彼女に連れられて、駅前のドーナツ店へ。ショーケースから、もちもちの苺ドーナツとカスタード入りの苺ドーナツをトングで取る彼女を見て、可愛い子は可愛いドーナツが好きなんだな、なんて思う。
わたしも空気を読み、蜂蜜味のチュロスドーナツをトレイの上に載せた。その様子を見て、彼女は「それ、私も好きです」なんて言って微笑んでいた。
同学年っぽい子に奢られるのは気が引けたけど、「奢らせてください!」と何度も言う彼女に負けて、ドーナツとアイスココアをご馳走になる。彼女はピンクのドーナツ二つとミルクティーを注文し、奥の二人席へ移動する。ソファー席をさっと譲ってくれる気配りが、優しい。
「突然誘ってしまってごめんなさい。私、天台ほのかっていいます。奏とは、小中が一緒で……」
ほのかはミルクティーを飲んで、意を決したように口を開いた。でも声が小さくなって、言葉が詰まったみたいに止まってしまう。
「ええと……あなたは、奏の……高校のお友達、でいいんでしょうか」
「……わたしは海浜高の、春日美奈です。カナデとはクラスは違うけど、同じ高校」
「そっか、奏……海浜に行ってたんだ……」
ほのかはなんとも言えない、苦虫をすりつぶしたような違和感のある笑顔で微笑んだ。どこか無理をしているような、今にも泣き出してしまいそうな、そんな表情だった。そもそも、同じ中学出身の彼女がカナデの進学先を知らないだなんて、そんなことあるのだろうか。聞けなかったのか、本当に知らなかったのか。そんなわたしの心情を察してか、ほのかは苦笑しながら話を続けていく。
「奏、中学の途中で学校に来なくなって、最後まで会えなくて……。一緒に東高受けようって言ってたんだけど、いなくて……海浜受けてたんだね」
東高校は、県内有数の進学校だ。東高に行けば大半の生徒が難関大にストレート合格できるという噂もあるくらい、勉強の出来る生徒が集まっている。そのうえ部活動も盛んであるため、紛うことなき文武両道校だ。
その東高と偏差値の差が十くらいあるのが、わたしの通う海浜高校。海浜高校もいわゆる自称進学校であるが、東高との間には深くて大きな溝がある。そんな東高を目指していたカナデが、学校に行かなくなって海浜高に来ているなんて。いつか聞いた、カナデの入試の成績が首席であるという、そんな噂を思い出した。確かに東高を目指していたのなら、一位も取れるものなのかもしれない。
「奏とは、小学校の音楽クラブで知り合って。当時から一緒にトランペットを吹いていたの。このトランペットも、中学に上がったタイミングで奏と一緒に買いに行って」
少しフランクな口調になりながら、ほのかは椅子の横に置いていた楽器ケースを膝に置き、蓋を開ける。中には銀色のトランペットが収納されていた。少し年季の入ったケースだが、中のトランペットは電灯の光を反射して鏡のように輝いている。
わたしは隣に置いている楽器ケースを一瞥する。つまり、わたしが借りているこの楽器は、ほのかと一緒に買いに行った楽器ということになる。そんな思い出の楽器を、容易く人に貸していいのだろうかと心配になりつつ、わたしは口を噤んでしまう。
「奏、さっきトランペット背負ってたね。二人は吹奏楽部に入っているの?」
「いえ、わたしたち吹部には入ってなくて……カナデが個人的に、わたしに楽器を教えてくれてるだけで。この楽器も、カナデのだし」
何か後ろめたいことがあるかのように、言葉が少し早口になってしまう。そんなわたしをほのかは優しく見つめながら、顔を綻ばせた。
「そっか……奏が音楽を続けてくれていて、良かった」
ほのかの茶色がかった大きな瞳は、店内の暖かな灯を反射させて濡れていた。意味ありげに呟いたその言葉を自分の中で反芻させるように、ほのかは胸を撫で下ろす。
「あの……昔、カナデに何があったの?」
自然と言葉が口から出ていた。聞いていいのかな——興味本位でカナデの人生を知るなんて。でも、ここまで来たら知りたいし、知らなきゃ。これからもカナデと一緒にいたいから、逃げられない。
ほのかはミルクティーに口を付け、ゆっくりと飲み込む。細い喉が上下して、ほのかは丁寧にカップを机に置いた。桜色の唇が、わたしの知らないカナデの姿を紡いでいく。