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第31話 白雪姫の姉ですが妹が女王になりました

 革命軍と公爵軍は、なおも抵抗を続ける残存兵力を掃討し、その日の夜には、王都と王宮の大半を掌握した。


「公爵様、後宮の捜索隊から報告です! 国王陛下、いまだ発見できず!」


「どこへ行かれたんだ……地下道か? 隠し部屋か?」


 一方、スノーホワイト王女は満身創痍の状態で、王宮の侍医団が運び込んだベッドに横たわっていた。


「出血がひどく、全身骨折、内臓の損傷も深刻で、手の施しようがありません。今夜限りの、お命かと……」


 侍医長が、沈痛な声で告げる。


「そんな……」


 頭に包帯を巻いたアップルは、スノーホワイトのかたわらに座ると、手を握った。


「スノーホワイト……」


 スノーホワイトは目を開いて、力なく微笑んだ。


「アップルお姉様……来てくれたんだね……」


 スノーホワイトの声は聞き取りづらいほど小さく、その姿はまるで、昇る朝日の光を浴びて溶けてゆく雪のように、はかなく見えた。


「何か……食べたいものはある?」


「冷たくて、甘いものが食べたい。これを、使って……」


 スノーホワイトはアップルに器を持ってこさせると、魔法で手のひらから氷を出し、器をいっぱいに満たした。


 アップルは王宮の厨房で、氷に塩を混ぜ、零度よりも冷たい氷水を作り出した。その氷水でアイスクリームを作り、リンゴのアイスクリームケーキを手早く仕上げる。


 それは、かつてサニーに盗まれた改良版リンゴケーキのレシピを、さらにアイスクリームバージョンへと進化させた一品だった。アップルはスプーンでアイスをすくい、スノーホワイトに食べさせる。


「はい、アーン……」


「んっ……おいしい……この味、覚えてるよ……お姉様のケーキレシピから、何もかも始まったよね。ありがとう……」


 スノーホワイトの頬に血色が戻り始め、声も少し大きく、元気になってきた。明らかに、アップルのスイーツの効果だった。


「ねえ、お姉様。私、お姉様をけっこう、憎んでたよ」


「えっ?」


「あの人の邪悪な魔法の矛先はお姉様に向かないで、全部私に向いて。私からジョンを……お義兄様を奪って。伸び伸び育って、スイーツなんか作って……でも、そう思わせるのが、あの人の作戦だよね?」 


「そうよ、スノーホワイト……あの人はね、人と人を競わせて、不和をまき散らすことで、自分の存在意義をアピールする、悲しい人なの」


「お父様に、私とお母様の命を、選ばせたもんね。おかげで、私は今日まで命を得たけれど、その代わり、お父様はおかしくなっちゃった……」


「私とあなたのこともそうよ。あなたを溺愛し、私を放置した。ジョンとあなたの婚約を破棄させ、ジョンに私を冷遇させた。全部、あの人のやり口なのよ」


 アップルは苦笑いしながら、スノーホワイトに向かってうなずいた。スノーホワイトの瞳に、うっすらと涙がにじむ。


「みんなをここに呼んで。言っておきたいことがあるの」


 スノーホワイトの招集を受けて、ジョン公爵、ハンター軍師、そして七人のサムライたちが集まった。スノーホワイトはベッドから半身を起こすと、静かに語りだした。


「革命軍、軍報……革命軍は、この戦いで完全なる勝利を収め……サニー王妃を廃位し、国王陛下の生存が確認できぬ今、革命軍首領である私、『白雪姫』スノーホワイトが女王として即位することを……ここに宣言します」


「スノーホワイト……」


「そして、女王の絶対的な命令権をもって……女王の配偶者、王配となるべき者を指名します」


 スノーホワイトは悪戯っぽい目つきで、その場にいた全員の顔を、一人ひとり見つめていった。


(あっ……まさか、最期の思い出に、ジョンを王配にしたいと言い出すんじゃないかしら。そしたら、どうしよう……?)


