ジョンは、負傷したアップルの体を右腕で支えながら、近くにいた車椅子のハンター軍師を見つけて、声を荒げた。
「また妻を、危険に晒したな!」
ハンターは、ジョンの非難に珍しくうろたえながら、何か弁明しようとした。しかし、うまく言葉にならない様子だった。普段のような不敵な態度は、もはや見えない。
「ジョン、違うの。私がハンターさんに頼んだの。おかげで、ここまで攻撃を避けて来られたのよ。スノーホワイトはどうしてる?」
「恐らく、致命傷だ。王宮前広場で突破口を開いてくれたが、倒れたまま動かない。今は彼女の体を挟んで、両軍が睨み合ってる状態だ……」
「ああ、やっぱり……。それじゃあジョン、お願い。少しの間だけでいいから、退却して……」
ジョンはアップルをまじまじと見つめ、両腕で彼女を強く抱きしめる。
「出来るわけないだろ……だってアップル、俺は……俺はお前を愛してるんだぞ」
「えっ?」
アップルは頬を染め、目を見開く。
「もう、お前がいないと生きていけないんだ。だから……お前を傷つけたやつは、絶対に許せない」
「ジョン、ありがとう……。でも、そうじゃないの。そうじゃなくて……」
言いかけた言葉は途切れた。アップルの身体はぐらりと傾き、そのまま気を失ってしまった。
スノーホワイトは重傷を負い、その死は時間の問題だ。恐らく、二度と蘇生しないつもりで、無茶をしたのだ。だが、死んだ彼女の体をサニーに渡せば、どうなるか。
サニーは必ず、蘇生魔法を使うだろう。死後八時間以内にサニーが魔法をかければ、スノーホワイトは生き返り、傷も全部治る。そしてサニーは魔力を使い果たし、しばらく行動不能になる。
それまで一時、撤退すべきだ。スノーホワイトをいったん、サニーに蘇生させてから、また奪還すればいい……
アップルは、ジョンにそう言いたかった。しかし、ケガの影響で意識が遠のき、最後まで伝えきれず失神したのだった。
「アップル、アップル⁉ ……ちくしょうっ!」
声をかけても起きようとしない彼女を、ジョンはそっと地面に寝かせた。
「アップルを治療しろ!」
公爵軍の衛生兵が走って来て、アップルの傷を手当てし始めた。傷は軽傷だった。しかしジョンは、憎しみに満ちた目で、王宮のバルコニーに立つサニーを見上げた。
「許さん! 全隊、前へ! 俺の覚悟を見せてやる!」
ジョンは公爵軍を率い、再び王宮に向かって前進した。魔砲の第三弾を放とうと魔力を充填していたサニーに向かって、弓兵隊が雨あられと矢を浴びせる。
「んもう、集中できないじゃないのよォ! これじゃ、魔砲が撃てやしない」
サニーは防御魔法で矢の雨を防ぎながら、王宮の奥へと引っ込んでいった。公爵軍はついに城門を破り、王宮敷地内へと突入。革命軍も後に続いた。
「公爵様、農民兵三番隊からの報告です。王妃は、奥の塔へ逃げ込んだそうです!」
「よし、行くぞ! 三番隊もついてくるように伝えろ!」
ジョンは血走った目で剣を抜き、わずかな手勢を率いて塔へ向かう。
敵兵を斬り伏せながら塔の階段を頂上まで駆け上がると、そこはかつてのスノーホワイトの幽閉部屋だった。
カーペットは毛がむしり取られ、壁と窓には引き裂かれた純白のカーテンが掛かり、そして部屋の中央には、逆さまにひっくり返された天蓋付きベッドが放置されている。
「ふふっ……しぶといわね、田舎貴族! でも、これで終わりよ。魔砲兵隊、全弾発射ァァァ!」
待ち構えていたサニーが、いくつもの光弾を室内で一斉にぶっ放した。蛇のようにシュルシュルとうねりながら、魔砲はジョンめがけて飛んでいく。
だがジョンは、すべてを見切っていた。
「そんなもんが、当たってたまるか!」
アップルを傷つけられた怒りに燃える、ジョンの覚醒はすさまじかった。鬼神のごとく剣を振り回し、当然のように光弾を全弾斬り落としながら、サニーに向かってなおも突進する。
