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第29話 白雪姫の姉ですが王都決戦に向かいます

 翌朝。公爵軍の見張り兵は、王都の動きを見つめていた。遠方から、王妃軍の部隊が土ぼこりを上げながら接近してくる。


「敵襲! 数はおよそ五千。狙いは堤防!」


 見張り兵からの報告を、伝令がジョンに告げる。即座に陣中へ鐘が鳴り響き、公爵軍の精鋭部隊が応戦準備を整える。


「ハンターの水攻めには賛成できない。だが、降りかかる火の粉は払うしかない。ここは俺が行く。アップル、お前は留守部隊と一緒に、堤防の中に残ってる住民へ避難を呼びかけてくれ」


 その言葉に、アップルはうなずいた。


「分かった。でも、絶対に無理しないで!」


 ジョンは馬を駆り、剣を抜いて堤防を駆け下りて行く。王妃軍は堤防の木材に放火しようとしていたが、すかさずモンストラン公爵軍が急行して、反撃を開始した。壮絶な弓矢の応酬と斬り合いの末、ジョンは敵を撃退することに成功した。


 その裏で、アップルは必死に住民たちを誘導していた。


「皆さん、急いで下さい! 堤防が決壊します!」


 農婦の一人が、不服そうに声を上げた。


「本当に、水を流すつもりなんですか⁉」


 アップルは真剣な声で、呼びかける。


「……皆さんの気持ちは分かります。でも今はとにかく、命を守る行動を。一刻も早い避難をお願いします」


 作戦決行予定時刻の正午が近づいた。ハンターが、風に揺れるマントをひるがえしながら、堤防の上に立つ。


「時は来た」


 彼は、足元の土を杖でゴンと打った。その合図に合わせて、予定箇所の杭が引き抜かれ、大堤防が決壊し始めた。巨大な音と共に押し寄せる、津波のような奔流。王都へ向かって、大量の水が一気に流れ出す。


「うわああああああっ!」


 王妃軍の陣地へも、濁流がなだれ込む。退避する暇もないまま、多くの兵士が押し流されていった。城壁の一部も崩壊し、激しい水流が市街へ侵入していく。


「これが、水の復讐……」


 スノーホワイトは、かすれた声でつぶやいた。遥かに見える王宮の威容が、まるで絶海に浮かぶ孤島のように、はかなげに浮き上がって見えた。


 しかし――


 ――堤防の末端で、手に手にハンマーを持ち、杭を打ち砕く者たちの姿があった。


「やってられるか! 俺たちの畑を水浸しにしやがって!」


 王都近郊の農民が怒りの声を上げ、堤防を打ち壊し始めたのだった。堤防の守備についていた農民兵たちは、同じ農民たちに刃を向けることができず、破壊行為を傍観した。水は急速に引き始め、王宮の水没は回避された。


「くっ、農民兵を率いてここまで来たが……農民の反感を買って、しくじったか……」


 ハンターが肩を落として、歯噛みする。


 だが、それでも王妃軍戦力の半数近くを削り、城壁を一部破壊した。王都への突破口が開け、総攻撃の機は熟した。


 ジョンは、アップルと留守部隊を本営に残し、他の全兵力で王都に攻撃をかけることに決めた。


「アップル、行ってくる」


「必ず帰ってきてね、ジョン」


 二人はハグし、お互いの無事を祈り合う。


 一方、スノーホワイトも、七人のサムライに王都突入を命じ、ハンター軍師には待機命令を下した。


 スノーホワイト愛用の二人乗り戦闘用馬車は、オステル川へ落ちた時、既に壊れている。このため、盲目のハンターを最前線に同行することは困難と判断したのだ。 


「ハンターさんは、このまま本営にいて。あとは大丈夫。私たちがカタをつけるから」


「見くびるな。王宮まで連れて行け」


「ダメよ。大人しくお留守番してて」


 スノーホワイトは冷え切った両手で、ハンターの右腕を包みこんだ。


「ハンターさん、元気でね」


 スノーホワイトは馬にまたがり、先陣を切って飛び出して行った。馬上のスノーホワイトを、水害被災民の避難所で奔走していたアップルが見送る。


 アップルと目が合うと、スノーホワイトはアップルに向かって何かひとこと語りかけながら、微笑を浮かべて走り去っていった。声は聞こえなかったが、唇の動きから、スノーホワイトが何を言っていたか、アップルにはおおよその予測がついた。


「さ、よ、な、ら……。確かにあの子、『さよなら』って言ってた……」


 アップルは、背筋の凍る思いがした。スノーホワイトは、この戦いで幼い命を散らすつもりなのだ。


 アップルは避難所のことを留守部隊に頼むと、本営に駆け込んだ。そこには少数の農民兵と、車椅子に座ってうなだれているハンターが残っていた。


「ハンターさん、前線へ行きましょう。私が車椅子を押します!」


 アップルの唐突な申し出に、ハンターは驚いて顔を上げた。


「公爵夫人、今、なんと……?」


「スノーホワイトは、このまま王都で死ぬつもりみたいです。きっと、ヤケになっているんです。私たちが、そばについてあげないと!」


「公爵夫人……」


 ハンターは苦笑した。


「ずっと、あなたのことを恐れ、反発してきた……。あなたの作る食べ物や飲み物には、常に微量の魔力がこもっているからな」


「私のスイーツに、魔力が……?」


「そうだ。食べると感覚が急に鋭くなったとか、驚くほど元気になったとか、言われたことはないか? 薬草の作用もあるだろうが、その薬草学じたい、あの王妃に仕込まれたものだろう。正統の知識ではあるまい……」


