海浜高校は海辺にあって、船みたいに二階がメインフロアになっている。一年生の教室は四階だから、外に出るには二フロア降りる。放課後になると、階段は部活に向かう生徒や一刻も早く帰ろうとする帰宅部の生徒でいつもごった返している。わたしは部活に行く若葉と日菜子を見送り、自席でスマートフォンを弄って時間を潰していた。
特に興味もないニュースサイトを眺めていると、速報で芸能人の結婚速報が流れていた。すごくどうでも良いなと思いつつ、画面をスクロールする。わたしにとってはどうでも良い情報でも、きっと誰かにとっては生活を脅かすレベルで重大な速報なのだろう。くだらないなあ。
頬杖を付いてぼんやりとしていると、約束の時間が近付いていることに気付いて慌てて席を立つ。そろそろ、カナデの用事も終わった頃だろう。
誰もいない階段を駆け下り、昇降口で靴箱に寄りかかっているカナデを見つける。携帯を弄っていたけれど、足音に気づいて笑顔を向けてきた。視線が交わり、わたしもそれに合わせて笑顔を作る。
「ミナ、お待たせ。突然担任に呼び出されちゃってさ、ごめん」
「全然。呼び出し、大丈夫だったの?」
「授業サボり過ぎって怒られたよ。まあ、自覚はあったんだけど……これからはもう少し出ないとかなー……」
「うわあー……わたしも気を付けなきゃ……」
カナデは大きく身体を伸ばして、あくびをひとつ。本当に自由だなあなんて思いながら、靴箱で靴を履き替える。わたしのローファーがカタンと落ち、カナデのスニーカーは勢い余って逆さまになった。
とんとん、とつま先を地面に何度か叩き、カナデの横に並んで校舎を出る。
「土曜日はありがとね。あの後、ちゃんとほのかと話せたよ」
「そっか。仲直りできて良かった」
バス停へ向かいながら話す。いつも通りの会話のはずなのに、胸がざわつく。それでも、カナデの笑顔を見ると、つい心が緩んで安心しそうになってしまう。だけど、それを見せたらいけない気がして、鞄を持つ手に力を入れた。
「そういえば、今朝は若葉ちゃんがいきなりクラスに行ったみたいで、ごめんね……東高の文化祭、本当に良かったの?」
「突然『松波奏〜!』って言いながら来たからびっくりしたよ。面白い子だね。予定は無かったから、別に大丈夫。ほのかも喜ぶかもしれないしね」
横目で表情を伺うと、カナデは思い出し笑いをしているような笑顔を浮かべていた。それは若葉のこと、それともほのかのことを思った表情なの? そう思うと、胃が再び重くなる。
突然、カナデが早足で一歩前に出て、くるりと振り返った。その拍子に、背負っている黒い楽器ケースの金具が、楽しげに鳴る。
「さっき汐見さんと轟さんが来たとき。『松波さんが来てくれたら、美奈ちゃんがすごく喜ぶと思うから!』ってめちゃめちゃ言われたんだけど。そうなの?」
「えっ⁉」
その言い方は、きっと日菜子だろう。日菜子めと思いながら、体温が上昇していくのを感じた。カナデの視線を浴びつつも、わたしは目を逸らしてしまう。
「……う、うん。カナデが一緒だと、嬉しい、かも」
「そっか、私もミナといると楽しいよ」
カナデのことを直視できず、俯いてしまう。カナデは、どんな顔でその言葉を言ったんだろう。それでも、言葉だけで、わたしにとっての威力は十分だった。うう、と照れたわたしを笑いながら、ちょうど来ていたバスに乗り込み、二人席に腰掛ける。
狭い席で、カバンと楽器ケースを抱えてぎゅうぎゅうだ。肩が触れて、スカート越しにカナデの太腿の熱がじんわりくる。こんなに意識するつもりはなかったのに、気づくと余計に暑く感じてしまう。いやいや、決して変な意味はないんだけど……こんな時に限って汗ばむなんて、本当に勘弁してほしい。
火照る身体で雑談を交わしていると、いつの間にかバスは駅前のロータリーに到着していた。次々と降りていく乗客に続いて、カナデが席を立つ。身体の触れていた箇所から体温が消え、その名残だけが残っていた。わたしは何てことないような顔をして、カナデに続いて席を立った。
楽器ケースを握り締め、いつものカラオケ店へ向かっていく。先週カナデから出ていた宿題の練習曲は、多少吹けるようになっているはず。雑念を取り払わないと、なんだかヘマをしてしまいそうだ。
気付かれないようにそっと息を吐き、夏の空気を肺に取り込む。夏の空気は重く、喉を通るたびに少しは落ち着くかと思ったのに、逆に胸の奥で熱がくすぶるようだった。