 アップルは唇を噛んだ。スノーホワイトは間をおいて、口を開く。


「ハンターさん。あなたが、私のプリンスになって」


 全員が一斉にハンターを見た。ハンターが困惑しながらスノーホワイトのそばに近寄り、語りかける。


「姫君、一体何を言い出すんだ……そんな柄じゃない。身分も年も離れすぎてるし、顔だって……」


「あなたは、私を導いて、本当の人生を与えてくれた人よ。王配の資格は、充分すぎるほどある。身分や年なんて、関係ない。顔は……まあ、普通かな」


 ハンターは驚きのあまり、ポカンと口を開けたまま、しばし沈黙していた。しかしその隙に、さっきスノーホワイトが使ったスプーンで、ハンターの口へと強引にリンゴアイスクリームケーキが押し込まれた。


「ウェディングケーキを食べたわね。もう、断れないわよ」


「なっ……誓いの間接キス、とでも言いたいのか?」


 微笑を交わし合うハンターとスノーホワイトに、皆が歓喜の声をあげた。アップルがスノーホワイトを祝福する。


「おめでとう、本当に良かった……」


「うん。ハンターさんは、もう絶対に譲らないからね。取っちゃダメよ、お姉様」


「心得ました、女王陛下」


 アップルの答えを聞いて満足したように、スノーホワイトは弱々しく笑うと、途切れ途切れに言葉を続けた。


「ジョンお義兄様。あなたは、私の初恋のプリンスだったよ。今、女王として、あなたを王太子クラウン・プリンスに指名します。お姉様と、ずっとお幸せにね……ナイト、ムサシ、ミョウガ、ホーチキ、レンタロー、ゲンシュウ、キョースケ……みんな、私の大切な仲間。本当にありがとう、短い間だけど、楽しかったよ……」


 スノーホワイトは、声を出すのも辛そうにしながら、かすれた声でつぶやく。


「もう、そろそろ終わりみたいね……でも、その前に……やりたいことがあるの……氷葬殿礼ネクロマンス・グラシエル!」


 スノーホワイトは最後の魔力を放出して、氷の棺を作り出した。スノーホワイトの体はユラリと空中へ浮き上がり、棺の中に横たえられた。


「これは、自殺じゃないの……冷凍保存……この魔法の氷は、私より上位の魔法使いが解除するまで、絶対に溶けないから……遠い未来、蘇生魔法を正しく使える善い大魔法使いが現れることに、希望を込めて。おやすみなさい……」


 ハンターが、スノーホワイトの頬にそっと手を添える。


「私もいずれ、この棺に入れてもらおう。目を治してくれる、未来の大魔法使いを待ちたい」


「ありがとう……私の王配殿下プリンス・コンソート……」


 やがてスノーホワイトの全身は氷像となり、氷の中で眠りについた。


「「「姫様ぁっ!」」」

「姫君……」

「スノーホワイト……」

「さようなら、スノーホワイト。私の、たったひとりの妹……」


 その場に立ち会った全員が、声を上げて泣いた。


 スノーホワイトを元通りに蘇生できないか、わずかな可能性に賭けて、手錠と鎖をかけられたサニーが呼び出された。だが、予想通りサニーは、蘇生魔法を発動するために必要な魔力が足りない状態に陥っていた。 


「スノーホワイトちゃん、あなたに魔砲を当てるつもりはなかったのよォォォ、スノーホワイトちゃあああん……! ごめんなさい、私、いま使えないの……使えなくなってるのよぉ、蘇生魔法が!」


 激しい戦いで自身の魔力を完全に使い果たし、回復には相当の時間を要する。そして、秘密の魔力供給源として彼女の魔力を補完してきた宝玉も、既に失われている。


 サニーは、極度の敗戦ストレスと魔力喪失から、シワだらけで白髪の老人に変わり果てており、かつての美貌は見る影もなかった。


「スノーホワイトちゃん……私、ブルームーンも、王様も、あなたのことも、本当に大好きだったの……あなたたち、理想のロイヤルファミリーだった……だから、私もその中に入れてもらいたかったの。ただ、それだけなの……」


 そもそも、冷凍保存状態に蘇生魔法が効くのかどうかも定かではなかったが、サニーは棺の前で泣き叫びながら、踊るような滑稽な手つきで一晩中祈っていた。


 しかし、とうとう魔力は必要量まで回復せず、八時間以内に蘇生魔法を発動させることは出来なかった。


「もういい。タイムリミットだ。地下牢に入れて、二度と出すな」


 ジョンが冷徹に命令する。


「アップルちゃん……助けてよぉ。ママにひどいことしないでぇェエエエ!」


「ママ……?」


 監獄へ連行されていくサニーに、アップルは言った。


「私、あなたをママって、呼んだことないよ?」


「じゃあ……お母さん?」


「サニー様。大魔女様。それから、王妃陛下。そんな呼び方しか、許されなかった。ご飯もロクにもらえず、奴隷みたいに使われ、不用品扱いされた。もう、遅いよ。これだけのことをしでかしておいて、助けるとか無理だよ……」


