演奏会が終わり、若葉と日菜子と合流する。二人とも楽しめたようで、何度も凄かったね〜と言い合っていた。
演奏の余韻が残るまま会場を後にすると、「……さて! いい頃合いだけど、お三方まだ時間あります? ちょっと寄り道してから帰らない?」と、若葉がぱん、と柏手を打って提案する。
時計を確認すると、二時を過ぎた頃だった。校内はもうだいぶ回ったところだったので、恐らく学外での寄り道を提案しているのだろう。特に予定も無かったので了承すると、日菜子とカナデも頷いた。
若葉は、駅前のコーヒーチェーン店にわたしたちを連れて行った。子供らしい印象の若葉とコーヒーのイメージは正直あまり結び付かなかったが、「期間限定のスワークルってやつ? 飲みたかったんだよね〜」と看板を指差しているところから、どうやらお目当てはコーヒーではなかったらしい。
レジで若葉は柑橘系のスワークルを注文し、続けて日菜子がココアラテ、カナデがカフェラテを注文する。皆がスムーズに注文を終えて行き、少しだけどぎまぎしてしまう。
ええと、どうしよう。あんまり苦いものは飲めないんだけど……。メニューを見ながら唸っていると、「苦いのが苦手ならモカマキアートとかでもいいんじゃない?」とカナデが助け舟をだしてくれた。じゃあ、それで。皆同い年なはずなのに、わたしだけ上手く注文ができなくて、なんだか一人だけ子供みたいだ。
店内の端にある二人掛けの席が二つ空いていたので、そこに並んで腰掛ける。カナデは自然とわたしの隣に座ってくれた。着席するなり、若葉は勢いよくストローを吸い、ひととおり吸って満足したのか口を開いた。
「それでさ、日菜子氏がなんだか元気ない理由はなんだい? 言ってみな?」
「ええっ? わ、私?」
名指しされた日菜子が目を丸くする。若葉もやはり気付いていたのか。ふざけているようで、若葉はきちんと周りを観察して、更に声をかけることができる子みたいだ。気にかけるだけで終了してしまったわたしより、人間ができあがっているように感じてしまう。
「文化祭の途中からなんかしょんぼりしてないー? 朝は元気だったのにさ」
うっ、と痛いところを突かれたのか、日菜子は口角を歪めてしまう。ココアラテを一口含み、小さく息を吐き出した。
「……大したことじゃないけど、蒼ちゃんが学校の子と仲良くしてるの見て、私の知らない世界があるんだなあって実感しちゃって。当たり前なのに。でも、なんだろう。……疎外感? っていうか、ヤキモチ? なのかなあ。心配かけちゃってごめんね」
日菜子は目を伏せながら、俯きがちに呟く。細かい粒子で彩られた瞼が、潤んだ瞳を隠そうとしていた。
日菜子のその気持ちは、なんだか分かるかもしれない。自分の知らない人間関係や、環境があることについて、仕方ないことだと分かっているけれど、どうしても気になってしまう。
「なるほど。日菜子氏はつまり……蒼氏の全てを把握したい系なの?」
「うーん……そうなのかなあ。あとは、蒼ちゃんの周り、可愛い子ばっかりで……。特に、あの、お姫様を演じてた、松波さんと美奈ちゃんの友達の子かなあ。可愛いし、優しそうだし、演奏も凄かったし……あんな子が学校で隣にいると思うと、なんだか自信なくしちゃう」
可愛い服に身を包んでいる日菜子は、力なく笑った。わたしにとっては日菜子も十分可愛らしいのに、日菜子もほのかに対してそんなことを思ってしまうのか。
「ほのかさんを凄いと思っちゃう気持ちは、すごくよく分かる……でも、日菜子ちゃんは蒼さんの恋人だし、もっと自信持ってもいいんじゃないかな」
口から出た言葉は本心だった。日菜子は蒼の恋人だ。どう見たって、その関係にほのかが入り込む余地はないだろう。むしろ、ほのかは……そこまで思ったところで、考えるのを辞めた。
「そうだね。ほのかは部活馬鹿みたいなところがあるから、恋愛とかは興味ないと思うよ。ていうか、ミナもほのかに対して引け目みたいなの感じてるの?」
「う……あんなに凄い人に出会っちゃうと、自分が惨めに思えちゃうの……!」
「あ、美奈ちゃんの気持ち、すごいよくわかる……!」
ネガティブ二人組が項垂れていると、カナデは呆れたような顔をした。若葉も「そんなもんかねー?」と言いながらスワークルを飲んでいるので、共感してはいなさそうだ。
「ミナはミナだし、轟さんは轟さんじゃん。それぞれ良いところがあるんだし、他の人は気にしなくて良いと思うけど」
カフェラテを啜りながらさらりと言うカナデに対して、そうは言ってもと反論したくなったがぐっと堪えた。
カナデは、ほのかとわたし、どちらかを選べと言われたらどうするのか。ほのかの方が全てにおいて優っているのだから、わたしを選ぶ理由なんてないだろう。
「……松波さんと美奈ちゃんの言うとおりだよね。私は蒼ちゃんの恋人で、蒼ちゃんは他の子じゃなくて私を選んでくれたんだから、それを信じなきゃダメだよね」
そう、日菜子は蒼に選ばれている。それが、わたしと日菜子の大きな違いだった。日菜子と蒼には恋人っていう絆があるけど、わたしとカナデはどうなんだろう。ただの友達なのに、胸を締め付けるこの気持ちは何? 友人に向けるには、あまりにも大き過ぎるものではないだろうか。
カナデが提案してくれたモカマキアートを口に含む。微かに甘いチョコレートの香りが鼻腔を擽り、コーヒーの苦味を中和する。舌には温かい感触が伝わるが、胸のざわつきは消えなかった。
カップを両手で包み込み、俯いた視線を隣へ飛ばす。カナデの細い手が、机に置かれていた。チョコレートがカップの底でゆっくりと混ざっていくように、自分の中のもやもやも、うまく混ざってくれたらいいのに。なんて思いながら、もう一口、モカマキアートを口に運んだ。