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第7話

7話 元アサシン、焼きイモ屋さんになる。


 家に戻り、バイクを車の奥に止めて、俺達はリビングに向かった。


「バート、昼は蕎麦そばにするぞ」


 俺に告げてから台所で、玄人げんとが準備を始めた。

 恥ずかしながら俺は、元の国でも調理の経験がない。

 俺にも何か出来ないかと思い、玄人げんとに声を掛けた。


玄人げんと、俺にも何か出来ることはないのか?」


「ない!」


 間髪かんぱつれずに、言われてしまった。


(どうせ俺は、任務にんむと掃除意外はポンコツだよ……)


 うつむいて椅子に座っていると、玄人げんとからの指示が出た。


「あっ、あるぞバート。食器の準備を頼む」


「ヨシ、指示をくれ。玄人げんと


 玄人げんとに指示をされながら、食器の準備をしてテーブルに並べていた。


「にゃにゃぁ~」


 今まで部屋の隅で寝ていたトラ先輩が、玄人げんとのところに行って、足元をウロウロしている。


「バート、少しトラを頼む」


 何か分からない物を渡されて、トラ先輩を任された。

 トラ先輩は、その何か分からない物を左右に振ると、首を振り視線を外さないようにしている。

 俺が椅子に座ると、トラ先輩がひざの上に飛び乗った。


「にゃぁ~」


 ひと鳴きをして、俺を見つめて待っているようだ。


「これを、どうすればいいのだ。玄人げんと


「封は切ってあるから、トラに食べさせてくれー」


 言われたように切れているところを確認してから、トラ先輩の口へ近付けた。

 トラ先輩は一心不乱いっしんふらんに、それをペロペロしている。


(美味しい物なのか?)


 少し舐めてみようとして俺も口元に近付けると、玄人げんとに言われた。


「バート、食うなよ!」


 あれだけ忙しく動いているのに、俺とトラ先輩のことを見ているようだ。


(なんて、広い視野なんだ)


「分かった。食べないよ玄人げんと、大丈夫だ」


 食べ終わったトラ先輩は、床に下りて、ひと伸びをしてから元の位置に戻り、また寝てしまったようだ。


「よ~し、出来たぞ~」


 蕎麦そばと言う食べ物を、玄人げんとがテーブルに置いた。


「バート、フォークを使うな! はしで食え。これも修行だぞ」


 玄人げんとから俺用のはしだと言われて、手渡された。


「分かった。玄人げんと


 昨夜も2人は、なんて器用にはしを使うのだろうと思っていた。

 時間は掛かってしまったが、なんとかはしで、蕎麦そばと言う食べ物を食べ終わった。

 はしで食べることに集中をしていて、味が全く味わえなかった。

 だが、山葵わさびと言う食べ物だけは、食べ方を知らないとヤバイ食べ物だと言うのを覚えた。

 頭と鼻の奥に強烈きょうれつ刺激しげきがして、涙と鼻水が止まらなかった。


ごうっては、ごうしたがえだ。バート良く頑張がんばったな」


 玄人げんとの言っている意味は良く分からなかったが、なんとなく嬉しかった。


「ごちそうさまでした」


「後を任せるな。バート」


 玄人げんとはトラ先輩を連れて、二階へ上がって行った。

 俺が洗い物をして、食器を片付けている間に、玄人げんとが着替えて焼きイモ屋ゲンちゃんになっていた。

 ヤーニ〈タバコ〉を吸いながら準備をしている。


「これに着がえろ。バート」


 焼きイモ屋ゲンちゃんの仕事着だった。

 急いで部屋に戻り、仕事着を着て、俺も玄人げんとを見習い、布をじり頭に巻いた。


(これで、いいんだよな? 大丈夫だよな?)


 急いで一階に下りた。


★★★★


 リビングに行くと、玄人げんとが車の準備をしてまきに火をつけているようだ。


玄人げんと、準備が出来たぞ。もう出るのか?」


「まだだ! まずは石の全体を100度まで上げる。石が適温になったらイモを入れて、出発をするからな! それにしても似合にあわねーなバート。オメーはイケ面過ぎるんだよ」


 玄人げんとが俺のところに来て、布をほどき、手拭てぬぐいを出すと、銀髪を隠すように被せた。

 結んだ髪を上げて、頭の後ろで手拭てぬぐいをキッチリ結ぶと、上げていた髪を放した。


「バートは若いから、まだ、じりハチマキじゃねーな。こっちのほうが女性受けしそうだしな。クックック」


 俺を見て、玄人げんとはニヤリと悪い顔をしていた。

 温度を測る機械を石に照らすと、適温まで石の温度が下がっているようだ。


 玄人げんとが手に布の手袋をすると、石をき分けてイモを入れる場所を作り、イモを入れてから均等に石を被せた。


「80分から90分掛けて、ゆっくり焼いていくんだ」


 仕事の手順だとは言わないが、仕事の手順を教えてくれているように俺には思えた。


「さて、バート乗れ。仕事に向かうぞ」


「了解だ。玄人げんと


 俺達は車に乗り、移動販売に向かった。


★★★★


 移動中に、この国での仕事の決まりを話された。

 移動販売も決まりごとがあり、宣伝放送の音量が決まっていたり、何分間、宣伝放送をしたら、何分間、宣伝放送を止めないと駄目とか、販売場所の許可を取ったり、販売が出来る時間が決まっていたりとか……色々と大変なようだ。

