自席であくびを噛み殺していると、背後で教室の扉が開く音がした。振り向くと、こけしみたいな丸い頭の汐見若葉と目が合う。彼女はぱちぱちと瞬きし、珍しいものでも見るように指を指してきた。
「あーっ、美奈氏! 今日は朝早いね⁉ どうしたの⁉」
鞄を肩に掛けたまま、小走りでこちらにやって来た。そろそろ来る頃かと思って準備しておいて良かった。小さく息を吸い込み、考えておいた言葉を口にする。
「おはよう若葉ちゃん。ほんと、わたしが早起きなんて珍しいよね」
「でしょ! 雪でも降るの⁉ 何かあった⁉」
「いや、たまたま。年に数回あるんだよね〜」
あはは、と笑って誤魔化す。何もなかったというのは嘘だ。昨晩、カナデから『明日は一日、学校に行こうと思う』とメッセージが届いていた。その言葉を見て、サボり魔のカナデが行くのならわたしも行かなきゃと、柄にもなく意気込んでしまったせいだ。おかげで、いつもより一時間も早く起きてしまった。
ただ、この説明を若葉にするととてつもなく面倒くさくなるであろうから、何もなかったことにする。
「あ〜、あるある。たまにめっちゃ朝早く起きちゃう日とかあるよねー。あ、日菜子氏だ! おっは〜」
若葉が教室の後ろに向かって、ぶんぶんと勢いよく手を振る。わたしも首を後ろに向け、轟日菜子を笑顔で迎え入れた。
「若葉ちゃんおはよう〜。あれ、美奈ちゃんもいる、おはよう〜」
投げかけられたふわふわとした言葉に、軽く挨拶を返す。日菜子は教室の真ん中辺りに位置する自席に鞄を置き、わたしの机の前にやって来た。
若葉と日菜子。この二人が、わたしが普段の学校生活を共にするクラスメイトだ。若葉は小さくて華奢だけど、声と態度は誰よりも大きく、コミュニケーション能力は三人の中でダントツだ。文芸部で小説や漫画を書いてるらしい。対する日菜子はふわふわの髪を二つに結い、穏やかな笑みを浮かべるいかにも女子って感じの子。放送部だからか、声は砂糖菓子みたいに甘い。
クラス唯一のマイナー文化部の二人は仲間意識を持って自然と仲良くなり、そこに浮いていたわたしが加わった。後付けということもあり、わたしはどうも彼女たちと波長を合わせられていない気がする。いつもそうだ。二人の会話に混ざるというより、聞き役になってしまうことが多い。
「いいよね、美奈氏?」
「えっ?」
突然若葉に話を振られ、意識が呼び戻される。視線を上げると、二人がわたしの表情を伺っていた。
「あ、もしかして今、美奈氏寝てたでしょ? まあ、早起きしたからしょうがないかー」
「若葉ちゃんが体操服を忘れたから、どこかのクラスに借りに行こうっていう話になって。まずはC組から行こうかって話してたの」
日菜子が話を聞いていなかったわたしを気にすることもなく、にこやかに状況を説明をする。なるほど、そういうことか。しかしその状況で、わたしに「いいよね?」と聞くのはおかしくないか。それを判断するのは若葉でしょ……ということを、人付き合いをするうえで突っ込んではいけないのだろう。
「そういうことか、ごめんごめん半分寝てた〜……C組ね! 若葉ちゃんの知り合いでもいるの?」
「うん! 文芸部のヤツがいるんだ〜」
わたしは椅子から立ち上がり、二人を見た。しょうがない、行くとするか。わたしが立ち上がったことを確認した若葉は満足そうにくるりと踵を翻し、教室の扉へと向かって歩き出す。その後ろを、日菜子とわたしが保護者のように付いていく。