ほのかが連れてきたのは駅前のファミレス。ボックス席でメニューを開きながら、ほのかがにこにこしている。タブレットでいくつか料理を注文し、ほのかは改めてわたしに向き直った。
「美奈ちゃん、こないだの奏のことや文化祭、ほんとにありがとう。お陰で仲直りできたから、お礼どうしようって思ってて……」
ほのかが頭を下げそうになって、慌てて「いいよ!」と止める。わたしのエゴで動いただけなのに、そんなお礼をされると困ってしまう。
「全然、何もしてないよ。カナデと仲直りできたみたいで、良かった。連絡は結構取っているの?」
笑顔を貼り付けて、世間話風に尋ねる。ほのかは何も気付かないまま、そうだなあと首を傾げた。
「うーん、奏ってあんまりマメに連絡返さないでしょ? だから、そんなでもないかな」
良かった、と胸が軽くなった気がした。これで毎日連絡してるって言われたら、心臓止まりそうだった。ほのかの言う通り、カナデはあまり頻繁に連絡をしてくる方じゃない。でも、わたしには二日に一回くらいのペースで連絡をしてくれるから、それはきっとカナデの優しさによるものだろう。わたしも元々頻繫に連絡するほうじゃなかったけど、すっかり変わってしまったな。
「それよりさ、美奈ちゃんは奏にトランペットを教えてもらってるって言ってたよね。どうしてやり始めたの?」
ほのかの目線が、わたしの横に置かれたトランペットケースに移る。顔を動かした反動で、ほのかのさらさらとした長い髪が涼しげに動いた。
「ええと……カナデが一人で吹いてるのをたまたま見かけて、かっこいいって思って、誘われて、なんとなく……かな」
目線を上の方で彷徨わせ、当時のことを思い出す。これで、ほのかの質問に答えられているのだろうか。
「そうなんだ! 奏の演奏、かっこいいよね! 分かるよ。あの音、パァーンって張りがあって、響きが全然違うんだもん」
「ほのかさんも、そう思うの?」
「中学まで隣で吹いてたからね、嫌でも耳に入ってくるよ。あの音に、ずっと憧れていて、追いつきたかった。でも結局、奏には追いつけなくて、今でも全然」
あはは、とほのかは珍しく自虐的に笑った。確かにカナデの演奏は魅力的だが、ほのかの演奏にはカナデには無い別の魅力がある。どちらも甲乙つけ難いと思うけれど、ほのかはずっとカナデの背中を追い続けているのか。
「じゃあ、美奈ちゃんは奏の一番弟子だ」
ほのかが優しく笑う。こんな素敵な笑顔なのに、嫉妬で胸がちくっとした。
「弟子ってほどじゃないよ。それに……わたし、カナデが教えてくれているのに、最近全然吹けなくて。さっきも練習してたけど、だめで……」
スカートの上で、手をぎゅっと握りしめる。自然と声が小さく途切れていき、眼球が潤んでいく。
「……このままじゃ、カナデに見捨てられちゃうかも」
ぽつりと言うと、ほのかが目を丸くして身を乗り出した。その拍子に、テーブルの上のグラスが音を立てて揺れる。
「えっ、そんなことないよ! 美奈ちゃんも、奏がそんな子じゃないって分かってるよね?」
ほのかは諭すように語りかけた。ほのかの言う通り、わたしだって分かっている。カナデは優しいから、わたしを見捨てることはない。でも。
「……そうなんだけど。でもやっぱり、吹けるようになりたいよ」
カナデの笑顔に応えたい。カナデやほのかと肩を並べるレベルには、到底なれないと分かっている。それでも、せめて、カナデがわたしに伝えてくれたことを、叶えられる自分でありたかった。
ほのかは暫く考え込み、そうだ、と手を打つ。
「じゃあさ、夏休みの間、私と一緒に練習しない? 上手くなって、奏をびっくりさせちゃおうよ」
「え?」
「私も部活が午後からの日は、午前中自主練しようと思ってたんだ。どうかな?」
ほのかが勢いよく、ぐいと顔を近づけた。なんだか顔が生き生きとしているのは、気のせいだろうか。
「いや、でも、迷惑じゃ……」
「全然! むしろ、これを機に美奈ちゃんと仲良くなりたいし! それに、いろんなことのお礼も兼ねて。ね、どうかな?」
目を輝かせたほのかの勢いに押されて、つい笑ってしまう。会うのは三回目なのに、大人しい第一印象がぐいぐいくるタイプに変わっていた。
「えっ、私、何か変なこと言ったかな」
「ううん。……じゃあお願いしようかな、ほのかちゃん」
ほのかが頬を赤くして、「うん!」と嬉しそうに笑う。一緒に練習するメリットなんてないのに、純粋な瞳で「仲良くなりたい」と言ってくれる。そんなほのかに嫉妬してた自分が、ちょっと馬鹿みたいに思えてしまった。