 それに、この国は元の国と違い、アチコチに城と間違えてしまうような建物が多く、特徴的とくちょうてきなのが四角い建物ばかりだ。

 玄人げんとに聞いたが、大きな四角い建物の中に多くの人達が暮らしているらしい。


「バート、1ヶ所目の仕事だぞ!」


 俺に告げると何かのスイッチを押した。

 すると、車から美空の声が鳴り出した。


「いしやぁ~きイモ、おイモ、おイモ、おイモだよ~」


「さぁ~、いらっしゃい。甘くて美味しい、焼きイモは、いかがですか~」


「転ばないように、早くこないと、いっちゃうよ~」


 美空の声にビックリしたが、何故だろう? その声はいやしの呪文を詠唱えいしょうされているようで心地が良かった。

 玄人げんとが車から出て、四角い建物が並んでいるところに入るために、鍵を開けた。

 車を進ませて中に入って行き、車を止めた。


★★★★


「さぁ~仕事だぞ。バート」


 玄人げんとが車を降りたので、俺も急いで車から出たのだが、周りを見ると四方を高い建物に囲まれていた。

 建物のアチコチから殺気さっきとは違う視線を感じていて、俺の心は〈ザワザワ〉としていた。

 しばらくすると車に人が集まり始めた。


「寒いね~玄さん。千円分ね~」


「ハイよー。寒い中、有り難うねー」


「玄さん、家も千円分ね~」


「何時も有り難うねー」


「げんたん、こんちちわ~。あたちにも、オイモちょーらいな~」


「お~、みよちゃん。ご挨拶が出来て、えらいねぇー」


 小さな子供が食べやすいようにイモを切り、みよちゃんに手渡している。


「あがりとーぅ。げんたん」


「玄さん、娘がスイマセン。家も千円分お願いしますね」


「大丈夫だよ~。何時も有り難うね! みよちゃん、みよちゃんママー」


 玄人げんとの人気と、玄人げんとが焼いた焼きイモの人気が良く分かった。

 すると、あっと言う間に玄人げんとの車に列が出来てしまっていた。

 感じていた視線の正体は、お客様達の視線だったことが分かり、ザワついていた俺の心も落ち着いた。


(さて、俺も玄人げんとの手伝いをしないとな)


 車に近付こうとした時だ。


「おにいたん、だぁ~れ?」


 ニコニコ笑顔で焼きイモを食べている、みよちゃんから声をかけられたようだ。

 玄人げんとに視線を送ると、お客様の対応中で、それどころじゃないようだ。

 緊張をしながら俺も、玄人げんとを見習って対応することにした。


「おにいたんもね~、げんたんの、おイモやさんなんだよ……」


 俺の返答に、車の周りに居たお客様達の視線が一斉いっせいに俺に集まった。


「あら、男性だったのね~。綺麗きれいなお嬢さんだなーと思っていたのよ~」


「アハハハハ~」


「玄さんのお弟子さんになったの?」


「昨日から弟子入りをさせていただきました」


「お兄さんは外国の人なのかしら? 綺麗きれいな銀髪ねー」


「そ、そうなんです~」


(マズイ、また質問攻しつもんぜめが始まってしまった~。今回の人数は今の俺には、まだ対応がしきれないぞ……)


 オロオロしている俺を見たからであろう、お客様の対応をしながら、玄人げんとが俺に視線を合わせて頷いた。


「イケ面でしょ~! コイツはバートです。皆様ヨロシクお願いしますね」


 玄人げんとが頭を下げたので、俺も頭を下げながら、お客様の確認をする。


(男性は居ないようだな)


「ヨロシクお願いします。お姉さま方々」


 元気に挨拶をしたことで、俺の何かが吹っ切れて、玄人げんとを見習いながら対応が出来るように、気合いを入れて頑張がんばった。


(会計はまだ、今の俺には出来ないけどね……)


