「おはようございます、勇者さま! 今日もボクとの朝チュンを欠かさずにお願いします!」
「だから“朝チュン”って毎朝起こされるたびに言うなって言ってるだろ!」
僕は顔を真っ赤にしながら、寝床から跳ね起きた。
どうやら今日もハルミに襲撃されたらしい。
いや、襲撃というのは語弊があるな。
正確には、「寝ている僕に無理やりキスをして“〈昼夜逆転〉スキルの点検”と称して唇を奪っていく」という、国家レベルで大問題な愛情表現である。
ここはウメダ領の領主館。かつて魔人ヌイモリを〈真・気力封魔撃滅金剛烈破〉でふっ飛ばした僕、カンサイ・ウメダが今、領民に支えられながら治めている土地だ。
それにしても、この家に住み始めてからというもの、毎朝の目覚ましが“ハルミのキス”ってどうなんだろう。
しかも最近はタイミングがどんどん早くなってる気がする。
「ハルミ、お前スキル点検は一日一回って決まりが……」
「うふふ。ボク、ルールは破るためにあるって教わったんですよ? とくに“愛のルール”なんて♡」
「誰に教わったんだよその色ボケ思想!?」
僕は寝癖のついた髪を手櫛で整えながら食堂へ向かう。
すると、そこにはカーミちゃんが紅茶を注いでくれていた。相変わらず知性と優雅さの化身みたいな人だ。
「おはようございます、勇者さま」
「ああ、カーミちゃん。おはよう」
「今日は領都からの使者が来る予定ですので、お早めにお食事を。……あと、ハルミ様の“朝の儀式”については、もう少し慎んでいただけるように伝えておきました」
「助かる……! 本当に助かる……!」
ほっと胸を撫で下ろしたその時――ドゴォォォォン!と外で爆発音がした。
「うわっ、何事!?」
窓の外を見ると、庭園の一角がクレーターのようにえぐれている。
そしてその中央に立っていたのは――銀髪に漆黒のマントをまとった、明らかに中二病をこじらせた男だった。
「我が名はダーク・メロウ・ハシモト。勇者カンサイよ、貴様を“影の勇者”としての試練に招待する」
「誰だよお前ッ!? なんで毎回こういうのが唐突に出てくるんだこの世界は!」
ハルミがぱちんと指を鳴らすと、即座に地面から魔法陣が展開され、ダーク・メロウが拘束された。
「よし、ボクの〈イタめの中二病対策スキル〉でがっちり封印しました!」
「そんなスキルあるのかよ! ていうかなんで持ってるんだよ!?」
「カンサイさま、彼はたしか……王都で“闇の詩吟サークル”を主宰していた自称詩人ですね。最近“勇者に試練を与える”ごっこを始めたと聞いております」
「ただの詩人かよ!」
だが、ダーク・メロウ・ハシモトは口元を吊り上げて不敵に笑う。
「ふはは……だが、勇者よ……この世界の真実を貴様はまだ知らぬ……〈真の昼夜逆転〉が発動したとき、全ては……ぐえっ」
語り途中で、ハルミが封印強化呪文を唱えて再び魔法陣を焼き付けた。
「すみません、勇者さま。今のセリフ、何回も聞きました。毎回、話の途中で“続きは次週!”って逃げる系です」
「シリーズ化してるのか!?」
……と、まあこんな調子で、魔王討伐のあとの日々は意外とドタバタしている。
◇
そんなある日。
僕は久しぶりに、かつての戦友たちと集まって酒場で飲むことになった。
集まったのは、最近になって知り合った連中だ。
筋肉バカのガッチャン、氷の美少女ユキノ、毒舌ヒーラーのミドリ。
「カンサイ、お前……本当に領主やってるのか? 顔がどんどん“疲れた公務員”になってきてんぞ」
「なにを。これでも毎日、領民の生活支えてんだぞ……税の調整とか、土地の開発計画とか……」
「うわ、真面目か!」
「真面目なんだよ!!」
でも、こうして昔の仲間とわいわい飲んでると、やっぱりあの冒険の日々を思い出す。いや、思い出させられる。
「で、魔人ヌイモリってほんとに“ただのコウモリの突然変異”だったのか?」
「それな! 死に際のセリフが一番謎だったわ!」
そう言って笑うみんなの顔が、どこか懐かしくて、あたたかかった。
◇
そして夜。
酒場からの帰り道、ふと空を見上げると――流れ星が一つ、尾を引いて落ちていくのが見えた。
いや、違う。
あれは――
「……まさか、まだ〈真・気力封魔撃滅金剛烈破〉の残光か?」
僕はそっと笑った。
あの日、放った一撃が空の向こうに届いて、いまだにどこかの世界で誰かに影響を与えているのかもしれない。
いや、考えすぎかもしれないけど。
でも、思う。
たとえツッコミで世界を救った勇者でも、明日の領民のために働いて、仲間に支えられながら、一歩ずつ未来へ進んでいく。
僕、カンサイ・ウメダの冒険は――まだ、終わらない。
うん……たぶん。