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第13話

 例え英雄譚に語られる魔物であろうとも、その構造は普通の生物と共通する部分が多い。

 心臓を破壊すればもちろんのこと死に至るし、頭部を破壊すれば絶命する。魔物に共通する弱点として、核となる魔石を破壊すれば確実に殺すともできる。 

 つまりは俺達と同じ自然の摂理の中に存在している生き物という事だ。当然、無敵の生物など存在するはずもない。例え魔物になったとして、それは同じことだ。


 そしてワイバーンはその脅威故に有名すぎる魔物として、情報が多く出回っている。

 被害が大きくなればギルドが動き、研究が行われるからだ。冒険者はその研究結果を元に作戦を立てて、ワイバーンを討伐する。そうして繰り返される試行錯誤の中で、戦い方の定石が確立されていった。


 冒険者となった当初、俺とアーシェは気が狂ったようにワイバーンの研究を行った。

 ワイバーンはあの冒険者が相打った魔物であると同時に、自分達の村を壊滅の一歩手前まで追い込んだ魔物でもある。

 そんな存在が再び目の前に現れた時、俺達で対処しようとアーシェと誓ったからだ。

 そんなアーシェは俺とは別の道を歩み始めた。

 隣にもうアーシェはいない。


 だが思い出や知識は、戦う勇気と力を与えてくれる。


 一人で戦っているのではない。

 あの冒険者への憧れ。

 アーシェとの記憶。

 そして並び立つ白き鬼の少女。



 気付いてみれば、不思議と恐れは消えていた。




 ◆




「翼は潰した!」


 剣に付いた血を振り払いながら、ビャクヤへと叫ぶ。

 呼吸が荒く、耳の奥が激しく痛む。鼓動もいつもの数倍の速度だ。

 それでも走り続け、隙を見つけてはワイバーンへと切りかかる。

 ワイバーンの巨躯に俺の攻撃で有効打を与えることは難しい。


 だからと言って手も足も出ないという訳ではない。

 狙ったのは翼。鱗に覆われていない柔らかな部分であり、同時にワイバーンの最大の武器でもある。

 それを壊せば、強制的に地上での戦いを強いることができるだけでなく、相手の逃亡も防げる。 


 もちろん、翼を狙うだけでは致命傷を狙うことはできないだろう。

 しかし、傷口を増やして出血を強いる戦術はどんな生物に対しても有効だ。

 相手は魔物である前に、生物だ。

 体力が減れば、必ず弱り、隙を見せる。


「正面は我輩に任せよ!」


 そして何より、俺はひとりで戦っているわけではない。

 見上げるほどの巨体を誇るワイバーンを前に、ビャクヤはたった一人で立ちふさがっていた。

 ビャクヤはワイバーンの大ぶりな噛みつきを回避し、再び距離を詰めるのと同時に、重い一撃を脳天に見舞う。


「『豪撃』!」


 生物が上げる音とは思えない破裂音が響き渡り、ワイバーンの鱗が弾け飛ぶ。

 俺の放った矢が片目を潰したことで、ワイバーンの動きが非常に単調になってきているのだ。

 それに加えて翼を切り裂いたことで、飛ぶこともままならない。

 暴れ狂うワイバーンのその姿も、最後の抵抗に思えた。

 瞬間、風を切り裂く音が響き渡り、目の前からビャクヤが消えた。

 残ったのは、轟音と共に振りぬかれた、ワイバーンの尻尾だけだ。


「ビャクヤ!」


 吹き飛ばされたビャクヤを探す。

 だが流石は鬼というべきだろう。

 薙刀を地面に突き刺し、ワイバーンの一撃を耐えきっていた。

 しかしこめかみからは鮮血な溢れ出し、白い髪を赤く染めていく。


「この程度、問題ない。 かすり傷にも入らぬが……。」


 ビャクヤはすっと目を細めた。

 見ればワイバーンが大きく胸を逸らしている所だった。

 あの仕草はかつて資料で読んだことがある。

 ワイバーンが持つ必殺の一撃。竜の息吹きブレスだ。


「避けきれぬ、か」


 この距離では逃げられない。回避も不可能だ。

 流石の鬼であっても、耐えきることはできないだろう。