サニーの顔に焦りが走った。
「な、何なのよ、この偏狭者ォ! 剣で光を切るとか、物理的におかしいわよッ!」
ジョンの斬撃が彼女を襲う。サニーはふわりと空中に浮き上がって、その刃を辛くもかわした。そのままカーテンをくぐり抜け、窓から外へ脱出する。
飛行魔法で浮遊しながら、サニーは高笑いしていた。その手元には、あの赤黒い宝玉があった。
「まだ終わってない……そうよね? また、助けてくれるのよね?」
その頃、キョースケ、ホーチキ、レンタローの三人は、巨大な凧に乗って滑空し、空から塔へ殴り込みをかけようとしていた。
「おい、王妃が窓から出てきよったで!」
「俺様が一番近い。叩き斬ってやるぜ! 待てオラァァァ!」
「闇討ちの五段活用、地遁・水遁・火遁・風遁……
地上で凧糸を操作していたナイト、ムサシ、ゲンシュウの三人も、サニー王妃に気づいて、彼女を取り囲むように上空の凧を巧みに寄せていく。
「ひぃィィィっ!」
サニーは、残った魔力を振り絞って瞬間移動魔法を発動させ、さらなる逃亡を図った。
一方、王宮内の回廊。
「うーん、どっちだったかな。こっち? いや、あっち?」
三宮ミョウガ率いる農民兵三番隊は、ジョンの部隊とはぐれ、王宮内で迷子になっていた。
ミョウガは適当に角を曲がると、突き当たりのドアを開けた。するとそこには、鏡の間に瞬間移動してきたばかりのサニーがいた。
「へ?」
「へ?」
「……ど、どうやって入って来たのよォォ!」
「やい、神妙にしやがれい。道に迷っても、ブシドーに迷いはねえぞ……あれ、カタナがない⁉」
「何しに来たのよあんた……命が惜しけりゃ、その扉をそっと閉じて、おうちに帰んなさい、僕ちゃん」
「うー、こうなったら……」
「こうなったら?」
「……飛び蹴りじゃあああああ!」
ミョウガは短く助走を付けて飛び上がり、サニーめがけてドロップキックを繰り出した。
サニーはとっさに防御魔法で身を守ろうとしたが、ミョウガの足が一瞬早く、サニーの手元と脇腹をかすめる。
「グエーッ」
したたかに蹴りを食らったサニーの手から、赤黒い宝玉が滑り落ちた。
「あっ、ダメ! それだけはっ……!」
あわてて宝玉を受け止めようとするサニーの両手が、むなしく空振りしながらもがく。地面に叩きつけられた宝玉は、乾いた音を立てて割れ、粉々になった。破片から、黒い煙が浮かび上がる。
「ああっ、あああああァァァッ!」
サニーが涙目で絶叫した。煙は、まるで生きているかのように集まり渦を巻きながら、窓の外へ消え去っていく。
「ああ、竜王 ……また、出ていっちゃったのね……」
煙のゆくえを見届けると、サニーは魂が抜けたかのように、その場にへたり込んで、茫然自失の表情となった。
三番隊の農民兵たちが槍を構え、王妃サニーに槍の穂先を並べて突き付ける。サニーは気力も魔力も尽き果てた様子で、もはや身動きもせず、反撃してくる様子はなかった。
知らせを聞いて塔から駆け付けたジョンが、彼女を押さえ込んで捕縛する。
「これで、あなたはおしまいです。義母殿」
「く、くやしい……こんなはずじゃなかったのに……スノーホワイト……スノーホワァァァイトォォォォッ!」
その時、魔法の鏡がまぶしく輝き始め、鏡面に金文字で、新たな字幕をデカデカと表示した。
「クイーン万歳 クイーンに栄光あれ」
サニーを
鏡のメッセージは、どっちにも解釈できる代物だった。
ジョンは静かに剣を収め、うつむいて床に崩れ落ちるサニーを見下ろしながら、心の中で独り思った。
(……アップル、お前を傷つけた者は、ちゃんと報いを受けたよ。これからも俺がお前を、そしてこの国を、ずっと守ろう……)
――しかし、その王宮の遥か上空で、黒い煙の塊が妖しくうごめき始めていることには、まだ誰も、気づいてはいなかった。