「なるほど、そこが美奈ちゃんの課題だね。でも、数ヶ月でこんなに吹けるなんてすごいよ!頑張ってきたんだね」
ほのかはにっこりと笑って、わたしの演奏の良かった点を述べ始めた。あまりにも褒めてくれるものだから、背中に後光が見えそうだ。続いて、わたしの課題である高音についてもアドバイスをしてくれる。ほのかが高音を克服した時の練習方法も教えてくれて、暫く一緒に練習をしてくれた。
つい、ほのか先輩と呼んでしまいそうになる。ほのかが慕われている理由が、よく分かった気がした。
「なんだか全体的に焦っているような印象かも? もう少し、肩の力を抜いてリラックス〜して吹けると、もっと良くなると思うよ!」
一通りの練習を終えた後、柔らかい笑顔でほのかが言った。焦り。言われてみれば、最近のわたしは「カナデに見捨てられないように……」という理由でがむしゃらに練習を重ねていた気がする。
「リラックス……」
やっぱりわたしの焦りが、空回りして演奏に反映されてしまっているのか。それじゃあ本末転倒じゃないか。
「奏のために頑張ってる気持ちは、すごくよく伝わってくるよ! むしろ、ちょっと頑張りすぎなのかもね? 奏、美奈ちゃんにそんなに思われててズルいなあ」
心を見透かされたような気がして、一瞬どきりとする。いやいや、ほのかはただ演奏のことを言っているだけで、ここ最近のカナデへの執着心のことはバレていないだろう。
「美奈ちゃん、奏のことが大好きなんだね」
ほのかの銀色のトランペットが、暖色の光に照らされてキラキラ光った。眩しくて目を細めたら、胸が大きく鳴り響いた。
カナデのことが、大好き。そうか、わたし、カナデが……。
「ええっ⁉」
思わず声が裏返る。頬が一気に熱を持ち、身体中が沸騰したように熱くなった。
「えっ、違うの?」
「いや、違くはないと思うけど……ええ? 好き……?」
一人であたふたとしているわたしを、ほのかは不思議そうに眺めている。カナデへの執着や、ほのかへの嫉妬。全部、カナデのことが好きだったからなのか。
好き。そう実感した途端、胸の辺りがじんわりと温かな気持ちになった。でも、好きって一体、どういうことなんだろう。
部屋を出て、受付にいたカナデのお兄さんに伝票を渡す。
「お兄さん。奏に、私と美奈ちゃんが一緒に来たこと、言わないでくださいね。奏には秘密で特訓中なんです」
ほのかは悪戯っぽく言い、わたしの顔を覗き込む。
「頑張って奏をびっくりさせちゃおうね!」
わたしよりもほのかの方がノリノリになっている気がするけれど、練習を見てもらえるのは正直ありがたい。ほのかにつられて頷くと、お兄さんがその様子を微笑ましそうに眺めていた。
ほのかと昼食を共にし、部活に向かう彼女に手を振って別れる。午前中、わたしに付き合って沢山吹いていたはずなのに、これからまだ吹くなんて。既に口の周りの筋肉がヘトヘトに疲れているわたしとは、スタミナが違うんだろうなあ。わたしも頑張らないと、と楽器ケースを持ち直すと、鞄の中でスマートフォンが振動した。
……カナデかな?
ほんのわずかな期待と共にスマートフォンを取り出し、画面を見る。予想は外れて、日菜子からメッセージが届いていた。
『蒼ちゃんと、喧嘩しちゃった』
若葉と日菜子のトークルームに浮かんだ吹き出しをじっと見つめて、一瞬息が止まった。
「えっ」
わたしは息を呑んで、スマートフォンを落としそうになる。日菜子が、あの蒼と喧嘩? 東高の文化祭の時、様子がおかしかった日菜子のことを思い出す。もしかして、その件? 何て返信をすれば良いか分からず指を止めていると、画面に若葉のメッセージが表示された。
『日菜子氏、大丈夫? 話聞くよ! 緊急集合~!』
わたしも慌てて、会える旨を書いてトークルームに送信する。暫くして、若葉が待ち合わせ場所に東高の文化祭後に来たコーヒー屋を指定した。わたしが今いる場所から、すぐに行ける場所だった。