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4.頭突きしたら溺愛された

 悪い人でないことは、自分が一番よく知っている。

 自分が作ったキャラなのだから、当然だ。

 しかしそれは、相手が主人公の場合であって、モブ相手ではない。だからユリウスを一概に信用するのは危険ではあると思う。


 咳払いして、気を取り直す。


(飲まれちゃダメだ。とりあえず、さっきの出来事キスは忘れよう)


「えっと、あの。聞いてもいいですか?」


 依然、壁際に追いやられた状態のまま問う。


「いいよ。何?」


 ユリウスもまた、追い込んだ状態のまま、普通に返事する。


「何故、私の体に魔石が入り込んでしまったのでしょうか?」

「何かの、どさくさだろうね。その魔石は、僕がノエルにあげたモノだよ。ノエルが欲しいといったから」


(どさくさって。つまり、わからないってことか) 


 ユリウスのいうノエルは、自分が転生する前のノエルだろう。

 魔石は高価で希少な魔法道具だ。欲しいと言われてすぐに与えられる代物でもないはずなのだが。


「何故に、魔石を欲しがったのでしょう?」

「何故だと思う?」


 質問に質問で返された。面倒くさい。


「魔石で少しでも魔力を戻して、『呪い』に備えたかったから? そもそも前のノエルは、本当に『呪い』にかかっていたのですか?」

「どうして、そう思うの?」


 ぐぬぬ、と口を噤んだ。


 この世界に千年以上の昔からはびこる『呪い』は、今でも解き明かした者がない。

 大昔、強力な闇魔術師の魔族が残した負の遺産で、『呪い』にかかる人間も無作為なため病のような扱いをされている。一度かかれば解呪も治療も出来ない、恐ろしい不治の病であり呪詛だ。


 とはいえ、構造は至ってシンプルだ。

『呪い』のからくりは、闇魔術による精神操作での自殺、或いは魔力の核の封印と破壊による死亡。

 魔術師なら総ての人間が持っている『魔力の核』は第二の心臓ともいえる。

 核が砕けると術師は死んでしまう。

『呪い』にかかった人間は闇魔術で意識を操作され、魔力を消耗し封じられ、魔力の核を砕かれて死に至る。


 原作者である自分が作った設定だから、よく知っている。


(だけど、『呪い』の詳細を、攻略対象であるユリウスには話せない)


『呪い』の詳細な構造は、現時点で一般に明かされていない。

 それは主人公たちが、これから始めなければならないだ。

 主人公と共に解明していく攻略対象であるユリウスに、この場で話すわけにはいかない。


 自分の胸に手を当てる。

 魔力の核と、そこから流れる魔力を確かに感じる。


(この体は生きているし、核は砕けていない。飛び降り自殺はユリウスに助けられて無事だ。もし『呪い』にかかっていたなら今の私も精神操作されているはず。つまり『呪い』の被害者である可能性は、低いってことなんだけど。中身が私に入れ替わって『呪い』が消えたのかな)


 発動した『呪い』が前のノエルを殺して消失した可能性もある。

 とはいえ、そうは話せないので、別の可能性を振ることにした。


「魔石の影響って可能性も、あるかな、と。ノエルもやっぱり、魔力量が多かったんですか?」

「いいや、全然。属性は土と風だったし、今の君とはまるで別人だったよ」


 ぴくり、と眉が上がった。

 考えてみれば、ノエルはモブだ。そもそもの設定的に魔力量が多いはずがない。


「だとしたら、魔石が死因である可能性が高いですね」


(ということは、『呪い』とは関係ない自殺の可能性がある? この体に『呪い』の異物感は残っていない。やっぱり『呪い』が消えたのか? そもそもかかっていなかった? どっちなのかで状況が変わるな)


『呪い』の正体は魔術だ。かかっていれば、魔力がある人間なら体感で誰でもわかる。

 今の自分も、魔力を感覚で理解できる。

 更に、『呪い』にかかると体のどこかに紋様が浮かび上がる。

 見える範囲に紋様はなさそうだ。


(ノエルが『呪い』にかかっていなければ、そこから物語が破綻してる。かかっていて消えたんだとしても、生きている時点で破綻しているけど)


 愕然として、項垂れた。

 自分がノエルの中にいて、『呪い』で死ぬはずだったノエルという人間が生きている時点で、シナリオは破綻している。


(へこんでても仕方ない。現状、出来ることをやらないと。逃げも隠れも出来ないんだから)


 戻りたくても元の体は死んだようだし、帰れる場所もない。

 逃げたらこの世界が破綻する。原作者として、それだけは死ぬより耐えられない。

 折れそうな心を何とか立て直した。


「ノエルは魔石のリスクについて、知っていたんですか?」

「さぁ? 僕は話していないけど」


 目線を上げる。

 ユリウスは、変わらぬ表情でノエルを眺めている。


「魔力を吸われるリスクとか、魔獣化のリスクとか、話していないんですか?」

「魔獣化したら責任もって殺してあげようと思って、闇魔術の魔獣化で待機していたんだけどね。そのお陰で、君を助けてあげられた訳だけど」


(そんな大事なコト話さないで、魔石だけ渡したのか? まずは説明責任を果たせ。責任取る場所、間違ってんだろ)