 1ヶ所目の販売分は、1時間ほどで売り切れてしまった。

 車の周りにゴミがないのを2人で確認をした。


「バート、皆様に礼をしてから次に向かうぞ」


 俺に告げてから玄人げんとと俺は、4方向の建物に1礼を4回してから、次の場所へと向かった。


★★★★


 玄人げんとのコースなのであろうか? 走り出すと、すぐに車が停められそうなところがあり、まきをくめて石の温度を上げてから、下がるのを待っていた。


「バート、食え。今日のイモはどうだ」


 先程、みよちゃんにプレゼントをした残りであろう、焼きイモを渡された。

 昨夜の腹が減っていた時と変わらずに、うまい焼きイモだった。


「うまいよ。毎日このうまさが出せる玄人げんとは、職人なんだな」


 玄人げんとは、照れ笑いをしながら俺のことを見た。


「かわいそうだが、ドコの国から来たのか分からないバートを、元の国に戻してあげることは出来ない。だが、生きて行く力を師匠ししょうがバートに教えるよ」


 玄人げんとに見付けられたこと、山島家の一員になれたことに、俺は感謝をした。


「さて、石もいい感じになってきたぞ。バートお前がやってみろ!」


 玄人げんとの見よう見まねだが、手袋をして石を掻き分けながら、イモを石の中に入れて、石を均等に被せた。


「準備OKだ! 玄人げんと


「ヨシ! 次に行くぞ」


 俺達は、美空の宣伝放送を流しながら次の販売場所に向かい、走り出した。


★★★★


 車の中では俺のことを色々と聞かれた。

 不思議ふしぎ玄人げんとには、色々と話すことができた。

 俺は孤児こじで、育ててもらったのが師匠ししょうのロギーだったこと。

 兄弟子あにでしがいて兄弟のように育てられたこと。

 兄弟子あにでしは、任務中にんむちゅう行方ゆくえ不明ふめいになってしまったこと。

 大きな呪文はまだ使えないが、俺にも数種類の呪文が使えることなどを、移動中に話した。

 当然と言えば当然なのだが、移動中に何回か車を停めて、焼きイモの状態を俺にも確認させていた。

 俺は何故? 玄人げんとが暗殺者になったのかを聞きたかったのだが、何故か聞くなと言っている俺もいて、聞くことが出来なかった。

 だが話の最中に、玄人げんとが所属している組織の名前が死導しどうと言う、暗殺組織あんさつそしきだと言うことを知ることが出来た。

 あと3日もすれば、俺が日本で過ごせる資格のような物が届けられることを知らされた。

 話をしながらだったので、気付かなかったのだが、この道は今朝……。

 まさかと思い玄人げんとを見ると、ニヤリと微笑み、悪い顔をしていた。


「バート、今日の販売はココが最後だぜ!」


 親指を立てて、ヤル気満々な顔をしている。


「了解だ! 玄人げんと


 俺も親指を立てて、ヤル気満々の顔をした。


 ショッピングモールの近くに俺達は、車を止めた。


★★★★


「宣伝放送のセリフは覚えたか? バート」


「セリフシートは見たから、バッチリだ! 玄人げんと


「10分が勝負だぞ!」


「大丈夫だ! 任せてくれ」


 玄人げんとは放送用の機械の調整を済ませると、マイクと言う機械を俺に渡した。

 俺の呪文が機械で伝えられるのか? 分からなかったが、試しに呪文、魅惑みわくを唱えてから宣伝放送を始めた。


「いしやぁ~きイモ、おイモ、おイモ、おイモだよ~ぉ」


「さぁ~、いらっしゃい! お仕事お疲れ様でした~」


「お姉さま方々、焼きイモ屋ゲンちゃんの天国に行けちゃうような、甘~い焼きイモはいかがですか~」


「ハイハイ、そこのお兄さん。奥様、パートナー、彼女、お子様のお土産にいかがですか~」


「早く来ないと、いっちゃうよ~」


 玄人げんとふさいでいた耳を開けてもいいと合図を出した。

 玄人げんとも外に出て、販売の準備をして、お客様を待っていた。


(……アレ? 呪文の効果は、なかったのかな?)


「バートさーん、甘~い焼きイモくださーい」


(おや? 名前で呼ばれたぞ)


 呼ばれたほうに振り向くと、ファッションやまむらの店員さん達だった。

 俺は満面の笑みをして、ファッションやまむらの店員さん達を迎えた。


「いらっしゃいませ~。お客様~、美味しく甘~い焼きイモをどうぞ~」


 その後は順調に、お客様にご購入をしていただけまして、本日の販売分は、終了しました。


(呪文、魅惑みわくの効果があったのか、分からなかったけどね)


 だって、お客様の半分以上が玄人げんとのお客様だったし……。

 俺達は最後のお客様を見送り、車の周りにゴミがないかの確認をして、1礼をしてから車に乗り込んだ。


「さて、バート。今日はもう上がるぞ~! お疲れ~」


「了解だ、玄人げんと。お疲れ様」


 今日は普段より2時間と言う時間ほど、早くに上がれたようだ。


「今日は早くに上がれたから、グイッと一杯、やっちゃうかなぁ~」


 玄人げんとは嬉しそうな顔をして、車を家へと向かわせた。


      ・


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「まえまえから思ってはいたが、おかしら様はネーミングセンスがな~」


 玄人げんとは言っていたが、俺には、とてもいい名前だと思っていた。


 漢字と言うもので書くと、ヤイバアトでバアトなんてアサシンには最高の名前じゃないかぁ~。

 あっ、と言う訳で、本当に3日後、俺は山島やましま刃痕バアトと言う名前で養子の扱いとなり、山島家の一員となった。


(今の技術では、見破れないほどの偽造らしいけどね)





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