスから別の場所へ移動する。


◇◇◇


不意に何かを感じる。何か魔力が動いたような…いえ、これは魔力じゃない。

「どうしましたか?」

侯爵様にそう聞かれて私は感じた力の方を向く。テラス…。

「テラスに何かありますか?」

そう聞かれて私は頷く。

「えぇ、テラスの方から、何か…魔力のようなものを…」

そう言うと侯爵様が近くに居た騎士に言う。

「テラスだ。」

騎士の方は侯爵様にそう言われて、すぐにテラスに向かう。

「あの、あの騎士の方は大丈夫なのですか?」

そう聞くと侯爵様が言う。

「あの者も魔法師です。3級ですが、その力は強い。」

バーンスタイン侯爵家の私設騎士団の騎士には、魔法を使える人も居るのだと知る。

「何か動きがあるようですね、警戒した方が良いでしょう。」

侯爵様がそう言いながら私を促す。

「テラスから離れましょう。」

そう言って私を連れて歩く。

「感じた力は魔力でしたか?」

そう聞かれて私は首を振る。

「いいえ、魔法では無いような気がします…」

侯爵様が考え込む。

「魔法では無いけれど、魔力のように感じる事が出来るとすれば…」

侯爵様がそこまで言って、ハッとする。

「何かご存知なのですか?」

聞くと侯爵様が言う。

「えぇ、もしかしたら、という可能性の話ですが。」

テラスに行っていた騎士の方が戻って来る。

「閣下。」

騎士の方が侯爵様に耳打ちする。それを聞いて侯爵様が頷く。

「分かった、警戒を。」

そう言って騎士を下がらせる。

「ジャスミン嬢。」

私を引き寄せて侯爵様が言う。

「少し厄介な事になりそうです。」

そのまま私を連れて、会場を後にする。王宮の夜会場を出て歩き出し、すぐに横道に逸れ、扉を開ける。そこは休憩で使われる小部屋だ。中に入ると、騎士たちを扉の前に立たせて、侯爵様が私をソファーへ促す。座ると侯爵様が言う。

「テラスを確認した騎士が言うには、そこに魔法の形跡は無かったそうです。」

侯爵様はそう言って私の隣に座る。

「ですが、確かに痕跡はありました…呪術の。」

そう言われて私はやっぱり、と思う。あれ程の何かの力が動いた気配、それが魔法では無いのだとしたら、それはもう呪術しか有り得ない。

「この王宮に呪術師が入り込んでいる、と?」

そう聞くと侯爵様が頷く。

「そのようです。これは国王陛下にも報告しなくてはいけません。」

それはそうだろう。呪術師は忌み嫌われる存在だ。そして王宮内で呪術を使ったとなれば、その呪術師を捕えなければならない。

「その呪術師を捕まえる為に侯爵様が行かれるのでしょう?」

そう聞くと侯爵様が溜息をつく。

「報告を上げれば、恐らくは私が行けと命じられるでしょうね。」

侯爵様が捜索を命じられる事は私でさえ、理解出来る。

「では行かなければ。」

そう言うと侯爵様が私を見る。

「ですがジャスミン嬢を一人には出来ません。」

そんな事を言っている場合では無い。

「私は大丈夫です。行ってください。」

侯爵様は溜息をつき、言う。

「でしたら私が戻るまで、ここに居てください。扉の前には騎士を付けておきます。」

そして私の手に触れ、言う。

「何かあれば、指輪に触れてください。私が転移します。」

そう言われて私は頷く。

「分かりました。」


◇◇◇


移動した部屋は夜会の会場の近くにある休憩室のようだった。部屋の灯りを落とし、その方が言う。

「全て、順調に進んでいるようですね。」

フードを下したその方は美しい銀髪をしていた。

「あの、何とお呼びすれば?」

そう聞くとその方が少し笑って言う。

「そうですね…私の事はテリルとでもお呼びください。」

テリル様はそう言うと、ニッコリと微笑む。何て美しい方なのだろう。

「それでテリル様、私はどうすれば?」

そう聞くとテリル様は私に近付き、私の顎を持ち上げる。

「まぁ、この程度の顔でも良いでしょう。」

は? 今、この程度の顔と言った? テリル様はそう言って私の顔から手を離し、懐から何かを取り出す。取り出されたのは短剣。

「何をなさるおつもりなの?」

そう聞くとテリル様はその短剣を私に向ける。

「代償が必要だと言った筈です。」

そう言われて私は少し怯える。

「その代償とは、一体、何ですか?」

そう聞くとテリル様が言う。

「穴を空けるんですよ。」


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