 ユリウスの言い方は、まるで魔石を試したかったと言っているようにも聞こえる。

 実際、研究のためにヤバい行動を平気で選択する、好奇心優位のキャラではある。


「ノエルと、仲が良かったんですか?」

「いいや。魔石が欲しいと言って来た、一度きりしか会っていないよ。どんな子かも知らない」


 小さな苛々がつのり始めた。

 さっきからユリウスは、質問を楽しんでいるように見える。

 その顔すら腹が立ってきた。


(つまりは、なんだ。知らないノエルが魔石で死んでも、どうでも良かったと。ノエルより魔石の効果の方に興味があったのか。いや、違う……)


 ユリウスは何故か『ノエルの中に別の魂が転生してくる』事実を知っていた。


(そんな現象は、魔法全盛のこの世界でも滅多に起こるものじゃない。そういう事態に興味があったのか。だから魔石のリスクを知っていてノエルを見殺しにした、ということか)


 考え込んで瞑っていた目を、ゆっくり開く。


「ユリウスさん」

「なぁに?」


 頭を後ろに振りかぶって、近づいた顔に思いっきり頭突きをかました。

 形の良い鼻から、たらりと、鼻血が流れた。


「弱き者の痛みを思い知れ! この残念イケメンが!」


 確かに、ユリウスは変わり者ポジションのキャラだ。

 魔術にしか興味がないので「変人魔術師」と陰で噂されている人物だ。

 それでも、恋心が芽生えると命懸けで助けてくれたり尽くしてくれるキャラだし、何より賢さと優しさはちゃんと設定に組み込んだ。


(仮にも乙女ゲームの攻略対象キャラなら、モブだろうが乙女を大事に扱えよ! 人として最低限の友愛フィリアは組み込んだつもりだぞ。原作者はそんな風に作った覚えはないぞ!)


 鼻息荒く、ユリウスを見下す。

 ユリウスは血が流れる顔に手を添えて、呆然としていた。


「ノエル、血が出た」

「そうだな、痛みを噛み締めろ」


 冷たく言い放つ。

 お仕置きの気持ちが籠った頭突きなので、労う気はない。


「血が出たよ! ノエル~!」


 ユリウスが歓喜の表情で抱き付いてきた。


「えぇ⁉」


 慌てて体を離そうとしても、腕が絡まるように背中に回って逃げられない。


(何、この人! M要素なんか入れてないのに! むしろお前、どっちかって言ったらSだろ!)


 気持ちはドン引いているのに、体の密着度が半端ない。


「僕が血を流すなんて、何年振りだろう? 子供の頃以来かもしれない。ごめん、ノエル。僕は君を甘く見ていた。思っていたより、ずっと逞しいんだね」


 顔を擦り付けてくるので、血が付きそうになる。何とか押し返す。


「謝るなら、ノエルに謝ってくださいよ」


 ノエルの死因が魔石だったら、ユリウスが殺したようなものだ。


(でも、それ以前に私は、シナリオの中でノエルを『呪い』で殺している)


 ユリウスのことは責められない。

 初めから殺すつもりで作り出したキャラだ。自分の方が慈悲がない。


「いいや、今のノエルは、君だよ。ここで生きると決めたなら、自分がノエルだと自覚しなきゃいけない。でないと、周囲は騙せない」


 ユリウスがノエルの鼻を摘まんだ。


「ユリウスさん、神様に会いましたか?」

「? 神様って、精霊国神話の? それとも、女神フレイヤの話? 死なないと会うのは難しいんじゃない?」

「いや、今ので大体わかりました」


 どうやら、自分の身の上をユリウスに話したのは、あの小さい爺さんではないらしい。

 だが、ユリウスに『この世界を救う英雄がノエルの中に転生する』と話した誰かがいる。

 もう一人、ノエルの事情を知る人物がいるということだ。


(ユリウスの口を割らせるのが早いか、探し出すのが早いか)


 ちらりとユリウスの鼻を見やる。イケメンの顔に似つかわしくない血の汚れ具合だ。

 ノエルは手を翳し、治癒魔法をかけた。


「ノエル=ワーグナーとしての自覚を持って、生きてみます」


 今は素直に言うことを聞いておこうと思った。


(痛み分けにしておくか。私もユリウスもノエルを見殺しにした点は同罪だ)


 勢いに任せて思いっきり頭突きしたから、それなりに痛かったろうとも思う。


「習う前から魔法が使えるの? 光魔法の治癒術は、それなりに難易度が高いんだけど」


 探るような好奇の目が迫る。


「魔法原理と術式は頭に入ってます。あとはイメージで何とかなります。物書きは妄想スペック高いんですよ」


 全部自分が作った設定なのだから、知っていて当然だ。

 ユリウスの目が嬉しそうに笑んだ。


「君を助けて良かった。これで当面、面白い生活ができそうだ。今日から君は僕のものだよ、ノエル」


 胸に抱きかかえられて、大きな不安が広がった。

 この先、変人魔術師のモルモットになる未来が、ちらちらと見えた。

 頭突きの代償の大きさに、恐怖しかなかった。

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