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第28話

28話 ルノーン界。


 どれくらいの時間が経ったのだろう。

 意識が戻ると、腹の上には焼きイモ屋ゲンちゃんで販売しているイモと死導製しどうせいのアサシンスーツ、そしてピンクの封筒が乗っていた。

 周囲は静まり返り、まるで時間が止まったかのような感覚が、俺にはしている。

 急いで辺りを見回すと、そこは見慣れた服部流派はっとりりゅうはの特訓場だった。

 心臓が高鳴り、安堵あんどとともに不安が胸を締め付ける。


★★★★


 荷物を持って、急いで家に帰宅した。

 自分の部屋に入って、荷物を置いた瞬間、奇妙きみょうな感覚が押し寄せた。

 アサシンスーツは理解できるが、封筒に書かれた文字が全く読めないことに気付いた。

 イモの箱に書かれている文字も全く読めなくなっている。

 変な汗が出て、あせりで胸が締め付けられているように息苦しい。

 急いで封筒を開けたが、何が書かれているのかが分からなかった。

 ただ、美空の匂いだけが封筒と紙から香っていた。

 頭の中で言葉が翻弄ほんろうされて、焦燥感しょうそうかんつのる。


「なんでなんだ……どうしてなんだ……なぜ読めないんだよ……」


 俺はつぶやき、封筒を手に取り、何度も見直してみるが、文字は理解できなかった……。

 完全攻略本の記憶だけは、かすかに残っている。


(あの説明の1つだけを、絶対に忘れなければいいと思っていたからだ)


 この後、師匠ししょうとタクマにいがイグニス国王に侵略しんりゃく戦争せんそうを回避した報告をするために戻って来る。

 タクマにいが現代日本に転移してしまうきっかけを作ったことが頭をよぎる。

 だがもう俺は、理由を知っているので怒りはなかった。

 玄人げんとと美空とトラ先輩に会わせてもらったことに、感謝をするぐらいだった。


(あれ? 完全攻略本には、俺がここに居ることが書いてあったっけ?)


 不安で胸のザワザワと、変な汗が止まらない。

 師匠ししょうとタクマにいには、うそをつく訳にはいかない。

 どう説明すればいいのか、頭の中で考えをめぐらせていた。


★★★★


 その時、面影はあるが大人になっているタクマにいが部屋に入ってきた。


「バート! バートじゃないか」


 タクマにいの声には緊張が混じっていた。


「無事だったか? どこに行っていたんだ?」


「うん。なんとか戻ってこられたんだ」


 理由はなんとなく分かっていた。


疾風しっぷう 激烈げきれつ アサシンズ マスターズ3の開発が終了して、強制的に戻されたんだ)


(ルノーン界はゲームの世界で、俺達はゲームのキャラクターなんて言える訳がない……)


 なので、俺はその答えだけは言えなかった。

 タクマにいは俺の様子をじっと見つめて、少し安心したように息を吐いた。


「本当に良かった、大変な思いをさせてしまったな。本当に済まない」


 首を横に振り、俺はタクマにいに感謝の気持ちを伝えた。


「色々な経験が出来たよ、タクマにい。ありがとう」


 タクマにいは頭をかきながら、申し訳なさそうな顔をしていた。


「ところで、バート。その箱とスーツはなんだ?」


「これかい? ……これは、特殊な製法で作られたアサシンスーツだ」


 一瞬ためらったが、タクマにいの目が真剣なのを見て、俺は言葉を選んで、死導製しどうせいのアサシンスーツと言うのは止めた。


「そして、この箱が焼きイモ用のイモだ」


 タクマにいは目を丸くしておどろいている。


「焼きイモ用のイモ? それはこの世界にはない物だよな。どこで手に入れたんだ?」


「実は、別の世界に居たんだ。そこで、いろんなことがあった」


 俺はタクマにいに現代日本での出来事を、嘘はつかず、言ってはマズイことは言わないように選らんで、話すことにした。

 信じられない話をしているとタクマにいは思っていたようだが、反応は徐々に興味からおどろきへと変わっていく。


「お前、本当にそんなことがあったのか? 毒の効果で幻覚でも見ていたんじゃないのか?」


 タクマにいは真剣な表情を浮かべている。


「信じてくれ。現代の日本で様々な経験をしてきたんだ。新たな家族が出来て、その家族と暮らしていたんだ」


 タクマにいと目を合わせて、俺は真剣に言った。

 その時、部屋の扉が開いて師匠ししょうが姿を現した。


「バート、戻ってきたのか。無事で良かった」


 師匠ししょうの声には安堵あんどが感じられる。


「はい、師匠ししょう。色々なことがありましたが、なんとか戻れました」


 頭が地面に付く、フル土下座どげざで答えた。

 師匠ししょうは俺の表情を見て、真剣な表情で言った。


「お前がどれだけ大変な思いをしたのか、話を聞かせてくれ」


 少し躊躇ちゅうちょしたが、タクマにいの存在もあって、俺は心の中にある不安や葛藤かっとうを打ち明ける決意をした。


「実は、異世界である現代の日本と言う世界で多くの体験をしました。そこで家族や現代の人達を守るために、様々な選択をしてきました」


 タクマにいは興味深そうに聞き入っていた。

 師匠ししょうも頷き、さらに話をうながす。


「その選択とは、具体的にどのようなものだったのか、教えてくれ」


 俺は異世界である現代日本での出来事を、出来る限り詳しく伝えた。

 新たな家族との出会いや、向こうの世界での生活、この世界とは全く違う文化、そして、異世界人であることでの困難について語った。


「最後に、悪党も多く事件も絶え間なくある世界だったが、その中でも、日常の中にある小さな幸せを発見し、それを知り、学び、その小さな幸せを心から喜べるように、みんなが頑張って生きている世界なんだ。と」


 救われた現代日本の師匠ししょう……山島家やましまけみんなのおかげで学ばせてもらったと告げた。

 心の中にあった重荷が少しずつ軽くなっていくのを感じる。


「なるほど、お前がそのような経験をして来たとは」


 師匠ししょうはしばらくだまって考え込んでから、やがて真剣な目を俺に向けた。


「お前の成長を感じる。だが、まだ道は険しい! これからも仲間達と共に進む必要がある」


 タクマにいも大きく頷いていた。


「お前が戻ってきたからには、服部はっとり流派りゅうはが力を合わせて戦うしかない」


「ありがとう、師匠ししょう、タクマにい、俺は1人じゃない。仲間が居るからこそ、乗り越えてみせる」


 感謝の気持ちを込めて俺は答えた。

 師匠ししょうは俺を見て微笑んでいた。


「それが大事だ。仲間のきずなを信じて、これからも共にルノーン界を守っていこう」


 俺の肩を軽く叩いて、はげましてくれた。

 その言葉が、俺の心に新たな決意を芽生えさせる。

 その様子を見ていたタクマにいが、続けて言った。


「まずは、イグニス国王に私達の行動を報告しなければならない」


侵略しんりゃく戦争せんそうを回避できたこと、そして、その重要性をしっかりと伝えよう」


 その言葉に、俺と師匠ししょうも頷いた。

 これからの計画を練り始める中で、7年ぶりに3人が揃った服部はっとり流派りゅうはきずなが深まっていく感覚が嬉しい。

 これから始まる最終決戦のために、この世界の仲間達と共に、ルノーン界の未来を切り拓いていくんだと、強く思った。




(美空から教えてもらった、疾風しっぷう 激烈げきれつ アサシンズ マスターズ2完全攻略本に書いてあった、あることを実現するために……)




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