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第12話

 彼女アーシェと一緒に剣の稽古をしていた時、冒険者は言った。

 俺達は相性が悪いため、稽古はほどほどにしておけと。

 その言葉の意味が理解できず、彼が居なくなった後も俺達は稽古を続けていた。


 だが次第に実力が伴ってくる内に、俺は本気で打ち込めなくなった。

 彼女は後に剣聖を授かるほど剣に関して天賦の才能を持っており、俺の打ち込みをそのまま受けるヘマはしない。

 それは十分に理解していた。だが、なぜか本気での打ち込みをする瞬間、体が硬直した。


 そして理由はすぐに分かった。

 万が一にも。なにかの手違いで彼女が怪我をする可能性があると考えると、腕は自然と止まっていた。

 これが冒険者の言う、相性が悪いという言葉の意味だったのだと、遅まきながらに理解した。

 しかし、それを彼女に伝えることはできず、最後まで手を抜いていたのだと、彼女に散々に責められていた。


 ただそれも彼女が剣聖のジョブを授かるまでの間だった。

 圧倒的な実力差が開いた後では、彼女にとって俺の剣なんて止まって見えた事だろう。

 その不自然な挙動にも疑問を抱くことがなくなり、最近では剣の稽古をすることもなくなっていた。 


 この感情をひた隠しに戦ってきたつもりだが、それが正解だったのかもしれない。

 感情を打ち明けていれば、彼女は俺を見捨てることを悩んでしまっただろう。

 俺達の夢である、あの冒険者の後を継ぐ為にも、俺の感情など押し殺しておくべきだ。

 勇者と共に多くの人々を救うであろうアーシェの活躍を阻害することを、俺は望んでいない。


 今となっては、もはや会えない彼女に対して、最後まで気持ちを伝えなかったことに、少しだけ安堵していた。

 そんな弱い自分に、剣聖の隣で戦う資格はないのだと、自分への侮蔑を感じながら。


 ◆


 凄まじい勢いでドアが開かれ、蝶番が悲鳴を上げた。

 しかしその衝撃と音で、夢の深くから引き揚げられる。

 見ればドアを蹴り破ったビャクヤが、そこにはいた。


「起きろ、ファルクス!」


 切羽詰まった彼女の声に混ざって聞こえるのは、外からの悲鳴だった。

 窓の外を見れば、紅蓮の炎が夜空を照らし出している所だった。 


「この騒ぎはなんだ!?」


「襲撃だ! 村の上空に飛竜が出現した!」


「飛竜……ワイバーンが!? なぜこんな場所に上級の魔物が現れるんだ!?」


 ワイバーン。言わずと知れた上級の魔物で、英雄譚などにも登場する存在だ。

 空を高速で飛び回り、灼熱の炎を吐き出す。分厚い鱗は並みの武器では歯が立たず、高い生命力で殺すことも難しい。

 本来ならばゴールド級やプラチナ級の冒険者が相手をする魔物だ。

 それが、なぜこんな村に。

 困惑しているのはビャクヤも同じようで、彼女は上ずった声で、首を振った。


「分からぬ。 だが、これがただ事ではないことだけは分かる。 そしてこのままでは、村がどうなるかも」


 辺境の村が、魔物に襲われて壊滅する。そんな話は、どこにでも転がっている。

 強力な魔物が縄張りを移動すれば、それだけで多大な犠牲が出ることもしばしばだ。

 だが、それに抗った冒険者がいた。

 黒い剣を片手に、ボロボロになりながらも村を守った冒険者が。

 村の近くに住み着いたワイバーンと相打った、あの小さな英雄が。

 俺は、あの冒険者を目指して、冒険者になったのだ。

 ならばやることは、決まっていた。


「行くぞ、ビャクヤ。 ワイバーンを、俺達が仕留める!」


 ◆


 宿を飛び出してみれば、そこには地獄の様な光景が広がっていた。

 空から降り注ぐ灼熱の吐息によって家屋は燃え盛り、巻き込まれた人々は生きながら焼かれる苦痛で絶叫を上げる。

 そしてその死を振りまく元凶は、巨大な双翼で風をつかみ、天空を舞っていた。

 ワイバーンの恐ろしい点は数多くあるが、もっとも顕著な物はその翼だ。

 高位の冒険者パーティならば攻撃魔導士や魔弓使いなど遠距離攻撃を持つメンバーによって、ワイバーンを大地へ引きずり下ろすこともできる。

 しかし俺達は両方とも接近戦を専門としている。

 ビャクヤの薙刀が長いと言っても、それは常識の範囲内だ。空を駆け回る相手に届くわけではない。


「クソ、どうにか空から引きずり下ろさないと、一方的にやられる」


「なにか策はあるのか? 流石の我輩でも空は飛べないぞ!?」


「無いことはない。 ただ、成功率は極めて低い」


「やるしかないだろう! 大丈夫だ! ファルクス、お主ならば絶対にやれる!」


 見れば、ビャクヤは笑顔を浮かべていた。

 この状況が恐ろしくない訳が無い。ワイバーンのブレスを食らえば、俺達は確実に死ぬことになる。

 それでも、この状況でも笑える強さ。そして、仲間を信じることのできる強さ。

 彼女は、俺が思っているよりも、はるかに強い心を持っていた。

 この状況で二の足を踏んでいる俺とは、大違いだった。


「あぁ、そうだよな。 自分を信じなくちゃ、勝てる物も勝てないよな」


 焼死体の近くに近くに転がっていた弓矢を拾い上げて、ワイバーンへと狙いを定める。

 高速で飛び回るワイバーンへ矢を当てられる可能性は、ゼロに近い。いや、確実に当たらないだろう。

 しかし俺がこんな物を拾い上げたというのに、ビャクヤは寸分の疑いなく、言い放った。


「ファルクス、あの飛竜を引きずり降ろしてくれ!」


 集中。

 右手に魔力が集まる感覚に、全神経を集中させる。

 魔法が起動し、弓につがえた矢を包み込む。

 張り詰められた弦が軋みを上げて、矢を放つ時を待つ。

 そして、ワイバーンが地上へとブレスを吐く、その瞬間。

 もっとも地上に近づいたその刹那。


 放たれた矢は、ワイバーンの瞳の前に転移した。


 激痛に咆哮を上げるワイバーンは空を飛ぶことすらままならず、大地を削りながら家屋へと突っ込む。

 倒壊した家の中から、荒れ狂う火炎が周囲を燃やし尽くす。

 だが、それだけで仕留められるほど、簡単な相手ではない。それは重々承知していることだった。

 家をなぎ倒し、左目から鮮血を流しながら姿を現したワイバーンは、俺達を睨みつけて、牙を剥いた。  

 倒せるのか。そんな不安が頭をよぎる。

 だが、隣ではためく白い髪を見て、そんな不安は消え去っていた。


「来るぞ、ビャクヤ!」


「鬼の力、目にも見よ! 血沸き肉躍る、殺し合いの始まりだ!」


 その瞬間、かつて憧れた冒険者と同じ舞台に、上がったのだと、理解した。

 それならばなおのこと、負けることなど、考えられなかった


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