 みじめに憐れみを乞う老いた母の顔を、アップルは険しい表情でキッと見返した。それでも、僅かに残った親子の情で、アップルの頬には一筋の涙が流れた。 


「俺があの時、怒りまくって、お義母かあさんを全力で攻撃してしまった。だから彼女も魔力を使い果たして、スノーホワイトを蘇生出来なくなったんだな……」


 サニーの背中を見つめるアップルに、ジョンが声をかける。


「ジョンのせいじゃない。私のせいよ。私が前線に出てきて、ケガなんかするから……」


「そうじゃない。スノーホワイトをいったん蘇生させてから取り戻そうなんて、他の誰も思いつかなかった。これは運命だ。お前が来なくても、王宮はいずれ総攻撃で落ちていた。結果は同じだったさ……」


 ジョンはアップルの肩を、慰めるようにそっと抱き寄せた。


 その時、王宮全体が、地鳴りと共に揺れ動いた。


「な、何だ⁉」


「空に何かいるぞ!」


 夜空から舞い降りてきた黒い影は、二度、三度と王宮に体当たりを試みると、ついに屋根を突き破った。


「黒竜……だと⁉」


 落ちた天井の隙間から、竜の黒い顔と金色の目が覗いていた。侍医団はスノーホワイトの棺を守りながら、避難する。サムライたちはカタナを抜き、屋外へ飛び出していく。


「アップル、大丈夫か!」


 ジョンはアップルに駆け寄った。


「大丈夫よ。怪我はしてない」


「そうじゃなくてアップル、お前、目が……目が……」


 アップルの目が、ぼんやりと赤く光を帯びていた。部屋を出ていこうとしていたサニーは、立ち止まって振り向くと、ニヤリと笑みを浮かべながら、しわがれ声を出した。


「ふふ……あれは、あなたの父親よ。バルトラン平原で、あなたに執着して雨を降らせたのもあいつよ。あの黒竜こそ、私を捨てた竜王……」


「なんですって……?」


「そうよ……なぜ私が竜族の子を産んだか、まだ話してなかったわねぇ? 私は、庶民出身だった。努力して入った王立魔法学園で、汚い、臭い、貧乏人とバカにされ、不当に扱われた。名前は陽気サニーでも、人生はずっと日陰者」


 サニーは天井を見上げた。崩れた天井の穴から、上空を悠々と旋回する竜王の姿が見える。


「あの伯爵令嬢のブルームーンばかりが、もてはやされてた……私は、無実の罪を着せられ、学園を追放されて、悪質魔女として魔の森に捨てられた」


「じゃあ、まさか、あの時の生贄の女性は……」


「そうよ、ハンター!  竜族は、女が極端に少ない。だから、魔の森に迷い込んだ人間の女性には、需要があるの。あの時、あんたは私を助けに来てくれたと思った。でもあんたは、私のことを完全に忘れてた!」


 ハンターはブルームーンの護衛騎士として、学園に出入りしていた。しかし、記憶を今たどってみても、学園時代のサニーのことは、よく思い出せなかった。


「だから、あんたが竜王と戦った時、私は背後から、ただ黙って見てたのよ。勝った方につけばいいわ、ってね!」


 ハンターの顔が凍り付いた。


「私は竜王を受け入れ、アップルを産んだ。だけど竜族はね、人間の女をただの子宮としか見てないのよ。竜王は赤ん坊のアップルを連れ去り、私は捨てられた。だから、アップルを取り返して逃げたの。アップルを魔王に育てて、世の中に復讐しようと思ってね」


「魔の森を、何の防護も無しに通り抜けたのか。道理で、頭がぶっ壊れてるわけだ……」


「もう二度と行きたくないわ。竜王は、追いかけてきた。だから逆に罠にかけて、宝玉の中に竜王を閉じ込めたの。あの魔力を、全部、私のものにしてやったわけ! 結局、出て行っちゃったけどね!」


 サニーはそう言い捨てると、高笑いしながら、兵士たちに地下牢へ連行されていった。アップルはうつむきながら、肩を震わせる。


「そんな……そんな意地のためだけに、私は産み落とされて、魔力がないからって放置されたの?」


「おい、アップル! 体が……」


 ジョンが驚きの声を上げた。アップルの全身から、紅蓮の光がほとばしる。彼女の竜の血が、今まさに目覚めようとしていたのだった。


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