中学でも二人は吹奏楽部でトランペットを続けていた。ただ、その部は緩い雰囲気が売りで、譜面は実力より学年優先。誰より上手い奏にも、主旋律の譜面は回ってこなかった。
奏は「吹ければ何でも良い」と気にする様子は見せなかったが、雑談ばかりのパート練習に嫌気がさしたのか、少しずつ部活に来る頻度が減っていた。その代わりに、個人でのレッスンを始めたようだった。ほのかはお人よしな性格のせいもあってか、毎日パート練習に顔を出し、きちんと自分の練習をこなしつつも、先輩たちの雑談に話を合わせる日々を送っていた。
学年が変わり、先輩たちがいなくなった後も、部活の雰囲気は変わらなかった。最高学年になったほのかは部長に推薦され、出席率の悪い奏に代わってパートリーダーを兼任することとなった。
ほのかは日々部員間の調整や部長業務に携わりながら、日々のパート練習では出来る限り後輩たちをまとめようと尽力していた。優しくて可愛くて面倒見の良いほのか部長は、後輩たちから熱狂的に支持をされてしまい、ほのかは少しだけ肩身の狭さを感じていた。
問題が起きたのは、中学三年生の春。夏のコンクールに向けた曲が決まり、パート内で譜面の割り当てを決めている時だった。その日のパート練習に奏は来ておらず、ほのかと後輩たちで譜面の割り当てを決定する必要があった。
部内の伝統である年功序列制度に当てはまると、ファーストの譜面は三年生の奏とほのかに割り当てられる。問題は、その譜面の中にあるソロパートを誰が吹くかというところであった。今年選ばれた曲はトランペットのソロが印象的な曲となっており、そのソロの出来栄えで全体の優劣が決まると言っても過言ではなかった。
ほのかは自分より上手い奏に吹いてもらいたいと考えており、それを後輩に伝えたところ、一人が反発した。
「私、ほのか先輩にソロ吹いて欲しいです。松波先輩、全然来ないし」
奏は個人レッスンに行ってるだけ——と反論する前に、もう一人が口を挟んだ。
「私も、ほのか先輩のソロが聴きたいです。ほのか先輩が毎日頑張って練習しているのを見てるから、先輩に吹いて欲しい」
後輩の勢いに圧倒されつつも、ほのかは二人を宥めようと優しく微笑む。そうは言ってもね、やっぱりコンクールだし一番上手い人が吹くべきだと思うの。その言葉は、心からの本心であった。
「……でも、部活だし、協調性って大事じゃないですか。松波先輩は確かに上手いかもしれないけど、自分勝手で全然協調性無いじゃないですか。そんな人がソロを吹いたところで……独りよがりな演奏になるだけじゃないんですか」
奏の悪口を言われ、かっと頭に血が上ったのが分かった。でも、ほのかは部長でありパートリーダーだ。ここで感情的になってはいけないと、必死で言葉を探している時、教室の扉が開いた。
その場の空気が一瞬で凍りつく。教室に入ってきたのは、金色のトランペットを携えた奏だった。二人の後輩はヤバい、と言うように顔を見合わせる。その他の後輩も、気まずそうに下を向いてしまった。奏、とほのかが名前を呼ぼうとした時、奏が先行して口を開いた。
「私も、ソロはほのかの方がいいと思うよ」
そう言い残し、教室の扉をぱしゃりと閉めた。ほのかは堪らず、その後ろ姿を追って行く。後輩たちは黙ったまま、椅子の上で固まっていた。