目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

5.主人公が茶会に誘ってくれました

 この世界に来て一週間が経った。

 ノエルはまだ療養として部屋に籠っていた。

 バルコニーに立ち、外の景色を眺める。

 この部屋は学院の寮だ。聖バルドル魔術学院は全寮制なので、貴族平民問わず全学生が入寮している。


(バルコニー付きの部屋なんて、平民にしては贅沢だよね。さすが実家が宝石商なだけある)


 精霊国には階級制度がある。

 国に貢献した家は今でも貴族に取り上げられる。

 また、平民だから貧乏という訳でもない。

 ワーグナー家のように爵位はなくとも裕福な家は多い。平均して平和な国といえる。


 ノエルはバルコニーから地面を見下ろした。


(この高さなら、ノエルは死ななかったんじゃないのかな)


 決して低くはないが、ノエルの身体機能があれば、充分着地できるのではないかと思えた。

 ユリウスの話から察するに、ノエルの魔法能力は決して高くない。

 だが、それを補うに余りある優れた身体能力を有している。

 それは日常生活を送っているだけでわかった。


(前の私は運動神経悪かったから、余計に感じるんだよなぁ。この娘の体の機敏さに頭が付いていかない時がある)


 だとしたら何故、ノエルはバルコニーから飛び降りたのか。

 自殺以外に理由があったのかもしれない。


(魔石の影響? 行動を操作するほどの力なんかないはずなんだけどなぁ)


 だとすれば、『呪い』の闇魔術による精神操作の可能性が濃厚だ。

 むしろ、そうであってくれないと、この乙女ゲの世界が最初から破綻する。


(破滅の原因そのものがノエルなのか? ノエルが死ななきゃ、物語は始まらないもんな)


 とはいえ、ノエルの中に転生した自分が今更、死んだところで世界が救われるわけでもないように思う。

 それでは、神様がわざわざ原作者をこのゲーム世界に送り込んだ意味がない。


(ノエルに一体、何があったんだろう)


 モブでしかないはずのノエル=ワーグナーという人物が気になった。

 そもそも、ノエルがユリウスに魔石を貰いに行く、なんて話はシナリオにない。

 ノエルの自由な行動は、ここがゲームに収まらない現実世界だからなのか、神様の言う世界の滅亡に関係があるのか。


(調べてみないと、わからないか。何を切り口に探ればいいかも、わからないんだけど)


 気が重くて、バルコニーに額を付けて項垂れた。


「ノエルー! おーい!」


 ノエルを呼ぶ声がした。


(ああ、私が呼ばれているのか)


 意識していないと、うっかり流してしまう。

 まだノエル=ワーグナーが自分の意識に馴染まない。


(表記は『あの娘』とかで誤魔化して、名前も付けてなかったもんな。モブのノエルに名前をくれたこの世界、ありがとう)


 自分が考えなかったモブに名前がありバックボーンが存在する時点で、この世界がゲームを逸脱した現実なんだと、嫌でも思い知らされる。

 名前がないくらいだから当然、性格設定なんか考えなかった訳で。

 裕福な平民の魔力ソコソコの女の子、という魔術学院では普通にいる設定でしかない。


(その辺はやりやすいか。いやでも。この世界で生きていたノエルの性格はあるだろうから。引き続きマリアにちょっとずつ探りを入れて、合わせていかないと)


 などなど考えながら、足下に目を落とす。

 マリアがノエルに向かい手を振っていた。


「今、部屋に行こうと思っていたの。暇なら一緒にお茶しよう! 気分転換にもなるわよ」


 マリアが見慣れた笑顔を向けてくれる。

 ゲームの立ち絵でよく見る可愛い笑顔だ。


(マリアの笑顔、良き。今日も私の主人公は元気だ)


 とは思うものの、マリアの性格設定にも若干の疑問がある。


(三つの性格が全部混じっている気がするんだよね)


 初めて会ったあの日以来、マリアは毎日ノエルの元に顔を出してくれる。

 ノエルの体調を気遣いながら、着替えだ部屋の掃除だと、甲斐甲斐しく面倒をみてくれている。

 如何にも世話焼き自立系キャラなのだが、時々見せる甘えた表情は庇護欲を誘う天使系にも見える。『呪い』についてあれこれ詮索してくる辺りは、好奇心旺盛キャラにも感じる。


(まぁ、現実の人間なら性格が一面しかないってことはない。ゲームみたいに決まった会話しかしないわけじゃないんだから)


 付き合う時間が増えれば、何気ない日常の色々な側面が見えて然るべきだ。


(あの性格のお陰で、収穫もあった。ノエルが『呪い』のせいでバルコニーから飛び降りる奇行に走ったとマリアは認識している。ノエルが呪い持ちだったのは間違いない)


 その点だけでもシナリオ通りであってくれて良かった。

 ノエルの奇行のせいで、今のマリアは少なからず『呪い』に興味を持っている。

 療養期間中も、さりげなく色々聞かれた。


(ノエルをきっかけにマリアが『呪い』に興味を持つ展開はシナリオ通りだ。……ノエルが生きている点以外は、問題ない展開だ)


 あとは、興味止まりでなく、積極的に調べ始めてくれるとよい。

 シナリオでは、友人の死というセンセーショナルな体験が、『呪い』という病に疑問を抱くきっかけになり、『呪い』の正体と、その裏に潜む暗部を明かす展開に繋がる。

 そうなってくれないと、攻略対象との恋が芽生えないし、育たない。


(マリアの恋が育たなければ、どっちにしろ、この世界は破滅するからな)


 あの小さい神様が指摘した破滅が何きっかけで、どの辺りなのか、わからないが。

 そうでなくとも、この乙女ゲ自体が元々、そういうストーリー展開なのだ。

 マリアが幸せにならないと、破滅する前に詰む。


 ノエルを見上げて、マリアが心配そうな顔をした。


「ノエル? どうしたの? やっぱり調子悪い? 無理しなくって大丈夫よ」

「そんなことないよ。そろそろ部屋の外に出たいし、今、降りるね」


(マリアの幸せを守る。それがこの世界の破滅を止める第一歩だ)


 原作者的決意を新たにして、ノエルはマリアの元に向かった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?