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第35話ー魔力欠乏症ー

「倒れていた者については何か分かったか?」

ジャスミン嬢を助けた時、ベッドの近くに一人の人物が倒れていた。俺はジャスミン嬢を助ける事を優先させ、その者については騎士たちに任せていたのだ。

「呪術師の一人だと思われます。身元はまだ。」

そう言われて俺は塔に入りながら言う。

「引き続き、調査をしろ。」

塔を駆け上がる。駆け上がりながらも、周囲に注意を向ける。何か見落としがあってはならない。ジャスミン嬢の居た最上階まで来る。最上階のその部屋の入り口には私設騎士団の騎士を立ててある。誰も入れないように。中に入りながら観察する。


ベッドを中心に床に描かれている魔法陣のようなもの。ジャスミン嬢を拘束するのに使った魔封じの石。倒れていた身元の分からない男。ここで何が行われていたんだ?


これは偶発的に起こった事では無い。もっとずっと前から計画されていた筈だ。俺とジャスミン嬢が口にした飲み物に魔封じの異物を混入させ、それを飲ませた。この俺が見抜けない程、完璧に給仕に徹していたのか、ただ単に飲み物だけに仕掛けをしたのか。そしてジャスミン嬢が攫われた部屋の隣の部屋にはマデリン嬢の物と思われるドレスの切れ端…。マデリン嬢が巻き込まれているのか、進んで自ら参入したのか。マデリン嬢の行方もまだ分かっていない。

「この魔法陣のようなものについて、分かる人間は?」

傍に居た騎士に聞く。騎士は少し考えながら首を傾げる。…ダメか。こうなったら誰か詳しい者に聞くしかない。協力を扇げそうな人物は誰か居ただろうか…そう考えている時、パチンと音がして、姿を現した人物。それはラザールだった。俺は咄嗟に剣に手を置く。

「あぁ、誤解しないでください、バーンスタイン侯爵閣下。」

ラザールはそう言いながら両手を挙げる。

「国王陛下より、協力をするように仰せつかりました。」

陛下から協力するように、だって? 俺は剣を握りながら言う。

「俺は陛下にジャスミン嬢を発見したとは言ったが、場所は伝えていないぞ?」

そう言うとラザールは苦笑いして言う。

「王宮の中を見ていれば、ここがその場所だと分かりますよ、バーンスタイン私設騎士団の騎士たちが大勢居るんですから。」

鼻持ちならない奴だ。どうも胡散臭い。警戒を解かずに聞く。

「では聞こう、ラザール。この魔法陣のようなものは何か分かるか?」

ラザールは苦笑いをしたまま、ベッドの周囲に描かれている魔法陣のようなものを見る。

「これは魔法陣ではありません、閣下。」

ラザールがしゃがみ込む。

「これは呪術で使う円方陣です。」

円方陣…初めて聞く言葉だ。

「円方陣は呪術で使う、まぁ魔法陣のようなものですね。」

そう言ってラザールが立ち上がり、自身を浮かせ、上からその円方陣を見る。

「何か分かるか?」

俺がそう聞いた瞬間、ラザールがストンと下りて来る。その顔は真っ青だった。

「閣下…これは大変な事態かもしれません。」


◇◇◇


ラザールに話を聞いた俺は自分の屋敷に急いだ。もしラザールの言う事が本当なら…。そんな筈無い、そんな事が出来る訳が無い。そう思いながら屋敷に戻り、ジャスミン嬢の居る部屋に急ぐ。部屋の前にはバーノンが居る。

「バーノン!」

そう言うとバーノンが俺を見る。その瞳には悲しみが浮かんでいる。


あぁ、嘘だ、嘘だと言ってくれ…。


そう思いながら部屋へ入る。ベッドにジャスミン嬢が居た。上半身を起こして。

「侯爵様…」

その瞳から大粒の涙が零れる。俺はジャスミン嬢に駆け寄り、彼女を抱き締める。


◇◇◇


それから3日間、私はずっとベッドの上に居た。体は弱り、上半身を起こすのがやっとだった。


そして分かった事、それは私の魔力が無くなってしまっているという事だ。


━━ 魔力欠乏症 ━━


魔力を持って生まれた人間は、その魔力を何らかの切欠で失くしてしまう事がある。一つはそういう病を患う事。これは自然発生的な事で、完全に魔力を失うパターンと、わずかに残るパターンとがある。そして二つ目は奪われる事。これは魔力を呪術や魔法によって文字通り奪われる事を示す。私の場合はこれに当たる。誰かのものを奪う行為はもちろん禁忌だ。そして病とは違い、奪われたものは取り戻す事が可能だ。


けれど。


私の場合は少し違う。何故なら私の魔法の根源は天使の加護の力だからだ。奪われたものが天使の加護の力ならば、それは私の根源を奪う事と同義であり、私の命すら危うくなる。実際に今の私は弱り、体を起こす事もままならない。

「お体が魔力の無い状態に慣れれば、それなりには行動出来るようになるでしょう。」

バーンスタイン家お抱えの医師がそう言う。

「ですがジャスミン様の場合は元々、持っていた力が強大なので、それに慣れる事は難しいかもしれません…」

つまり、奪い返さなければ、私は死ぬかもしれないという事だ。侯爵様はそんな私に寄り添い、微笑む。

「大丈夫です、私が何とかします。バーンスタインに不可能の文字はありません。」


◇◇◇


体に力がみなぎっている。これがあの女の力…。何でも出来そうな気がして来る。

「気を付けてくださいね、今頃はジャスミン嬢に何が起こったのかは、解明されている筈ですから。」

テリル様がそう言う。私はテリル様に治癒の魔法を使う。

「あぁ、素晴らしいですね、本当に素晴らしい…」

テリル様はそう言うと、私の頬を撫でてくださる。

「これから先はどうするのです?」

そう聞くとテリル様が私の頬を撫でながら言う。

「あなたはジャスミン嬢と一緒に攫われた事にします。そして無事に発見されるんです。」

うっとりと端正なお顔立ちのテリル様を見上げる。

「最初はその力は隠しておくんです。そして徐々に力を使えるようになったと、そう言えば良いのですよ。」


◇◇◇


ジャスミン嬢が目を覚ましてから1週間、経った頃、マデリン嬢が発見されたと報告を受けた。俺は一度、マデリン嬢が居るマイヤー邸へ足を運ぶ事にした。今回の一件に関しては俺が国王陛下から調査を一任されている。マイヤー邸に行くとクレマンが迎えてくれる。

「バーンスタイン侯爵閣下、どうぞ、こちらへ。」

クレマンの後ろに控えているイザクと視線を交わす。イザクは小さく頷き、何かを掴んでいる事を伝えて来る。案内された場所はマイヤー邸の寝室。そこにマデリン嬢が上半身を起こして座っていた。パッと見た感じは外傷も無く、元気そうだ。

「バーンスタイン侯爵様。」

そう言って微笑んだマデリン嬢に何か違和感を覚える。

「お元気そうで何よりだ。」

そう言うとマデリン嬢は俺を見て恥ずかしそうに微笑む。何だろうか、この違和感は。

「何か覚えている事は無いか?」


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