三人にからかわれつつも足を進めていると、あっという間に東高の前に到着した。古めかしい校舎の前は、クラスTシャツに身を包んだ学生や、見学に来たであろう中学生の集団、大学生みたいな人たちでごった返している。
「おー、賑わってるな〜。文武両道なだけあって、文化祭も力が入ってそうだよねー」
若葉が人混みを仰ぎ見た。人が多すぎて、小さい若葉は飲み込まれてどっかに行ってしまいそうだ。人に揉まれながらパンフレットを受け取り、校舎内に足を踏み入れる。全体的に年季が入っているようで、学内は少しだけ薄暗かった。しかし、そんな校舎とは対照的に、若い賑やかな声がところかしこから聞こえてくる。
まずは、日菜子のお目当てである蒼のクラスに足を運ぶことにした。パンフレットを見ると、「一年B組 劇 シンデレラ」と記載されている。人をかき分けながら蒼の教室に到着すると、壁一面が煌びやかにデコレーションされており、青いクラスTシャツを着た学生が熱心に客引きをしているところだった。
「次の上演は十分後だって……観に行ってもいいかな?」
日菜子の提案を、もちろんと了承する。教室の中には手作りのステージが置かれており、暗幕や照明、客席がセットされていた。教室がこんな風になるのか、作るの大変そうだなあなんて思いながら、空いている椅子に並んで座る。
暗幕の向こうでは、キャストと思われる学生が準備に勤しんでいるようだった。ぼーっとしながら眺めていると、ふいに暗幕から王冠を被った王子が顔を覗かせ、輝くような笑顔になった。
「日菜子! 来てくれたんだね」
軍服のような服に身を包んだ王子は、マントをはためかせてわたしたちに近付いてくる。あまりの王子様っぷりに、近くにいた女子生徒が軽く歓声を上げていた。王子は、日菜子の恋人の作草部蒼だった。
「蒼ちゃん! 王子様の役だったの? すごい、似合ってる」
日菜子は席を立って、蒼の元に駆け寄った。日菜子の頬は紅潮し、桜のような色をしている。かわいいな、と素直に思った。王子、もとい蒼は日菜子と一緒にわたしたちの前にやって来て、「若葉ちゃんと美奈ちゃんも来てくれたんだね。ありがとう」と王子様スマイルで笑いかけた。日菜子の恋人だって分かっているのに、つい心臓がどきりとしてしまう。
「若葉ちゃんと美奈ちゃんと……ええと、初めましてだよね」
蒼は視線を順に投げかけ、カナデでその視線が止まった。カナデはなんだか居心地が悪そうに、名前を名乗る。すると、蒼は「奏ちゃんか。いつも日菜子がお世話になってます」と丁寧に微笑みかけた。
「奏……ちゃん……?」
カナデは小声で呟き、フリーズしてしまう。どちらかというとボーイッシュな見た目のカナデが、同級生、しかも蒼のようなイケメンからちゃん付けで呼ばれているのは新鮮だ。蒼は再び日菜子に向き直り、笑いかける。
カナデは蒼の関心が自分から引いたことを確認すると、「何、あの王子。すごいイケメンじゃん。本当に女の子? ていうか、轟さんの恋人……⁉」と驚いていた。その気持ちは大変よく分かる。先日会った時も顔が良いとは思ったが、今日は王子様服が拍車をかけ、より蒼は輝いて見えた。東高が女子校だったら、きっととんでもないことになっていただろう。
「蒼ー、最後、ちょっと確認したいんだけど」
暗幕から、聞き慣れた声が聞こえてきた。はっとして顔を上げると、声の主と視線が交わる。
「……あれっ、美奈ちゃん? って、ええ⁉ 奏も来たの⁉」
黒い幕から勢いよく飛び出してきたのは、おんぼろの服に三角巾を被ったほのかで、目を丸くしてこっちを見た。東高のどこかにいるとは思っていたけれど、まさか蒼と同じクラスだったとは。ほのかは駆け足でこちらにやって来て、わーっと歓声を上げる。カナデとは無事仲直りしたとのことだったので、カナデも普通に挨拶を交わしていた。
「あれっ、ほのか。美奈ちゃんと奏ちゃんと知り合いなの?」
「蒼も二人と知り合いなの? 奏は中学が同じで、美奈ちゃんとはこないだ知り合ったの」
近くにいた蒼が会話に加わる。ほのかと蒼は仲が良いようで、お互いを呼び捨てにして呼び合っていた。ほのかがボロボロの服を着ているということは、どうやらシンデレラの役のようだ。すっきりとした顔立ちの美少女であるほのかに、うってつけの役だ。それに、こうして蒼と並んでいると、蒼は女の子だけれど美男美女感が凄い。
蒼とほのかが会話を交わしている中、目を俯きがちに伏せている日菜子が視界に入った。その瞳は水分を含んでいるようで、蛍光灯の光を反射している。口は真一文字に結ばれて、まるで何かを我慢しているようだった。
「あっ、もうすぐ時間だ。奏も、美奈ちゃんも、お友達も、楽しんでいってくれたら嬉しいな。蒼、行こっ」
「それじゃあみんな、またね」
二人は時計を確認し、ひらひらと手を振りながら暗幕の中に戻っていく。二人の姿が消えたあと、教室の電気が消灯された。ちらりと日菜子を盗み見ると、その表情は珍しくどこか憂鬱そうな、今にも泣きそうな顔をしていた。