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第3話 白雪姫の姉ですが妹はゾンビになりました

 アップルが公爵家で鼻歌を歌いながらタルトを焼いていた頃、王宮では、彼女の義妹に当たる「白雪姫」ことスノーホワイト王女が、継母サニーによって幽閉される憂き目を見ていた。


 スノーホワイトは五年前、乗っていた馬車が崖から転落して、実母である前王妃ともども命を落とした。悲嘆にくれる国王の前に現れたのが、魔女サニー・ブラックモアだった。


「死後八時間以内なら、死者を蘇らせる魔法を存じております」


 サニーは国王に持ちかけた。


「ただし、蘇生魔法には膨大な魔力を消費いたします。王妃陛下か、スノーホワイト王女殿下か、どちらかお一人しか、生き返らせることはできません」


 八時間というタイムリミットぎりぎりまで苦悩したあげく、国王はスノーホワイト王女を復活させてほしいと選んだ。サニーの魔法でスノーホワイトは見事に蘇った。


「お父様……」

「スノーホワイト……!」


 父娘は、感動の抱擁を果たした。


 しかし、国王の心の中には、娘を選んで妻を見殺しにした、という強烈な罪悪感も、一方で残り続けた。


 その罪悪感に、サニーはつけ込んだ。


「陛下の暗いお気持ちを、晴らしましょう」


 サニーはそう言って、快楽漬けの日々に国王を誘い込み、骨抜きにした。国王は、政務を全く顧みなくなった。


 しかし王家には、聞けば何でも正しい答えを教えてくれるという秘宝「魔法の鏡」があった。鏡のお告げに従えば、政治には無知でも、国政を判断することはできる。


「鏡よ鏡、この国で一番優秀フェアな女性は誰?」

「それは、サニー・ブラックモア様です」


 鏡のお告げに従い、サニーが王妃に選ばれて、鏡の助言を得ながら政務を取り仕切ることになった。しかしこれが、悪夢の始まりだった。


 サニーは、国王を後宮へ引きこもらせ、浪費を重ねて贅沢三昧を尽くした。実娘のアップルを呼び出してモンストラン公爵家に嫁がせ、反乱の芽を摘む手を打った。そして王宮の奥深く、誰も足を踏み入れない塔の最上階に、スノーホワイトの新たな部屋を用意した。


 床にはふかふかの絨毯、壁には白雪を思わせる純白のカーテン。そして部屋の中央には、真っ白なレースの天蓋付きベッドが置かれた豪華な部屋である。


 しかし、その壮麗な内装とは裏腹に、そこはスノーホワイトにとって、まさに牢獄だった。


「ん……?」


 スノーホワイトは目を覚ました。


「また、生き返ったのね」


 彼女の体は、以前と変わらぬ美貌を保っている。透き通るような白い肌、バラの花びらのような赤い唇、そして闇夜のような黒い髪。


 しかし、彼女の瞳には、どこかうつろな光が宿っていた。


「今度で、何回目?」


 スノーホワイトは天井を見上げながら、淡々とつぶやいた。


「そうね。確か、前回は毒リンゴだったから、今回は……」


 スノーホワイトは、そっと自分の髪に手を伸ばした。


「毒針の櫛、ね」


 髪に触るたびに、まだ微かに痛む頭皮が、その証拠だった。


「あらあら、目が覚めたのね、スノーホワイト!」


 突然、甘ったるい声が響いた。


「また来た……」


 スノーホワイトは小さくため息をついた。


 扉が開き、入ってきたのはスノーホワイトの継母、サニー王妃だった。


「ママはねぇ、あなたが目を覚ますのを心待ちにしていたのよぉー!」


 サニーは、フリフリのレースで飾られたピンク色のドレスに身を包み、手には大きなバスケットを抱えていた。バスケットの中には、毒リンゴ、毒針の櫛、そして絞殺用のリボンなど、物騒なアイテムがぎっしりと詰め込まれていた。