 となればやることはただ一つ。

 ブレスを吐かせなければいいだけの話だ。


「まだだ! まだ終わってない!」


 焼け落ちた家屋から、矢に火を取り、つがえる。

 狙いは一瞬。だが一度は成功させているのだ。

 そして何より、相手の動作が明確に分かっているのだから、外すはずがなかった。


 十二分に空気を取り込んだワイバーンが口を開いた瞬間。

 暴力的なほどの爆発音が周囲を薙ぎ払った。

 見ればワイバーンは混乱したように首を左右に振り、口元からは黒煙を上げていた。

 ブレスを吐く直前に、火矢を口へと打ち込んだのだ。

 しかし、炎に耐性のあるワイバーンがそれだけで仕留められるはずもない。

 だがそれだけの隙が生まれれば、十分だ。


「ビャクヤ、頼む!」


 俺の言葉を聞くよりも早く、ビャクヤは駆け出していた。

 冷静さを失ったワイバーンを前に、ビャクヤはたった一か所に狙いを定める。

 そして――


「『一閃』!」


 闇を切り裂くような、瞬きの一閃が放たれる。

 しかし、最後の抵抗を続けるワイバーンの傷口を狙うのは至難の業といえた。

 だが、ビャクヤができないのなら、できる俺が行えばいいだけの話だ。


「ここだぁぁああああっ!」


 ありったけの魔力をかき集め、薙刀を転移させる。

 狙うはただ一か所。

 だが、外すわけがない。

 外せるわけがなかった。

 露出した傷口へと吸い込まれた渾身の一撃は、深く深く、突き刺さる。


「最弱の魔法を、舐めるなよ!」


 その時、ワイバーンの蒼い瞳と視線が交差する。

 巨大な瞳が俺達を睨みつけ、そしてゆっくりと巨体が傾いていく。

 空を支配する魔物は、音を立てて地面に崩れ落ちた。



 ピクリとも動かないワイバーンの巨体を見て、実感がわいてくる。

 資料か冒険者の装備でしか見たことのないワイバーンを俺達だけの力で倒したこと。

 そして何より、あの冒険者が相打った相手を、俺達が下したという事実。

 徐々に湧き上がってきた興奮を抑えきれず、思わずビャクヤを振り返る。


「勝った。 勝ったぞ、ビャクヤ!」


 戦いを好む鬼であるビャクヤはさぞ喜んでいるだろう。

 そう思っていた俺の眼に飛び込んできたのは、上空を睨みつけるビャクヤの姿だった。


「いいや、そうでもなさそうだ。 空を見上げよ」


 言われるがままに空を見上げ、そして言葉を失った。

 ワイバーンは、英雄譚の中で語られるような魔物だ。

 現在でも凄腕の冒険者達が幾つものパーティを集めて、倒しに向かうのが定石とされている。 

 ただ、それほどの魔物として知られているが、実際にワイバーンを見たことがある市民は数少ない。

 その理由は単純で、ワイバーンが未開拓の辺境に生息することと、そもそもの絶対数が少ないからだ。 

 故にワイバーンを単独で殺す『竜殺し』が讃えられ、子供達や冒険者の中でも憧れの存在となる。

 繰り返すが、ワイバーンは絶対数が少なく、比較的希少な魔物である。

 だが、その知識を覆す光景が、そこには広がっていた。 


「こんな数のワイバーンが、なぜこの場所に……。」


 上空には赤い翼を翻す魔物が俺達を見下ろしていた。そしてその数は、三頭。

 まるで今の戦いを見定めるかのように。まるで獲物を選別するかのように。

 一頭を相手にギリギリの戦いを強いられているというのに、三頭を相手に戦うのは、自殺行為だ。

 だが、どうする。どうする、どうする。

 その時、意識の外から、ビャクヤの声が飛び込んできた。


「今は逃げよ! どこでもいい! 視界から外れる場所へ逃げ込め!」


 弾かれるように、踵を返す。ビャクヤも薙刀を回収すると、同じように駆け出した。

 半壊している宿の陰へと飛び込んだ俺は、あの冒険者もこんな気持ちだったのかと、遅まきながらに、理解したのだった


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