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第36話ーラペルピンー

そう聞くとマデリン嬢は少し考えて言う。

「あの夜の事はあまり記憶に無くて…」

実はもうジャスミン嬢から話は聞いていた。あの夜、あの塔の中で起こった事、そして目の前に現れた胸に穴の開いたマデリン嬢の事を。マデリン嬢を観察する。当然の如く胸に穴は開いていない。

「そうか…何か思い出したら報告を。」

俺はそう言って体の向きを変える。

「バーンスタイン侯爵様!」

マデリン嬢が声を上げる。マデリン嬢が媚を売るような眼差しで言う。

「今回の一件に関しては侯爵様がお調べになっているのですか?」

俺はマデリン嬢を一瞥して言う。

「そうだ。」

マデリン嬢は少し微笑んで言う。

「では、何か思い出したら侯爵様に…」

俺はそのままその部屋を出る。歩き出しながら考える。胸に穴が開いていたとするならば、本人の記憶には残らないのかもしれないが、もし胸に穴が開けられたなら生きている事は奇跡に近い。どんな呪術を使ったのかは分からない。けれど、ジャスミン嬢が魔力欠乏症になってしまった事を考えても恐らくはジャスミン嬢の力は誰かの手によって奪われ、マデリン嬢がそれを持っていそうではある。

「バーンスタイン侯爵閣下。」

呼び止めて来たのはクレマンだ。足を止める。

「ジャスミンは…? ジャスミンは無事ですか?」

あの夜の事は誰にも語られていない筈だ。緘口令かんこうれいを敷いたのだから。それなのにジャスミン嬢の事を聞いて来るのは何か事情を知っての事だろう。クレマンも一枚噛んでいるのか?

「ジャスミン嬢の事を何故、聞く?」

そう聞くとクレマンが慌てて言う。

「いえ、夜会の後から姿を見ていないので…」

俺は振り返ってクレマンに近寄り、クレマンに向き合い、彼を見下ろす。

「何か知っている事があるなら、今、言え。」

クレマンは俺とは目を合わせずに言う。

「いえ、私は何も…」

こんな器の小さい男にジャスミン嬢はやはり勿体ないのだとそう思う。

「それから前にも言ったが、ジャスミン嬢の名を呼び捨てるのはもう止めろ。お前にはマデリン嬢という婚約者が居るだろう?」

そう言い捨てて俺は踵を返して、歩き出す。何かがおかしい。角を曲がった瞬間、スッとイザクが現れ、歩いている俺に付いて来て、耳打ちする。

「クレマンは何も知らなかったようです、あの夜、帰って来たクレマンがマデリンが居なくなった事について怒っていました。そしてつい昨日の夜、倒れているマデリンを見つけて、保護はしたものの、その後、二人で何か会話をしていました。」

そう言って俺に小さなラペルピンを渡す。

「これに記録を。」

そう言ってイザクは俺から離れ、頭を下げる。俺は歩きながらイザクに言う。

「引き続き、頼む。」


マイヤー家を出る。アーレントが控えていた。アーレントの転移魔法で屋敷に戻る。ラペルピンを専用の入れ物に入れる。するとラペルピンが光りを帯びて声が流れ始める。


~今までどこに行っていたんだ~

クレマンの声、少し苛ついているように聞こえる。

~そんな事はどうでも良いのです、それよりも~

マデリン嬢の声は少し浮かれているように聞こえる。

~そんな事? そんな事とは何だ!~

クレマンが大きな声で言う。

~クレマン様、聞いてください。そんな事よりも私、力を手に入れたんです~

マデリン嬢のその言葉…やはりマデリン嬢が絡んでいる。

~力? 力って一体…~

そこで音が途切れる。

~ね? 見たでしょう? 私、魔法が使えるんです~

音が途切れた時に、きっとマデリン嬢は何かをして見せたのだろう。

~何なんだ、この力は…~

クレマンがそう言う。

~この力は天からの授かりものですわ~

白々しい。ジャスミン嬢から奪っておいて!

~この力…ジャスミンのものと似ているが…~

クレマンがそう言う。

~えぇそうです、この力、あの女のものですわ~

そこまで聞いてふっと笑みが漏れる。ペラペラと良く喋る口だ。

~ジャスミンの力だと? そんなものをどうやってお前が?~

クレマンがそう聞く。

~それに関しては私も良く分かりませんの、でもこの力があれば、何でも出来るのでは無くて?~

マデリン嬢がそう笑いながら言う。

~ジャスミンは?! ジャスミンは無事なのか?~

クレマンがそう聞く。

~無事なんじゃないですか? 私は知りません~

マデリン嬢の口調に悪意が混ざるのを感じる。

~ねぇ、クレマン様、それよりも! この力を使って私、天使になりますわ~

そうマデリン嬢が言う。

~天使?! 一体、何の事だ~

クレマンがそう聞く。

~だってこの力、治癒だって出来てしまうのですよ? 怪我や病気で苦しんでいる者たちに施してやれば、私は誰よりも尊い存在になれるもの!~

そこでラペルピンが光を失う。…ここまでか。一緒に聞いていたアーレントが言う。

「酷いですね。」

その声に怒りが混ざっている。

「だが、これでマデリン嬢が何をしようとしているのか、分かったんだ。それならそれで俺たちはそれを利用すれば良い。」


結局のところ、あの夜に何が起こっていたかについては、マデリン嬢は記憶に無いのだろう。マデリン嬢はただ利用されているだけだ、何者かによって。だがその力は本来、ジャスミン嬢のものだ。もしジャスミン嬢から奪った力がマデリン嬢に“入れられた”として。それは本来の持ち主同様、無限に使えるのか、それとも有限なのか。そして俺はそのジャスミン嬢の力の一部を指輪に宿している状態だ。


つまり、ジャスミン嬢の以前、言っていた仮説通りだとするならば。


天使の加護の力という部分だけは指輪に宿っていて、それは俺が持っている。そしてその他の魔法と魔力がマデリン嬢に“入れられた”。考え得る可能性としてはあの夜の時点で持っていたジャスミン嬢の魔力と魔法が奪われ与えられたが、それは無限に使えるのでは無いのだとしたら? ある程度まで使えば、マデリン嬢の持っている力は枯渇するのでは無いのだろうか。


元々は魔力を持たない人間として生まれて来ているマデリン嬢が、急に魔力を与えられ、魔法を使うようになったら、きっとその体には相当な負担がかかる筈だ。使い切ってしまえば、もしかしたら…?


「閣下、どうなさるのですか?」

アーレントにそう聞かれて俺は言う。

「まずはマデリン嬢がどう出るのか、それを見よう。俺の考えている通りだとするなら、マデリン嬢は派手にその力を使うだろう。ひけらかすように、な。」

アーレントが怒りを込めて言う。

「許せないです。」

俺はそんなアーレントに言う。

「あぁ、分かっている。でもだからこそ、俺たちはその動向を見張らなくてはいけない。」

そこで息をつく。

「そしてジャスミン嬢に寄り添ってやろう。」


◇◇◇


「そうですか…やっぱりマデリンが…」

そう言いながら私は溜息を漏らす。侯爵様がお部屋に来て、マイヤー邸へ行った事、そこでマデリンに会った事、そして潜入させているイザクから情報を入手した事を話してくれた。

「あの夜、起こった事をもう少し話してください。」

そう侯爵様に言われて思い出す。あの夜の事を。


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