次の瞬間には、真白な空間にいた。ユリウスの姿もない。
ぼんやりと空間を眺める。
目の前に、小さな爺さんが浮いていた。
「や! 異世界転生コースにようこそ~」
「異世界転生コース?」
反復した言葉に小さい爺さんが頷く。
「簡単に説明するとね、君は死んで、魂が輪廻に入り、異次元の別の体に転生しましたよ、というお話。だから、頑張ってね~。それでは、いってらっしゃ~い!」
小さい爺さんが旗をパタパタ振る。視界が霞んで滲んだ。
慌てて爺さんを握り潰す。
「ちょっと、待たんかい。説明は、それだけか?」
夢の国のアトラクションみたいに送り出されても困る。大事な話が、何一つない。
「待って、やめて、離して、死んじゃう。これでも神なんだから、崇め敬って」
ぱっと手を離した。
「神、だと……?」
宙に浮く小さな爺さんを、じっと見つめる。
「そうだよ、神だよ。君、前世で作家さんだったし、説明なしにいけるかなぁと思って転生先の体に魂を移したのに、全然適応力ないんだもん。仕方なく、こっちに呼んだよね~」
神と名乗った小さな爺さんは、むっすりしながら白い衣服をパンパンして整える。
全然頭が付いていかない。付いていかないなりに必死に考える。
「私は、つまり、死んだわけで? 自分が書いた乙女ゲームの世界に転生した、と?」
「そう、そう。自分が作った世界で次の人生送れるとか、楽しいと思うんだよね~。だって色んな設定とか自分で作った世界だよ! 神と一緒じゃん!」
開いた口が塞がらなかった。
「作家は神じゃないし、仮にその世界が本当に存在したら、私が作った設定なんか世界の一部でしかなくて、知らない常識とか山ほど存在すると思うんだけど」
神様とやらが、舌打ちする。
「夢がないなぁ。君、もっと可愛げを持った方が良いよ。女の子なんだから」
もう一度、小さい爺さんを握り潰す。
「そういうの、今の日本じゃバイアスかかったセクハラだからな、この老害神が。そもそも転生なら赤ん坊スタートじゃないの? そこそこに育ったお嬢さんの体にいた気がするけど?」
神が顔を逸らした。
明らかに気まずい顔をしている。
「神にも色々事情があるの。君には使命感を持って転生してほしいっていうか。ちょっと世界立て直してきてほしいっていうか」
「立て直す? あの乙女ゲの世界を?」
こくこくと、小さい爺さんが頷いた。
「ちょっとした手違いで均衡が崩れちゃってさぁ。このままだと破滅しちゃうんだよねぇ、多分。君、原作者だから、何とかできるよね? シナリオ通りじゃなくても良いからさ。とりあえず、滅亡しなければ、それでいいから」
握る手に更に力を加える。
「勝手な事情で人のシナリオをぶっ壊しておいて、丸投げ? シナリオ通りじゃなくていいから、何とかしろ? 作家に喧嘩売ってんのか、爺」
「待って、ギブギブ、ごめん、ギブ」
小さい爺さんが、握る手をパンパン叩く。
仕方がないので、ちょっとだけ手を緩めた。
「悪いと思ってるよ~。神だって、たまには間違うんだよ、許してよ。とにかく君は、ノエル=ワーグナーっていうモブの娘に転生してるから。他の情報は現地で調達してね。もう時間がないから」
視界が霞がかってきた。意識が遠くに持っていかれる。
「転生的にも神的にも禁忌とか縛りとかないから、自由にやっちゃって~。あとは、よろしくね~。あ! 転生特典、付けとくから~」
「転生特典に付いて詳しく話せ! 説明が足りねーよ! 爺!」
悪態は届かず、意識は遥か彼方へ飛んで行った。