「ねえ、スノーホワイト? 今日もママと一緒に遊びましょうね?」


「またですか?」


 スノーホワイトは、うんざりした顔でサニーを見た。


「そうよぉ! 今日はねぇ、スノーホワイトちゃんのお着替えタイムなの!」


 サニーはバスケットから、色とりどりのドレスを取り出した。


「ほら、このピンクのフリルドレスなんてどうかしら? あっ、でもやっぱり、こっちのブルーのリボンドレスも捨てがたいわねぇ!」


 サニーは、まるで子供が人形遊びをするように、次々とドレスをスノーホワイトの前に広げていった。


「私はそんな服、着たくありません」


「だーめっ!」


 サニーはピシャリと言い放った。


「スノーホワイトちゃんは、ママの可愛いお人形なんだから、ちゃんとオシャレしなきゃ!」


「お人形ねえ」


 スノーホワイトは、自嘲気味に微笑んだ。


「どうせ、私に選択肢なんてないんでしょう?」


「もちろんよ!」


 サニーは無邪気に微笑んだ。


「でも、ママが選んだドレス、きっと似合うわよぉ!」


 サニーは勢いよく、フリフリのピンクドレスをスノーホワイトの前に突き出した。


「さ、これを着て!」


「……ため息しか出ないわ」


 スノーホワイトは、観念したように立ち上がり、ドレスを手に取った。


「まあ、可愛い! まるでお姫様みたいよ!」


「私は元から王女ですが」


「そういう細かいことは気にしないの!」


 サニーはキャッキャと笑いながら、スノーホワイトの髪を梳かし始めた。


「ねえねえ、今日はママが特別に、毒針の櫛でセットしてあげよっか!」


「毒……って、言っちゃってるじゃない」


 スノーホワイトは半目になった。


「大丈夫よぉ。今日はまだ殺さないから」


「『まだ』……?」


「そう、今日はあなたを完璧な人形に仕立てる日なのよ!」


 サニーは自信満々で、スノーホワイトに手鏡を差し出した。


「じゃーん!」


 手鏡に映るのは、フリフリのピンクドレスに、リボンとお花で飾られた髪、そして表情のないスノーホワイト。


「……これ、本当に私?」


「そうよぉ! かわいいでしょ? ママの自慢の娘だもの!」


「これ、どこからどう見てもあなたの悪趣味よね?」


「そりゃそうよ! だってスノーホワイトちゃんは、ママの最高の傑作だもの!」


 サニーは満面の笑みを浮かべながら、スノーホワイトの手を取った。


「さあ、今日は森の動物たちとティーパーティーよ!」


 スノーホワイトは、仕方なくテーブルの前に座らされた。


「ええっと……こんにちは、ウサギさん。今日もいい天気ね」


 スノーホワイトは、ぬいぐるみ相手に、棒読みのセリフをつぶやいた。


「まあ、スノーホワイトちゃん、素敵なお話!」


 サニーは隣で拍手喝采。


「ほら、リスさんにも話しかけてあげて!」


「ええ、リスさんも元気そうで何より」


「うふふ、すばらしいわ!」


 スノーホワイトは、虚ろな目で動物のぬいぐるみたちに囲まれながら、無限ループのティーパーティーに付き合わされていた。


「さあ、次はお歌の時間よ!」


 サニーは急に立ち上がると、ピアノを弾き始めた。


「スノーホワイトちゃんも一緒に歌いましょう!」


「無理です」


「だーめ! ママのお願いを聞かないと……」


 サニーの顔が、スッと冷たい笑顔に変わった。


「また、毒リンゴ食べさせちゃうわよ?」


「……」


 スノーホワイトは、心底うんざりした顔で立ち上がった。


(もう何回目よ、これ……)


「ねえ、スノーホワイトちゃん?」


 サニーは優しい声で囁いた。


「ママと一緒に、ずーっとこのままでいましょうね?」


「……え?」


「そうよぉ。誰にも邪魔されず、ママと二人きりで、いつまでも楽しく暮らしましょう!」


「永遠に?」


「ええ、永遠に!」


 サニーは狂気じみた笑顔で、スノーホワイトの手を握りしめた。


「もう、うんざり」


 スノーホワイトは小さくつぶやいた。


「ねえ、ママ?」


「なあに、スノーホワイトちゃん?」


 スノーホワイトは、にっこり微笑みながら言った。


「お茶、冷めちゃったわね」


「えっ?」


「もう一杯、れてもらえる?」


「ああ、もちろんよ!」


 サニーは上機嫌で立ち上がり、ティーポットを取りに行った。


 その隙に――


「……今しかない」


 スノーホワイトは、そっと立ち上がり、窓に向かった。


「お願い、開いて……!」


 必死で窓を押し開けようとするが、そこには魔法の結界が張られていた。


「やっぱりね」


 スノーホワイトは小さく息をついた。


「でも……」


「何してるの、スノーホワイトちゃん?」


「ひぃっ!」


 振り返ると、サニーがニコニコ笑いながら立っていた。


「ママの目を盗んで、どこに行くつもり?」


「散歩に行きたくなっただけよ」


「ふふふ、ダメよぉ」


 サニーはゆっくりと近づいてきた。


「だって、あなたはママの大切なお人形なんだから」


 スノーホワイトは、逃げ場のない部屋で、再び絶望の淵に立たされていた。


「さあ、次は何して遊ぼうかしら?」


 サニーは再びバスケットを手に取り、楽しそうに笑った。


「今度は、毒リボンで縛り上げる?」


「どうせ、また生き返るんだから、好きにすれば?」


 スノーホワイトは、投げやりに答えながら、再び絶望のループへと戻っていった。


(いつか、必ず……)


 スノーホワイトの瞳には、反抗の炎が静かに燃え上がっていた。


「……必ず、ここから逃げ出してみせる」


 彼女の抵抗は、まだ終わらない――。

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