目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

4

 天台ほのかが松波奏と出会ったのは、小四の春、音楽クラブの体験会だ。その小学校には中学の吹奏楽部のようなクラブがあり、四年生から入ることが出来た。入学時から演奏を見てきたほのかは、「四年になったら絶対入る!」と意気込んで、体験会に参加した。


 上級生が楽器を持って勧誘する中、ほのかは一人、どれにしようか迷っていた。フルートはお嬢様っぽくて素敵、サックスは大人っぽくてかっこいい。腕を伸ばすラッパもいいけど、大きいのは背が低いから無理かな……。


 くるくるくるくると音楽室の中を何度も見渡し、うーんと迷う。音楽クラブに入るということだけ決めていて、何の楽器をやりたいかは考えていなかった。ほのかがそうこうしているうちに、各楽器のエリアでは他の四年生が試奏をしたり入部を決めたりしている。


 これは困ったぞ、早く決めなきゃと思ったとき、突然、華やかな高音が耳を貫いた。輝くロングトーンに、ほのかはハッと振り返る。同級生っぽい女の子が、上級生から借りたラッパを吹いていて、横の上級生が目を丸くしている。


 その様子を見ていたら、女の子と視線が交わった。凛とした黒い瞳が、ほのかを捉える。その一瞬で、引き込まれてしまった。かっこいい。ほのかは駆け足で女の子に寄っていき、上級生を差し置いて声をかけてしまう。


「……きみ、すごいね! 私も、そんな風に吹けるかなあ」

「吹けると思うよ、やってみればいいんじゃない?」


 女の子は、手に持っていた楽器を軽い調子でほのかに渡す。初めて持った金色のラッパは、少しばかり重くてどこを持ったら良いのかも分からない。きっと高いだろうから、落とさないように、ぶつけないように……と思うと、変な汗が出てきてしまいそうだった。横にいた上級生が、きみもトランペット志望? と笑いながらほのかの持ち方を整えていく。


 上級生にされるがまま、持ち方を直され、吹き方を教えてもらう。初めてのことに苦戦しつつ、音が初めて出たのはそれから三十分くらい経過した後だったけど、音が出た時の高揚感を、ほのかは今でもよく覚えている。やった! とほのかが叫ぶと、上級生は嬉しそうに拍手をし、横で見ていた女の子もやったじゃんと微笑んでいた。


「私、四年一組の天台ほのかです! トランペットやりたいです!」


 ふわふわとした気持ちを胸に抱えながら、ほのかは勢いよく手を挙げて志願する。上級生は嬉しそうに、抱えていた名簿にほのかの名前を書き込んだ。


「天台さんを入れて、トランペットパート志望者は四人……残りの楽器も四台だから、これで募集は終了かな!」


 ぱん、と手を叩いて、上級生は名簿を先生のところへ持っていくために走り出した。どこか夢見心地のままその様子を眺めていたら、ツンツンと服の端を摘まれた。振り向くと、先ほどの女の子と、後ろに二人並んでいる。


「私、四組の松波奏。よろしく。あと二人同じパートの……」


 奏に続けて、同じパートになった二人と自己紹介を交わしていく。こうして、ほのかは松波奏と知り合った。奏は日に日に上達し、いつの間にかクラブ内でも圧倒的実力の持ち主となっていた。早い段階で主旋律を担うファーストパートの譜面を吹きこなし、音域も他の同級生と比べて幅広い。六年生になってからは、先輩が今まで担っていたソロパートを全て担い、個人で出ていたコンクールでは何度か入選をしていた程だ。


 そんなに凄い同級生に置いておかれまいと、ほのかも日々努力を続けていた。ほのかにとって、奏はライバルというよりは憧れの存在であった。練習のかいあってか、ほのかはいつの間にかトランペットのナンバーツーとしての地位を確立させ、奏の演奏を支えることを自分の吹きがいとしていた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?