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第37話ー一筋の光ー

あの夜、私はベッドにはりつけにされ、胸に穴の開いたマデリンを見た。顔が醜く変形した、私を攫った男を筆頭に5,6人の術者が居たように記憶している。ベッドにはりつけにされ、マデリンを床に寝かせたその男は何か呪文のようなものを唱え始め、同じように周りに居た術者たちも呪文のようなものを唱え始めた。体が熱くなり、息が苦しくなって、私は抵抗した。胸の辺りから光が出て、その光は床に寝かされているマデリンの胸の穴の中に入っていくのが見えた。


奪われる、とそう思った。


抜けて行く光、それと共に体に力が入らなくなり、気を失った。



侯爵様は少し息をついて、言う。

「他にも何か思い出せる事はありますか?」

そう聞かれて私はあの夜の事を頭の中に思い返す。

「私を攫った男は顔が焼けただれていて、それを呪術で変えていました。美しい男性に。けれどその術は一定時間が経つと解けてしまうようでした。」

あの焼けただれた顔は忘れられなかった。

「それから、その男は魔法師を、魔法を憎んでいるとも言っていました。自分をこんな醜い顔にしたのも魔法師で、その魔法師を呪術で殺した、とも。」

そう言うと侯爵様が腕を組んで考え込む。

「美しい顔と醜い顔、その両方の顔を、その男はジャスミン嬢に晒している…けれどジャスミン嬢を殺す事はしなかった…」

侯爵様の言う通りだと思った。私の力を奪ったのなら、そのまま私を口封じの為に殺していてもおかしくない。なのに、そうしなかった。

「もしかしたら、顔は自由に変えられるのかもしれません。わざとジャスミン嬢に印象付ける為に見せた可能性もあります。」

確かに、それならば顔を見せていても問題は無いだろう。他の術者たちは深くフードを被って、その顔を見えないようにしていたのだから。

「いずれにせよ、顔を変えるという呪術を自らに課している訳ですから、それなりの代償はある筈です。」

侯爵様がそう言う。代償、と聞いてマデリンの胸に開いた穴を思い出す。

「マデリンは普通にしていましたか?」

そう聞くと侯爵様が頷く。

「えぇ、見た目は全く、何の遜色も無かったですね。それどころか不気味ですらありました。」

あんなにぽっかりと穴が開けられていて、生きているなんて、とそう思う。

「マデリン嬢の事も考えましたが、おそらくはその代償は計り知れないと思います。そもそも魔力を持たないで生まれて来たマデリン嬢が無理やり開けられた穴に強大な力を入れられたのだとすれば、その力を行使する度に、もしかしたら、それこそ命を削る事にもなり兼ねないでしょう。」

そこで部屋の扉がノックされて、バーノンが入って来る。バーノンは私に会釈し、侯爵様に何か紙を渡す。侯爵様はその紙に目を通して、息をつく。

「可能性の話として、魔力が無かった者が急に魔法を使えるようになった事例が無いか、調べさせましたが、今までそんな事例は無いようです。無理やり魔力を授けるなどという行為は禁忌なので、当然ですが。」

侯爵様はそう言って、私を見る。

「マデリン嬢に奪われたジャスミン嬢の力に関して、色々考えました。前にジャスミン嬢が私に話してくれた仮説を覚えていますか?」

そう聞かれ私は頷く。

「えぇ、力は万能では無く、そして有限であるという仮説ですね。」

そう言うと侯爵様が頷く。

「そうです。私はその有限であるという部分について、ある可能性を見出しました。」

侯爵様がバーノンにさっき受け取った紙を返しながら言う。

「ジャスミン嬢の奪われた力を仮に100とします。そして奪われた時点でその100全部がマデリン嬢に入る。けれどマデリン嬢は元々、魔力を持たない人間です。つまり、魔力を生成する事は出来ない可能性が高い。そしてイザクが入手した情報によれば、マデリン嬢はきっと派手にその力を使うでしょう。そうなれば持っていた100の力が減り続ける。70になり、50になり…というふうに。」

そう言われて、なるほどと思う。

「その力を100全部使い切ってしまったらどうなるのか、まだ分かりません。そもそも魔力は人に与えたり、分けたりするものでは無いからです。」

そこで侯爵様は溜息をつき、言う。

「いずれにしても、私はこのまま調査を続け、ジャスミン嬢から奪った力を取り戻す為に尽力します。呪術師を捕え、あなたに必ず、力が戻るように。」


◇◇◇


それから程なくして、マデリン嬢が思った通りの行動を取るようになった。治癒の魔法を使い、派手に動き回り、まるで自分が聖女か天使にでもなったかのように振る舞い始めたのだ。俺はマデリン嬢とクレマンの動向を全て把握する為に、彼らの周りに間者を増やした。情報が何よりも重要だからだ。そしてマデリン嬢がクレマンに隠れて、会っている人物が居る事も掴んだ。



「ジャスミン嬢の様子はどうだ?」

報告の為に王宮に入った俺にそう聞く国王陛下に俺は言う。

「力を奪われたので、魔力が枯渇し、弱っています。起き上がるのがやっと、という状態です。」

そう言いながら、日々、彼女は彼女なりに努力をしている事を思う。

「そうか。」

短くそう言った陛下の言葉には、悲しみが感じられる。

「リシャール家の最後の生き残りをみすみす、死なせる訳にはいかん。」

陛下がそう言って、俺を見る。この人はジャスミン嬢だから死なせる訳にいかないと、そう言っているのでは無く、リシャール家の生き残りだから死なせる訳にいかないと、そう言っているのだ。

「最近になって、フレム子爵家のマデリン嬢が派手に動き回っていると報告を受けている。」

それはそうだろう、王宮にもその噂が届く程に、マデリン嬢は力をひけらかすように使っているのだから。

「その力は聖女か天使かと、言われているようだな。」

陛下も何かを感じ取っているのだろうと思う。

「そのようですね。」

そう返事をすると、陛下が聞く。

「あの力はまやかしか?」

そう聞かれて俺は言う。

「おそらくは。マデリン嬢は元々、魔力を持たずに生まれて来た人間です。ですから一時的に使えているだけで、そのうちに破綻すると、私はそう読んでいます。」

陛下は溜息をつき、背もたれに寄り掛かる。

「そうか。」

これ以上、報告する事は特に無いだろう。そう思った俺がその場を辞そうと思った時、陛下が言う。

「レイノルド、お前は知っているか?」

そう聞かれ俺は陛下を見る。陛下が俺を見る。

「リシャール家の天使の加護の力が完全に解放されるには、ある条件がある。」

そう言われて俺は驚く。

「ある条件とは…?」

そう聞くと陛下が微笑んで言う。

「それは━━」



王宮を後にする。陛下に聞いた事が本当なのだとしたら、俺にはやるべき事がある。ジャスミン嬢の力を奪われた今、俺が彼女の為に出来る事…。そしてそれが成就した暁には、きっとジャスミン嬢に力が戻るだろう。歩きながら考える。さて、何から仕掛けようかと心が躍る。力が奪われてしまった事で一度は絶望を感じはしたが、一筋の光が見えて来る。


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