「そう言えば、確かに……」


 思い当たる節が、確かにいろいろあった。ハンターは言葉を続ける。


「だから、警戒し、排除した。あなたは、スノーホワイトの姫君が女王になる上で、脅威になる存在だと考えたのだ。だが……誤解だったようだな。すまない」


 ハンターはアップルに頭を下げて言った。


「一緒に来てほしい。公爵夫人が車椅子を押すには及ばん。農民兵を護衛に付ける」


 アップルとハンターは、約五百人の農民兵に護衛されながら、本営を出て王都へと向かった。


 そのころ、スノーホワイトは、水浸しの地面を鋭い氷の刃に変えて敵兵を足元から串刺しにする残忍な攻撃魔法を連発しながら、先陣を切って進んでいた。


氷閃刃フロスト・レイヴ!」


 七人のサムライたちも、それぞれの個性を発揮しながら、王妃軍の防衛線を破っていった。


「一文字殺法、旋風斬りィィィィ!」


 剛剣を振るい、一文字ナイトは近寄る王妃軍を次々となぎ払っていく。


「眩惑せよ、ムサシ分身二刀流!」


 二刀ムサシは、敵部隊の士官クラスを狙い撃ちした。分身して二方向から斬り掛かり、指揮系統を混乱させる。


「ここは既に、闇の領域……聞こえるか? この腐った王都は、我の降臨に『音』を立てて崩れていく……」


 六波羅ゲンシュウは長槍を構え、待ち構える敵大部隊の前に単騎で現れては、大胆に挑発する。


「なんだ? あいつは……」


 王妃軍の将兵は困惑した。


「さっさと矢を射って追い払え」


「待て待て、向こうの軍師は切れ者だ。何かの罠かもしれんぞ……」


「くっ……策略か、ただのアホか、二つに一つというわけだな。安全策を取ろう。一旦退け!」


 士気低下の著しい王妃軍は、ハンターの計略を恐れ、ズルズルと街路を後退していった。


「下がれ、下がれ! そして記録せよ……。この戦場ステージに、触れてはならぬ呪詛があった、とな……!」


 その一方で、王妃軍も要所要所に兵を伏せ、狭い路地に誘い込んでは火矢を放って、ゲリラ的な反撃を仕掛けてくる。


「くそっ、まだこんな戦力が残ってたのか……!」


 ジョンが剣を振るいながら、火に包まれた一角を辛くも切り抜ける。


 ついに、革命軍と公爵軍は王宮の目前に迫った。


 ──その時だった。


「お客様を歓迎してあげなさぁい、私の魔砲たちィィィィ!」


 サニー王妃が魔砲を放ちながら、自ら出陣してきた。空が赤く染まり、いくつもの魔砲弾の光が戦場を照らす。


「させるかッ!」


 スノーホワイトは宙を舞い、降り注ぐ魔砲弾に氷弾をぶつけて、次々と撃ち落としていく。


「姫様、下がってーっ!」


 サムライたちが叫ぶが、スノーホワイトは止まらない。しかし、ついに撃ち漏らした一発の魔砲弾が、スノーホワイトを直撃した。吹き飛んだスノーホワイトの体が地面に激しく叩きつけられる。


「姫様!」


 サムライたちが駆け寄る。


 スノーホワイトは、腕も脚もありえない方向に折れ曲がり、体のあちこちから鮮血をほとばしらせながら、なおも立ち上がろうとしていた。


「まだ、私……戦えるから……っ」


 痛覚を既に失った死者の体が、限界を越えてきしむ。


雪玉散華ブリザード・バラージ!」


 スノーホワイト渾身の攻撃魔法が、再び炸裂した。無数の氷弾が、門を守る敵兵の一団を丸ごと吹き飛ばす。


 しかし、スノーホワイトの出血は止まらない。二歩、三歩と這いずるように前進したところで、彼女の体は崩れ落ち、前のめりに倒れた。


 一方、ハンターを護衛する農民兵の一隊に同行してきたアップルも、ようやく王宮近くまで来ていた。ここまでは占領済みの安全地帯を選んで進み、戦闘に巻き込まれることはなかった。


 だが、スノーホワイトが最前線で倒れると、アップルの周囲でも次々と魔砲弾が炸裂し始めた。


「次、右方向、百メートルに落ちてくるぞ。左に回避!」


 ハンターは魔力感知で魔砲の着弾位置を予測し、農民兵に回避行動を細かく指示した。


 しかし、爆発で飛び散る瓦礫の破片までは、ハンターにも探知できなかった。アップルは、飛んできた小さな石が頭に当たり、よろけて膝をついた。


「アップル、なぜここに!」


 ジョンの声だった。一進一退の攻防の中で公爵軍を指揮中だったジョンが彼女を発見し、駆け寄って抱き起こした。アップルの側頭部から、一筋の血が垂れ落ちる。


「勝手に来てごめんなさい。私は大丈夫……でも、スノーホワイトが……」


 唇を震わせながら、アップルは言う。


「お願い、ジョン。ここは、一時撤退して──」


 アップルはジョンの目を見つめながら、そう懇願した。

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