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「……美奈ちゃん、ありがとうね」


 わたしが手に持っていたスマートフォンのスピーカー越しに、ほのかの声が静かに響く。カナデが、驚いたように息を呑んだ。わたしがスマートフォンを掲げると、画面にはほのかのアイコンが浮かんでいる。カナデが画面を見て、目を見開いた。


「奏、私、迷惑なんて思ってないよ。あの時、奏を守れなくて……部長だったのに。もっと話すべきだった。ごめんね、奏」


 スピーカーに設定したままのスマートフォンから、ほのかの声が響く。女の子らしい優しげな印象の中に、どこか不思議と芯の強さを感じさせる声。ほのかの人柄を体現しているようだった。


 わたしは画面を操作して、スピーカーを停止する。そのままスマートフォンをカナデに差し出し、「後は二人で話して」とその手に押し付けた。


 この提案をしたのはわたしだった。カナデに会う前日、連絡先を交換していたほのかにメッセージを送っておいた。上手くいくか分からないけど、わたしがカナデに、ほのかの気持ちを伝えてみると。ほのかは、その提案に乗ってくれた。


 あーあ、と、柄にもないことをしてしまった自分を少しだけ恥じる。結果的に二人はお互いの気持ちが分かった上で会話をすることができて、めでたしめでたし……のはずなのだ。


 少し離れたところで会話をしているカナデを見ながら、自分の身体が少しずつ重くなっていくのを感じていた。気が付けば、太陽は水平線の向こうに沈んでいて、空は宇宙の色をした紺色のグラデーションで満ちていた。何の星かは分からないけれど、一番星が宝石みたいに空に埋められている。


 わたしの身体は、まるで夜に飲まれてしまったかのように、動くことができない。


 どうして、わたしはこんなことをしてしまったんだろう。二人が仲違いしたままでも、わたしに何の影響も無かったのに。仲良くしているカナデが辛そうで、何とかしてあげたかったから? そんな、美談として語れるような綺麗な理由じゃないと思う。もっと、どろどろとして汚い理由だ。


 ……きっとわたしが、二人の関係に割って入りたかったからなんだろう。わたしの知らない、カナデとほのかの関係に。


 因縁を残したままだと、カナデはほのかのことを、ずっと心のどこかで引きずるだろう。それなら、いっそ綺麗に仲直りさせてしまった方が良い。それも、二人で解決するのではなくて、わたしを介入させて解決したほうが……カナデはわたしを見てくれる。


 カナデがわたし以外と繋がるのが嫌だった。ほのかが先にカナデを知ってて、特別な縁があるのは分かってる。でも、胸がざわついて仕方ない。だから、せめて今からの関係に、わたしという存在を無理矢理でも食い込ませたかったんだろう。


 人にあまり執着することがなかったわたしが、こんなことを思うなんて。いや、違う。私はそんなに執着するような人間じゃない。なのに、どうしてこんなにカナデのことが気になるんだろう。


 いつの間にか、自分の中でカナデの存在がすっかり大きくなってしまっていたようだ。カナデは、何も無かったわたしにトランペットを与えてくれた。それだけじゃなくて、わたしのことを認めてくれたり、色々なことを気付かせてくれたり。


 知らない間に、わたしにとってカナデは大切な人になっていた。わたし以外、他の人を見て欲しくないと思ってしまうほどに。そんな気持ちに気付いてしまった。


 身体は鉛のように固まって動かない。ただ、眼球だけがカナデの姿を追っている。「ミナ、ありがとうね。終わったよ」なんて言いながら帰って来たカナデに気付かれないように、わたしはいつも通り、口角を上げた。


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