王宮にアーレントを呼び寄せる。
「お呼びですか、閣下。」
俺はアーレントに言う。
「ジャスミン嬢が
一瞬、アーレントは驚き、たじろいだが、目を閉じ、察知魔法を展開する。俺はアーレントが察知をするまで、その場で待機したが、おかしな事になっていた。
ジャスミン嬢が攫われた。俺が国王陛下に報告を上げてすぐだった。俺とジャスミン嬢が居た休憩室を調べると、そこには呪術の痕跡があった。呪術師がこの王宮に居る、確実に。
「閣下、隣の部屋に、異常が。」
そう捜索に当たっていた騎士に言われ、見に行くと、そこには布の切れ端が落ちている。見覚えのあるドレスの切れ端。ピンク色だ。これはマデリン嬢のもの…そう思い、騎士に言う。
「マデリン・フレムを探せ。」
そう言いながら、違和感があった。この違和感は何なんだ。アーレントを呼び出そうと、指を鳴らしたが反応が無い。普段ならすぐにアーレントが転移して来る筈なのに。俺はアーレントと契約を結んでいる。契約を結ぶ際に、俺の呼び出しにすぐに反応出来るように魔法を施してあった。だがその魔法が発動しない。不意にジャスミン嬢から貰ったあの指輪から淡い光が溢れ出し、俺を包む。光が収束すると、感じていた違和感が無くなる。指を鳴らす。アーレントが転移して来る。
アーレントが察知魔法を展開している間、俺は考えた。自身の手を見る。施された魔法が使えなかった。何が魔法を阻止したんだ? 辺りを見回してもそれらしいものは置かれていない。何か物が作用している訳では無いとしたら…? そこで俺はハッとする。今日、ジャスミン嬢と共に口にした飲み物…。傍に居た騎士に言う。
「振る舞われた飲み物を調べろ。王宮に送り込んでおいた給仕に伝えるんだ。」
そう言うと騎士が走って行く。
「閣下。」
アーレントが目を開ける。
「分かったか?」
そう聞くとアーレントが頷く。
◇◇◇
「ここから先は! ご遠慮頂きたく!」
目の前の衛兵がそう言う。目の前にあるのは王宮の端にある寂れた塔だ。ここは普段、使われていない。
「何故だ?」
そう聞くと衛兵が言う。
「この先は国王陛下の許可が無いと入れない決まりなのです。」
決まり、か。何故、こんな寂れた塔に衛兵が付いているのか。
「アーレント、確かにこの塔なんだな?」
そう聞くとアーレントが頷く。
「はい、閣下。ここで間違いございません。」
塔を見上げる。この塔のどこかにジャスミン嬢が居る。衛兵に視線を戻す。衛兵は俺に睨まれ、俺から視線を逸らす。目の前の衛兵に違和感を覚える。何かがおかしい。俺は少し後ろに下がり、控えていたアーレントを始めとする騎士たちに言う。
「下がっていろ。」
アーレントが騎士たちと共に下がる。剣をゆっくりと抜きながら、剣気を溜める。真っ青なオーラが体を包む感覚。目の前の衛兵たちがたじろく。
「お止めください…」
剣を構え、向き合いながら言う。
「何者だ? 衛兵じゃないな?」
そう俺が言うと、衛兵たちが駆け出し、塔の中に走り込む。俺も走り出し、一緒に付いて来た騎士たちに言う。
「拘束しろ!」
逃げた衛兵らしき男たちは塔の反対側へ逃げて行く。アーレントに聞く。
「どこだ?」
アーレントが察知魔法を展開する。
その時。
俺の手に熱を感じる。何だ? そう思って手を見ると、ジャスミン嬢から貰った指輪が光り、その光が塔の上へ伸びて行く。それを見て反射的に走り出し、塔を駆け上がる。指輪の光に導かれ、俺は塔の最上部まで一気に駆け上がった。塔の内部に通じている扉を蹴破る。そこで俺は目の前に広がっている光景に息を飲んだ。
部屋の中央に置かれたベッド、そこにジャスミン嬢が
「気を付けてください、それ、魔封じの石です。」
息を切らして到着したアーレントが言う。魔封じ? そんなもの、俺には関係無い…が。これをこのまま壊すとジャスミン嬢を傷付け兼ねない。どうするか…。俺は剣気を溜めてその
「ジャスミン! ジャスミン!」
呼び掛けても返事は無い。顔色が悪い。ジャスミン嬢の胸音を聞く。…良かった。心臓は動いている。死んではいない。俺はジャスミン嬢を抱え、アーレントに言う。
「転移を。」
アーレントが頷く。
◇◇◇
屋敷に戻って、医者を呼ぶ。ジャスミン嬢を部屋に寝かせ、私設騎士団の中でも腕利きを傍に置く。バタバタと侯爵家お抱えの医者が来てジャスミン嬢を診察する。
「閣下、お戻りになった方が…」
アーレントがそう言う。もちろんそうだろう。俺は頷いてアーレントに言う。
「ジャスミン嬢を頼む。」
そう言ってアーレントの転移魔法で王宮へ戻る。
王宮は大混乱だった。国王陛下自らが誰も王宮から出すなと言ったお陰で、何かがあった事は皆が察している。王宮の騎士たちに睨まれながら、貴族たちは不安そうにただ待っているのだ。俺は国王陛下の元へ行く。
「陛下。」
そう声を掛けると、国王陛下が俺を見て、聞く。
「見つけたか?」
そう聞かれて俺は陛下に言う。
「二人でお話を。」
俺がそう言ったのを聞いた陛下が周囲に居る者を下がらせる。宰相のダルトンだけは居残っていたが、陛下がそんなダルトンを見て、言う。
「お前も下がれ。」
国王陛下にそう言われては、宰相であっても下がる以外ない。ダルトンは俺を睨みながら、その場を辞する。俺は陛下に近付き、言う。
「ジャスミン嬢は発見致しました。」
国王陛下が俺を見る。
「無事なのか?」
そう聞かれて俺は言う。
「まだ分かりません。救い出した時、外傷はありませんでしたが、意識が無く、今は侯爵家にて医者に診せているところです。」
陛下が唸る。
「そうか、分かった。」
そして俺は陛下に言う。
「私は引き続き、ジャスミン嬢を見つけた場所を捜索致します。呪術の痕跡がありましたので。」
陛下は頷いて俺の肩に手を置いて、言う。
「頼む。」
◇◇◇
俺はあの塔に向かう。途中で私設騎士団の騎士たちが合流する。
「何か分かったか?」
そう聞くと騎士の中の一人が言う。
「給仕に話を聞いたところ、やはり閣下とジャスミン様がお飲みになった飲み物に異物の混入がありました。」
歩きながら言う。
「やはり、か。」
騎士が言う。
「はい、恐らくは魔封じに使われるものかと。」
魔封じ、それは魔法師にとっては致命的だ。自身の魔法が一時的とはいえ、使えなくなるのだから。俺は魔法師では無い。だから俺には何の変化も無かった。きっとジャスミン嬢は魔法を使おうとした筈だ。彼女の保護魔法があれば、攫われるなんて事には絶対にならないのだから。