土曜日、待ち合わせ十分前に駅に着くと、改札脇の自販機横に若葉がいた。
「お、美奈氏が二番手か。おはよ〜」
わたしのことを見つけるなり、にんまりと笑ってとことことやってくる。身長が小さくて童顔の若葉は、一挙一動が小動物みたいで可愛らしい。なんだかハムスターに似ているような気がする。本人に言ったら、すごく怒られそうだけど。若葉の私服を見るのは初めてだが、Tシャツにショートパンツという装いで、下手したら小学生でも通ってしまうのではないだろうか。
そんな若葉と適当に雑談をしていたら、「お〜い」と日菜子の声。見ると、可愛い服に身を包んだ日菜子が小走りをしていた。いつもの二つ結びがゆるい三つ編みになっていて、花付きの麦わら帽子が目立つ。フリルが沢山付いた甘いマリンテイストのワンピースから伸びた脚元は、リボンが目立つサンダルで決めている。
「うおっ」
天使のような微笑みで手を振ってくる日菜子のあまりの眩しさに耐えかねて、わたしと若葉はつい目を瞑ってしまう。か、可愛すぎる。わたしは、自分が着ている花柄のワンピースを改めて見下ろした。この服も可愛いと思って買ったけど、日菜子の服の可愛さを前に霞んでしまう。
「美奈氏……これが、恋する乙女のパワーか……」
「ほんとにね……」
若葉とコソコソと言葉を交わしていると、日菜子はきょとんと首を傾げていた。そんな仕草まで愛らしい。恋をすると、人はこんなにも可愛くなれるのだろうか。
「若葉ちゃんも、美奈ちゃんも、今日は付き合ってくれてありがとうね」
日菜子の微笑みは、いつもの三倍ましで眩しく見える。よく見ると瞼の辺りがきらきらと光の反射で輝いていて、軽く化粧もしているようだった。それに、なんだか甘い香りもするような……。
日菜子のオーラに惚けてぼんやりとしていると、改札から見慣れたカナデが出てくる。シャツにジーンズのいつもの格好で、安心した瞬間、心臓がドキッとした。相変わらずシンプルな服装だけど、元が良いからか格好良く着こなしている。わたしたちに気付いたカナデは、片手を上げて爽やかにこちらにやって来た。
「やっぱり、松波さんってかっこいいよね……美奈ちゃんとお似合いだと思うよ」
カナデを見ながら、日菜子がこそこそと小声で耳打ちをする。もしかして、若葉も日菜子も、わたしとカナデの関係を楽しんでないか? 見せもんじゃないぞ、と思いつつ、少しばかり呆れてしまう。わたしなんかの友人関係に、わざわざ足を突っ込んでくるなんて、二人はとんだお人よしだ。
駅から十分程度歩いた閑静な住宅街の中に、東高は立地している。わたしは偏差値が届かなくて全く眼中になかったから、今まで訪れたことは一度もない。日菜子は何度か行ったことがあるようで、先頭を若葉と日菜子、その後ろにカナデとわたしが続く形で歩き出す。隣を歩いているカナデも、元々は東高を志望していたみたいだから、きっと訪れたことはあるのだろう。
「でもさ、松波奏って頭良いんだから、東高余裕だったでしょ?」
前を歩く若葉が振り向いて軽く言う。事情を知らなくてもズバズバ聞けるの、若葉らしいといえば若葉らしい。
「ああ……最初は志望してたんだけど、出席日数が引っかかりそうで。それで海浜を受験したんだよね」
「東は確かに欠席多いと調査対象になるって聞いたことあるわー、流石エリート校だよね〜。ていうか、松波奏って中学からサボり魔だったんだね!」
何も知らない若葉はあっけらかんと笑う。カナデは気を悪くした様子も見せず、合わせて笑顔を見せていた。なるほど、そういう理由で海浜を受験したのか……不覚にも、カナデの新情報をゲットしてしまった。わたしも若葉くらいのコミュニケーション能力があれば、カナデのことを色々と聞けるのかもしれない。
「まっ、松波奏が海浜を受けてくれたおかげで、今こうして一緒に居られる訳だしね! 悪くなかったでしょ?」
振り向いたまま、白い歯を見せて若葉が笑う。その笑顔は、心から嬉しさを滲ませているような、とても気持ちの良いものだった。笑顔を受けたカナデも、そうだねと言って微笑んでいる。その様子を見ていると、若葉の素直さが羨ましいと思ってしまった。
「海浜に来たおかげで、ミナとも出会えたしね」
耳元で、ぽそりと呟かれた。カナデの吐息が髪を揺らし、一瞬で身体が熱を持つ。たじろいでカナデの方を振り向くと、お腹を抱えて小さく笑っていた。
「カナデは! すぐそうやって人をからかって!」
「いやー、こないだ遊びに行った時、ミナって照れ屋なんだなあと実感して……」
くっくっく、といたずらっ子のように笑うカナデ。からかわれるのはしゃくだけど、こんなに楽しそうなカナデの姿を見てしまうと、こちらも怒るに怒れない。わたしだって、カナデが海浜に来てくれて良かったと思ってるけど……!
「おっ、美奈氏が真っ赤だ〜。松波奏と一緒だと、そういう反応するんだー……やっぱ今日、松波奏を誘って良かったな」
振り向いた若葉も、わたしの姿を見てにたにたと意地の悪い笑みを浮かべていた。日菜子も控えめに笑っているが、口元が何だかにやけているような気がする。この二人、やっぱり楽しんでいる。リアクションに困るから、本当にやめてほしい。